9-9.試験航行
魔力機関を漁船に搭載する前に、漁師たちに魔力機関の扱い方を教えることにした。漁船の機関室に積んでからでは、二十人も入れられない。
「は……? 何で……?」
ドックの前に突然出現した漁船の姿に、持ち主の若手漁師は呆気に取られた。他の漁師たちや技師も目を丸くしている。
「……今あんた、何かやったの?」
女性漁師がマコに聞いた。
「魔法の瞬間移動で移動させただけですよ」
「魔法でって……あの船、結構離れた場所に泊めてあったわよね?」
「割と難しくて、あたしたちのコミュニティでもできる人は少ないですけど。それより今は、魔力機関の使い方です。難しくはありませんが、今までのエンジンとは操作感が全然違いますから、良く覚えて、後は慣れてください」
瞬間移動の説明で時間を取ってもいられないので、マコは強引に話を進めた。
技師が、ドックへと上げた漁船から載せてあるエンジンの取り外しをしている間に、漁師たちへの魔力機関の習熟訓練を行う。
習熟訓練と言っても、教えることはそう多くはない。魔力機関の蓋を開けて魔力を込め、円筒を動かして魔力機関を作動させるだけだ。
「へえ。これでどれくらいの時間動くんだ?」
「限界テストって言うんですかね、それをまだやっていないので判りませんが、このサイズだと魔力を完全に充填した状態で、出力を最大に上げて、二時間から二時間半ってところでしょうか。後でそれも確認することになると思いますけれど」
「二時間か。割合短いな」
「でも、ずっと最大出力を出すわけじゃないでしょうし、海の上でも魔力を込めれば連続して動かせますから。だから今、魔力を満充填するのに、自分の魔力をどれくらい使っているか、把握しておいてくださいね」
「しかし、昨日の今日で、どれくらい使っているのかなんて判らないんだが」
漁師の一人が情けなさそうな声で言った。
「慣れですって。今も何となくは判りますよね? 毎日少しずつ、瞑想と魔力操作を練習していれば、その精度が上がります」
「そうは言うが……ま、頑張ってみるか。漁に出られるようにはなるんだからな」
そんな会話を挟みながら、漁師たちに魔力機関を使わせてゆく。
一人ずつ、魔力機関に魔力を限界まで蓄積させる。マコが蓄積状況を監視し、充填し切ったところで漁師に伝え、残存魔力を意識させる。その後で魔力機関を稼働させる。そこまでが一セットで、一人が終わったら充填した魔力をマコが魔力に変えて、次の漁師に移る。二十人もいるので、一人が終わるとすぐに次へと代わってもらう。
二十人の習熟訓練を終えた時には、技師はすでに漁船からエンジンを下ろし終わっていた。漁師たちは数人を残して一旦解散し、残った漁師たちと技師とで魔力機関を機関室へと積み込んだ。魔力機関をごついボルトで船に固定し、スクリューへと接続する。
「操舵室から直接の制御ができなくなりますけど、大丈夫ですか?」
「ああ。何とかなるだろ。伝声管も付けてもらうからな」
操舵室から魔力機関の出力制御をできないので、機関室の人員と二人で協力して操船することになる。そのため技師は、操舵室と機関室を繋ぐための伝声管を作っていた。
魔力機関とスクリューの間にはクラッチも取り付けられていて、万一、意図せずに魔力機関の円筒を押し込んでしまっても動き出さないようになっている。円筒自体も、任意のところで止められるようにストッパーが付けられているので、早々誤操作が起こることもなさそうだ。
(あたしじゃ、ここまで考えられないもんねぇ。やっぱり餅は餅屋だね)
技師が漁師と相談しつつ、時々魔力機関に対することをマコに質問しながら、魔力機関を設置してゆく。
「これで一先ず完成だな」
「はい。明日試運転します」
マコには敬語を使わない若手漁師も、歳上の技師には敬語を使っている。異変の前から船の整備は技師がしていたのだろうから、頭が上がらないのかも知れない。
翌日の試運転には、漁師が四人に技師、それにマコとマモルも同乗する。初めてのことなので、マコがいないと対処できない問題が魔力機関に発生するかも知れない。マモルはもちろん、マコの警護だ。
「じゃ、明日は朝飯の後にここに集合だな。こいつはひとまず、ここで預かる」
「はい、お願いします」
技師の宣言に、若い漁師は丁寧に頭を下げていた。
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ドックから海にゆっくりと下ろされた漁船は、まずは水漏れなどがないかどうか念入りに調べられた。途中で浸水してしまっては元も子もない。
問題が無いことを確認した後、フミコとシュリが漁村の漁師たちと見守る中、漁船は漁港から出航した。
マコは機関室で、魔力機関を操作する女性漁師の邪魔にならないように、壁際で見守った。
彼女は、操舵室から伝声管を通して伝えられる指示に従って的確に魔力機関の出力を調整している。
岸からある程度離れたところで停船し、技師とマコが魔力機関の状態を調べた。主に技師が直接触れ、マコは後ろから魔力を伸ばして確認する。
その間、漁師たちは甲板から釣り糸を垂らした。どのような魚を獲れるかも確認しなければならないため、試験航行と共に試験操業も行うことになっていた。メインは航行の方ではあるが。
「問題はなさそうですね」
マコは技師の邪魔をしないように短く言った。ここまでは出力を二十パーセント程度に抑えているから、ここで問題が出ていたら、この後の全力航行試験が不安になってしまう。
「そうだな。ボルトの緩みもこいつの歪みもないわな」
マコが言ってからも暫く魔力機関やスクリューシャフトを調べていた技師は、ようやく立ち上がってマコに答えた。
「しばらく休んでてくれ。漁をしている連中がひと段落したら、また移動するからな」
「はい」
技師は肩を揉みながら階段を上がって行った。
「どうします?」
マモルが聞いた。
「あたしたちも外に出ましょうか。ずっと中にいるのも息が詰まるし」
「解りました」
マコとマモルも甲板に出た。
四人だけでどれだけ釣れるの普通かマコは判らなかったが、開かれた船倉を覗き込むとすでに二十匹ほどの魚が生け簀を泳いでいた。
「結構釣れてますね」
「そうですね。見覚えのあるようで微妙に違う魚ばかりですが」
マコとマモルが話しているのを、近くで釣り糸を垂らしていた若い漁師が聞きつけた。
「この時間でこれなら、異変前と変わらないかな。見たこともない魚だから、味は保証できないが」
「ですよね。知ってる似た魚と同じようなのと考えていいのかも判らないですし」
マンションの食材の一つになっているツノウサギは、形状はウサギっぽいが行動はイノシシっぽく、食感はブタで味はウシと、元の世界にはいない動物だ。魚も、元々の魚と似てはいる。食事に提供してもらった魚はタイに似ていたし、生け簀の魚の一種類は尾鰭が大きいことを除けばアジのようだ。しかし、タイに似た魚の味がカレイ似だったように、アジ似の魚の味もアジとは違うだろう。
「もうしばらく釣ったら移動するから、それまでのんびりしててくれ」
「はい、解りました」
マコは漁師たちの邪魔にならないように甲板を移動し、マモルと一緒に海を眺めた。
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漁船はその後も海上を移動し、何ヶ所かで停船して釣り糸を垂らした。
移動の際には、小刻みに速度を変えたり、魔力機関の最高出力を出して疾走したりと、色々と試した。主たる目的が試験航行なので、普通の漁では行わないような行動もしている。
最大出力のままでしばらく航行していると、魔力機関を固定してあるボルトに緩みが出た。
「さすがに振動が大きかったか。今までのエンジンに比べりゃ静かなもんだから、イケるかと思ったんだがな」
技師がボルトを締め直しながら言った。
「対策はできそうですか?」
マコは聞いた。
「ゴムを挟めばある程度は振動を抑えられるんだがなぁ。消えちまったからなぁ」
技師は額の汗を拭いて、再びボルトにレンチを当てた。
「木製部分の補強に使った樹液は使えませんか? ゴムって言うよりビニールっぽいですけど……」
「ああ、アレか。そうさなぁ。一ミリメートルくらいの厚さの板にすれば使えるかも知れんな。まあ構造上のことだし、考えてみるわな」
技師の声色からは、心配している様子は窺えなかった。彼に任せておけば大丈夫だろう、とマコは判断した。そもそも、魔法でどうにかできるものでもない。
「これで良し。これまでのところ出力を五十パーセントまでに絞れば問題はなさそうだわな。今日は帰港するまでそれ以下に抑えるように言っておこう。とにかくこれで、船の目処は立ったわな。後はこのエンジン、魔力機関か、こいつを何個造れるか、だわな」
技師はボルトの締め付けを終えて立ち上がり、マコを振り返った。
「何にしろ嬢ちゃんにはお礼を言わないとな。ありがとう」
マコは慌てて手を振った。
「いや、あたしたちにしても魚や塩が欲しいから手伝っただけですので。お礼は言葉ではなく、魚や塩でお願いします」
「塩の方はまだ目処が立たんが、魚の方は期待してくれ。尤も、魚を獲るのは漁師どもで、俺じゃないがな」
技師は笑って請け負った。
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試験航行と試験操業を終えて、漁船は漁港に戻って来た。桟橋に着けて釣った魚を陸揚げした後、魔力機関の搭載調整のために再びドックへ移動した。
「ありがとうございました。これで漁の再開も目処が立ちました。正直、あなた方の協力を得られなければ、再開はずっと先になったことでしょう。本当にありがとうございます」
帰港するとすぐに代表がやって来て、マコに頭を下げた。マコは船で技師を相手にした時のように、ふるふると両手を振った。
「いえ、あたしはレイコちゃん……母に言われて協力しただけですから。それに、魚と塩が欲しいから協力したのであって、単なる親切心じゃないんですから、お礼はいいです、って言うか、後で現物でお願いします」
「ええ、それは解っています。魚も塩も、軌道に乗ったらそちらへ優先して提供させて頂きます」
「はい、よろしくお願いします」
マコも丁寧に頭を下げた。




