いつか咲く君に 2
犯罪とは言わないが、かなりグレーな手法であることは否めない。なにしろ読者コーナーに投稿する連中は自腹で切手、ハガキ代出して、それでもボツられることもある。しかし俺は出版社に依頼され、報酬貰って読者コーナーに素人を装い掲載される。どう考えてもフェアじゃない。フェアではないが読者を繋ぎ止める紙面作りを迫られるいじょう、読者を食いつかせる努力はせねばならない。そのあたりの大人の事情は分からなくもない。
野瀬さんがこんなサクラ行為をバイトと呼び、それなりにオイシイ仕事なのもそのグレーさが影響する。自分の名前は出せないし守秘義務もある。表に出せないグレーな仕事ゆえ、絵の仕事としてはバカにできないくらいのお駄賃を貰えるわけだ。
なにしろ相手は素人さんが集う読者コーナー。さほど高いクオリティは求められない。一発でプロと見抜かれるような強烈な個性も必要ない。その日暮らしのアマ絵描きにはうってつけの仕事ではある。だから野瀬さんは俺にしばしばこの話を持ってきてくれるし、俺もありがたく引き受けさせて頂いている。この阿吽の呼吸があるからお互い持ちつ持たれつでやれている。
早速俺は机に向かいバイトにかかる。まずは誌面のムード掴み。グレーな仕事だが、このあたりのきめ細やかな配慮にはちょっと自信を持っている。野瀬さんが置いていってくれた美少女ゲーム誌の読者コーナーに目を通し、流行りのジャンルや作品から読者の傾向を割り出す。そこから俺の演じる投稿者の方向性を作ってゆく。あくまで俺は自発的に投稿する素人でなければならないのだから。
常連の嗜好を分析し、俺のキャラもほぼ決まった。どうやら今は萌系のポップな絵柄が流行っているらしいので俺は少し暗めの、等身高めな美少女イラストで攻めることにする。サクラは脇役に徹するべきなのだ。
しかしこの雑誌の読者コーナー、マイナー誌だから仕方ないとはいえ、レベルの低さには目を覆いたくなる。さすがに常連はアマクラスの画力はあるがそれも1人か2人。あとは皆素人レベルと言って差し支えない。素人の読者コーナーなんだから当然ではあるんだが。それでも業界紙トップクラスの読者コーナーはもっと盛況だ。まあそっちもサクラを大勢雇ってるのかもしれないが。しかしこの惨状では担当編集の苦労が偲ばれる。そのおかげで俺みたいな似非イラスト描きにも仕事が回ってくるわけだから世の中よくしたもんだ。
グレーな仕事とはいえ手抜きをするつもりもない。どんな仕事でも丁寧さを忘れてはいけないというのが持論だ。素人に毛が生えた程度の実力しかない俺だが、プロ意識は持ってるつもりだ。まずは最初の仕事、5月号の掲載分だから2ヶ月前には仕上げておきたい。普通、読者コーナーの掲載分は2ヶ月のタイムラグがある。つまり、季節ネタを投稿する常連はそのラグを考慮して描いてるのだから俺もそれに倣う。俺はサクラだから1ヶ月前でも編集が都合つけてくれるだろうが、それではクライアントの信頼は勝ち取れない。こんなグレーな仕事を持ってきてもらうのも信頼関係があってこそ。などと偉そう言ってるが、所詮ハガキサイズのイラスト一枚仕上げるだけのことなので大したこともないんだが……
そんなわけで最初の一枚はつつがなく完成。雑誌で紹介されてるゲームの、ちょい大人っぽい女性キャラ。出来栄えとしては可もなく不可もなし。サクラのイラストならそれくらいで丁度いい。あまり魅力的な絵は敬遠される。そういうのはモノホンの投稿者に任せればいい。俺はサクラなのだから。
月末となり、別の締め切りの仕事を受け取りに来た野瀬さんにサクライラストも一緒に渡す。それをチェックした野瀬さんは目を細めた。
「いや、いつもながらいい仕事ですねえ。今後も、この調子で頼みます」
野瀬さんも言葉のチョイスに苦労してるな。サクラのイラストでいい仕事ってのは没個性を意味する。あまり魅力的でないものが好ましい。ま、俺にはそんなものは端から描けないのだが。描ければもっといい仕事にありついてる。そのへんの機敏を野瀬さんもよく分かっている。でも褒められて悪い気はしないし、俺だって意識して魅力のない絵を描いてるんだから腹など立たない。クライアントの要求はクリアできたようなので素直に褒め言葉と受け取っておくことにする。