いつか咲く君に 6
数日後、野瀬さんに頼んでいた雑誌のバックナンバーが届いたので何冊も目を通す。
うっちゃり八兵衛は当初こそ他の常連と同様、2、3枚のイラストを投稿していたものの、それが次第に増えてゆき、1年後にはほぼ毎月10枚のイラストを送ってくるようになったとか。そしてここ2年の間にめきめき上達していると野瀬さんは言っていた。
いちおう絵の仕事をしている俺には分かる。個人差はあれど劇的に画力が向上する時期というのはある。うっちゃり八兵衛もド素人から見よう見マネの下積みを経て、3年目にして絵の描き方を掴んだのだろう。実際、バックナンバーを確認すると直近のうっちゃり八兵衛の画力はひと月ごとに向上している。見ているこっちまで嬉しくなってくる。本人も今が一番楽しい時期ではあるまいか。
俺にはもうほとんど伸びしろはないが、この調子ならうっちゃり八兵衛が読者コーナーのトップを張るのもそう遠くはあるまい。俺くらいの画力なら誰でも到達する。このうっちゃり八兵衛にもすぐに追い抜かれるだろう。そんな気がする。
なにしろ俺はここ数年、真面目に描いてない。惰性でなんとなくやってるって感じだ。しかし、うっちゃり八兵衛に限らず読者コーナーに投稿してるやつらは熱意が違う。純粋に好きって気持ちでやってるから画力なんかなくても勢いがある。それは小手先の技術よりずっと見る者を惹きつける力になる。
俺にもそんな時期は確かにあった。しかし現実と折り合いを付けるうち、そんな熱意はいつしか消え失せ、自分が見ても面白みのない絵しか描けなくなった。それは俺が名ばかりのプロとして報酬を受け取る代償として失ったような気がする。小手先の技術は身に付いたけれど。でも彼らは違う。報酬もないのに、好きって気持ちだけで絵を描き続けている。自身の画力のなさに時には悩むこともあるだろうが、そんなもんは真面目に取り組んでいればいつか消える。
俺はただのサクラで、好きでもない、特に描きたいとも思わない、誰かのデザインしたキャラを頼まれてただ小手先で描いてるだけ。俺のやっていることはなんだろうかという疑問も湧く。
だがそんな自問に何の意味もない。依頼されて、描いて、渡せばお駄賃を貰える。ただそれだけのこと。そして今の俺にはこのバイトくらいしか小金を稼ぐ手段がない。コンビニのバイトのみでは生活するのがやっとなんだから。好きとかどうのと言ってられる上等な身分じゃないのだ。
そう改めて気合を入れなおし、3回めのバイトに向き合う。残すはあと1回の連チャン。このバイト、もうちょっと続けられないかな。次に野瀬さんに相談してみよう。
そして月末、野瀬さんが仕事を受け取りにやってきた。今回もめぼしい仕事はないとのこと。俺も野瀬さんに渡すのはサクラのイラストのみ。郵送でもいいんじゃないか、なんなら俺が直接編集部に投稿した方が早いんじゃないかとも思えるが、それではお駄賃がもらえない。なんだかバカバカしいことやってるな。
普通のイラストの仕事ならA4の封筒に入れて渡せるのだが、ハガキサイズのサクライラストでは銀行の封筒に入れるだけで事足りる。渡す俺も、受け取る野瀬さんも手持ち無沙汰というか。でも他に仕事がないんだからしょうがない。
そしていつものようにチェックが入る。これも何かの儀式のようだ。が、今回の儀式はいつもと違った。
「すみません……江藤さん、申し上げにくいのですが、リテイクしていただけないでしょうか」
一瞬何を言われたのか分からなかった。なにしろ今までリテイク出されたことなど殆どなかったから無理もない。たかがサクラのイラストに? どうにも合点がいかない俺は理由を聞かずにはおれなかった。