いつか咲く君に 4
また仕事が減った。野瀬さんもさすがに申し訳無さそうにしている。仕事が減るのは俺の力量が原因で野瀬さんが申し訳なく思う必要は全くないのだが。が、俺はこの状況を利用してちょっとした悪戯心が湧いた。例のバイトの件で少し野瀬さんを困らせてやろうと思った。
「いや、仕事がないのはしょうがないっすよ。こんなご時世ですしね。で、話は変わるんですけど、あのバイト、俺のペンネームが魔界彗星ってのはどうなんです?」
俺はあくまで皮肉のつもりで言ったのだが、野瀬さんはやたら目を輝かせて身を乗り出してきた。
「ああ、見てくれたんですか、あれ。いい名前でしょ! いかにも彗星のように現れた無名のエースって感じで! あれ考えたの私なんですよ!」
俺は座ってるのに思わずズッコケそうになった。野瀬さんが考えたのかよ! そういえば野瀬さんは俺よりひとまわりくらい上で直撃世代って感じだ。見た目が中間管理職の仕事人間風なのでそういう属性はないのかと思ってたけど、こういう業界にいる人ならそれも不思議はないのかもしれない。
その後、野瀬さんはペンネームの元ネタのアニメについてやたらアツく語り始めた。あのアニメのファンは面倒だとどっかで聞いたことがあるけど、まさか自分のすぐ身近にいて、それを目の当たりにするとは思わなかった。適当に相槌を打ってた俺も悪かったかもしれない。
野瀬さんは仕事そっちのけで大気圏突入やら太平洋戦争との類似性やらを1時間ほど延々語り続け、俺が時間の経過を伝えると野瀬さんは我に返り、大慌てで俺の部屋を後にした。また語り合いましょうねと言い残して。いや、野瀬さん1人で語ってただけだから!
思いもかけない嵐が過ぎ去ると再び部屋が静寂に包まれる。そういえば魔界彗星の年齢設定引き上げますよと野瀬さんに言いそびれたな。そうだ。ささやかな嫌がらせとして魔界彗星のキャラに野瀬さんの属性も追加してやろう。真面目な仕事人間だけどあのアニメに目がないオッサンキャラだ。これはウケる。ついでにイラストもあのアニメを描いてやろうか。ファンがきっと食い付くぞ。野瀬さんも大喜びしてくれるに違いない。
そんなことを想像して1人ニヤニヤしたものの、すぐに現実に引き戻される。何考えてんだ。俺はサクラだぞ。サクラがそんな読者の目を惹くこと考えてどうする。野瀬さんが涙を呑んでリテイク出す姿も容易に想像できる。俺がやってるのはあくまでお仕事で、求められてるのは誌面を埋める絵を描くこと。
俺は浮かんだアイデアを頭の隅にしまい込み、次のバイトのための構想を練る。とはいえ大体目星は付けてるのだが。
前回描いたものとはまた別のゲームの、年齢高めな女性キャラ。このテの雑誌では年齢低めの美少女がウケ線なのでそのニッチを突くわけだ。そういう絵なら目立たないであろうという打算もある。魔界彗星は流行から外れた絵を描きたがる孤高の投稿者なのだ。
が、ここでひとつ気になることが。この雑誌の読者コーナーにもそういう絵が好きな常連とかいないだろうか? 下手に作風や題材がかぶってたら編集も扱い辛かろう。きめ細やかな配慮としてその辺もリサーチしておく。
ひと通り目を通してみたが、かぶる心配はなさそう。常連はだいたい流行の絵柄を追っているっぽい。これならさほど気にする必要もあるまい。が、目を通していて1人、気になる奴がいた。