いつか咲く君に 7
「実は……今月の読者コーナーのレイアウトはだいたい決まってるんですけど、ちょっとその……江藤さんの今回の絵が、常連さんとかぶっちゃってるんですね……いや、私の一存なので無理にリテイクしていただかなくてもいいですよ。投稿者さんのネタかぶりはよくありますし。こっちで何とかしますんで」
野瀬さんが実に言いにくそうに言った。だがそんなもんは俺にとってはどうでもいい。その程度の理由ならいくらでも描き直してやる。それより俺の頭は別の関心で占められていた。
「分かりました。それなら描き直しますよ。1日もあれば充分なんで。野瀬さんにはご足労願うことになりますけど」
「ああ! なんかすいません。いや、私ならそうお気遣いなく。また明日お邪魔させていただきます」
「いいんですよ。どうせハガキサイズのイラスト1枚のことですし。で、具体的にどういう風にかぶってるんです?」
「ええっと、まずキャラ。それと構図に表情、見事なまでにかぶってるんですよ」
俺が描いたのはいかにもなマイナー系ゲームの人妻キャラ。このテのゲームではかなりニッチな部類だ。そのキャラが儚げな表情で佇んでるだけの地味な絵。そんなもんとかぶる絵を描く奴といえば……俺は疑問の核心を野瀬さんにぶつける。
「もしかして、その常連ってのは」
「ええ、うっちゃり八兵衛さんです」
その後、何度も頭を下げる野瀬さんを帰し、煙草に火を点ける。イラストという仕事上、構図のかぶりは結構ある。クライアントもその辺は敏感だ。野瀬さんも職業柄、これはまずいと判断したのだろう。ならそれに従うのが賢明というものだ。しかし……
あいつが俺とかぶる絵を描いてきた。もしかして、狙ったのか? いや、素人にそんな芸当できるわけない。ただの偶然だろう。あるいは俺があいつを意識しすぎたか。心のどこかで、あいつの作風に寄せてしまったのかもしれない。向こうもこっちを意識してるのかもしれない。画力に格段の差があるとはいえ、作風は似ている。しかも向こうは5年も投稿し続けて、こっちはポッと出の飛び入り。そりゃ面白くはなかろう。いや待て。
よく考えれば2年前にも俺はこの雑誌にサクラとして登場している。ペンネームは違うし、絵柄も若干変えてる。とはいえ、見る奴が見れば同一人物と見抜くのは容易い。気になった俺はもう一度2年前の雑誌を引っぱり出す。
当時の俺は横文字の気取ったペンネームで登場している。これも編集が勝手に付けた名だが。で、その当時のうっちゃり八兵衛は見開きで丁度反対側の位置に掲載されていた。そうか。投稿者は掲載された自分のイラストをよく確認するだろうから、近くにある他の絵も目に入るのだろう。もしかするとこいつは俺が同一人物と見抜いているかもしれない。勝手にライバル視してるのかもしれない。2年のブランクを経て、あいつと似たような作風で戻ってきた俺に対抗心でも燃やしてるのかもしれない。俺の勝手な想像に過ぎないのだが。が、俺が向こうをそれなりに意識してるように、向こうも俺を意識してる可能性はある。ならかぶっても不思議はない気がする。
そんな憶測はさておき、リテイクの絵をさっさと仕上げることにする。向こうは徒手空拳だが、こっちは編集とつるんでる強みがある。意図的にかぶるせつもりだったかは知らないが、サクラとしては同じ土俵でやり合うわけにはいかない。悪く思うなよ。