いつか咲く君に 3
「すいませんね、今月の仕事はこれくらいです。ああそうだ。江藤さんのこの前のバイトの掲載誌です。いちおう、置いておきますね」
矢のごとく月日が経ち、俺の仕事は減りゆく一方。お得意様である野瀬さんの出版社からの仕事も目に見えて減ってきている。
そんな中、いつの間にやら俺自身忘れていたサクライラストを依頼された雑誌の発売日が近くなっていた。野瀬さんが見本誌を置いていったのは社交辞令に過ぎない。とりあえず目を通しておいて下さいよという意味合いなのだが、そこまで熱心に取り組むような仕事でもない。
が、仕事が減った今の俺にはいい暇つぶしにはなる。見本誌をパラパラめくる。やはり記事になってるゲームの絵は魅力的だ。一線でやってるプロが描いてるんだから当然なのだが。こんな絵が描ければ俺もプロとしてやっていけるのに、などと無意味な妄想にふける。
ため息つきながら本題の読者ページを開く。が、あまり見たくはないというのが本音だ。なにしろ俺がやってるのはサクラ行為で、描いたイラストもほぼ手抜きの魅力も面白みもないもの。胸を張ってこれは俺の絵だ、なんて言えるものでもない。そんな後ろめたい気分を抱えて積極的に見ようなんて気になるわけがない。これが普通の投稿者なら楽しみで手が震えるものなんだろうが。
この雑誌の読者ページは4ページ程度。それも文字ネタが大半を占め、イラストは数えるほどしかない。で、問題の俺の絵は最後のページにひっそりと掲載されていた。うん。サクラなんだからこの扱いは当然だ。イラストに対する編集のコメントもそっけない。これがサクラじゃない、普通の投稿作品なら1ページ目で大きく掲載されるんだろうけど。そんな扱いされてもこっちが困る。
しかしちょっと気になったのが俺のペンネームが「魔界彗星」 ……って、おいおい。誰が命名したか知らないけど、もうちょっと他になかったのか? これじゃ年代とか割り出されそうじゃないか。いや、この魔界彗星なる投稿者は実在しないんだから別にいいのか……
俺としては20代くらいの投稿者を想定してたんだが、次から年齢設定を大幅に引き上げる必要がありそうだ。もう2枚目の仕事にとりかかってもいい頃合いだろう。
しかし読者コーナーを見回しても、お世辞にもレベルが高いとは言えない。俺の描いた絵が技術的には最も上と個人的には思う。これなら俺のラフや習作の方がまだマシと思える。絵としての魅力はまた別の問題として。一番上手い常連の絵と比較しても俺の方がまだ上だと思う。まあこっちは似非とは言え、それで給料貰ってるから当然といえば当然なのだろうが。
しかし絵は下手でもその熱量は全然違う。拙い線でも一所懸命に描いたのは伝わるし、小さいハガキに作品への愛をびっしり書き込んでる奴もいる。彼らはその想いを発信するのが目的で、絵はその手段に過ぎないのだろう。その一方、俺こと魔界彗星氏の絵はゲームキャラの女性をただ描いてるだけ。技術的には上なのだろうが魅力もクソもない。当然だ。俺はそのゲームやったこともないし、キャラにも興味ない。ただ誌面の端を飾る題材にうってつけだからチョイスしただけで、絵に対する思い入れもない。
技術的には上でも、絵としての魅力は格段に落ちる。自分のダメさを見せつけられる。その現実を突きつけられるから、俺はこのバイト、オイシイとは分かってても積極的にやりたいとは思えないのだろう。