9-8.忠告と魔力機関
翌二日間かけて、マコとフミコは二十人の漁師たちに魔法の使い方を伝授した。人選は、コミュニティの代表に行なってもらい、場所も、宿泊しているホテルの部屋とは別に用意してもらった。
マンションでのカリキュラムからさらに内容を削った簡略版の授業だったが、一つ、追加したこともある。
「漁船で沖に出られるようになっても、陸地から離れ過ぎないように注意してください」
「その理由は?」
最初に漁船について教えてくれた漁師が身を乗り出して聞いた。
「異変以来、生物が見も知らないものに変化したことはご存知と思います。そればかりか、飛竜のような巨大生物も生まれています」
「飛竜?」
漁師たちが首を傾げる。
「はい。見たことありませんか? 時々空を飛んでいる、ドラゴンのような生物です」
「ああ、あれか」
ここでも、飛竜は目撃されているようだ。マコはそのつもりで話したのだが。ここはマンションと十数キロメートルしか離れていない。空を駆ける巨大生物にとっては大した距離ではないだろう。
「その飛竜と同じように、異変以来、海には海竜が現れるようになりました」
「海竜?」
「はい。体長二十メートルを超える、大きな鰭を持った、巨大なウミヘビのような生物です。これの厄介なところは、好戦的な性格です。飛竜は、ご存知かと思いますが、基本的には空を飛んでいるだけで、こちらからちょっかいを掛けなければ、向こうから人を襲うことはありません。が、海竜は、船を見ると襲ってきます」
漁師たちが疑ぐり深い目でマコを見た。それもそうだろう、クジラにも匹敵する巨大なウミヘビがいることなど、俄かには信じ難い。
「そんなものが実在するのか?」
年嵩の漁師が疑問を口にした。
「実在します。実際、米軍の軍艦が一隻沈められたそうですし、あたしも二隻の軍艦が一体の海竜によって航行不能にまでダメージを受けた場面に遭遇しました」
米軍との関係を仄めかすかどうかは悩んだが、話に説得力を持たせるためには実際の目撃談の方が効果的であろうと、当時巡洋艦に同乗していたフミコやシュリとも相談して、話すことに決めた。
漁師たちは騒めいた。
「あんたが、その目で、見たのか?」
「はい、見ました。経緯については割愛します。重要なのは、危険な巨大生物が海に存在していることです。海竜は、船に直接体当たりをしてきます。二十メートルを超える巨体ですから、全長十五メートルから二十メートルほどの漁船にとってはそれだけでも脅威です。おまけに海竜は、口から吐いた水を魔法で凍らせて氷の槍にして攻撃します。氷の槍は、軍艦の装甲を簡単に貫通します」
漁師たちは息を呑んでいる。
「さらに、体表は硬い鱗で覆われていて、軍艦の二十ミリ機関砲の攻撃では傷も付きません」
巡洋艦や駆逐艦の機関砲弾が二十ミリメートルかどうかマコは知らなかったが、断言した。曖昧な態度を見せては疑念を抱かせる。
「艦砲やミサイルの攻撃には、当たればダメージを受けていましたが、そもそも避けられたり、魔法で凍らされたりして、まともに当てることが極めて困難です」
マコは言葉を切って、五人の漁師たちを見渡した。みんな、マコの言葉を聞き逃すまいと、声も出さない。
「このような危険な生物には、出会わないことが一番です。万一にも出会ってしまったら、浅瀬を目指して全速力で逃げることです。
欲をかいてあまり陸から離れないように、万一海竜に出会ってしまったら、陸を目指して全力で逃げるように。これを肝に命じて、必ず守ってください」
やや脅しめいてしまったかも知れないが、マコとしても漁船が沖に出られるようになったがために、漁師たちに死なれてしまっては寝覚めが悪い。出来るだけ危険には近づいて欲しくない。
「それから、地上の生態が変わったように、海の生態も変わっているでしょう。まずは近場の海から調査が必要と思います。……すみません、漁師の人に余計なお世話でしたね。いくら変わっても、海のことはあたしなんかより皆さんの方が詳しいですから。
では、魔力の使い方と異変後の海での注意事項はここまでにして、少し休んでから、魔力機関に魔力を込めるための方法と、実際に魔力を込める実技を行います。えーっと、三十分後にまた、ここに集まってください。それでは一旦、解散です」
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「フミコさん、授業で何か言いました?」
二日目の魔力充填の実技教育まで終わらせた後、ホテルの部屋で、マコはフミコに聞いた。
「え? 別に、マコちゃんに教えられた通り、魔法の注意事項と魔力の操作方法の基本だけよ? あと、毎日の瞑想と魔力操作練習の重要性と」
「それにしては、昨日のフミコさんの担当した漁師さんたちも、今日に至っては全員が、あたしを見る目がおかしい気がするんですけど」
マコは漁師たちの顔を思い出す。漁師たちの、マコを見る瞳に宿っていたのは、畏れ、いや、恐れと言った方がいいかもしれない。昨日の第一陣でマコが担当した五人の漁師にはそんな様子は無かったのだが。
「アレではありませんか? 粕河さんが魔法を使う上での注意で言っていた」
「……アレって、アレ?」
シュリが言い、フミコが笑った。
「何か言ったのですか?」
マモルが二人に聞いた。授業の間、マモルはマコの、シュリはフミコの、それぞれの教室の後方で警備をしていたから、マモルとマコは、フミコが授業で何を言ったのかは知らない。
「えっと、もしも魔法を悪用したら、マコちゃんに手首を切り落とす腕輪を嵌められちゃうから気を付けて、って言っておいたの」
「はい???」
「ああ、あの時のことですね」
マモルが納得したように頷いた。
「……それって、あの、氷室を占拠した莫迦を罰した時の?」
マコは恐る恐る聞いた。
「うん、そう」
にこやかに微笑むフミコ。
「ああああ、それでみんな、あたしを得体の知れない魔女を見るみたいに……」
マコは頭を抱えた。が、すぐに顔を上げる。
「まぁ、言っちゃったものは仕方ないか。教えてないけど、魔法を使えるようになった時に、それを言っとけば悪用しようとは思わないだろうし」
それにどうせ、マンションの人たちには知れ渡っているし、とマコは自分を慰める。
(でも、マンションの人たちはあたしをある程度は知ってたしなぁ。クリスマスイルミネーションの時に全員に念話で話したから、それまで知らなかった人もあれで知ったし。それに対してここの人たちはあたしを知らないからなぁ。いきなり手首を切り取る危ない女の子、とか思われたら嫌だなぁ……)
マコは三人に判らないように、そっと溜息を吐いた。
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魔力機関が出来上がったと連絡を受けて、マコはマモルと共に倉庫を訪れた。
「おっきいですね」
「まあなぁ。潤滑剤を塗った回転軸を剥き出しってわけにいかんからな。外側をカバーで覆ったんだわ。ここが開く」
直径八十センチメートルほどの金属製の円筒の横に付けられた把手を引くと、ぱっくりと開いた中に金属製の太い軸が見えた。
「ここを開いて魔力を補充するわけですね」
「だな。それと、操作はこれだ。覗いててくれ」
技師は前方に回ると、金属の円筒から飛び出している、木製の太い円柱を押し込んだ。円筒の内側に入ってくる。押し込んだものも円柱ではなく円筒になっているようだ。三分割されていることから、回転軸はカバーになっている円筒の長さだけに納まっていることが窺える。
マコも、技師に代わってもらって操作してみた。滑らかに動く。問題なさそうだ。
「これなら大丈夫そうです。じゃ早速、魔力機関に変えてみますね」
マコはまず、全体を魔力で包んで構造を調べる。見た通りの構造で、ほぼ全体が金属製だ。可動する木製の円筒の内側には、きちんと金属板が貼られている。
(じゃ、予定通りに円筒の内側に貼ってある金属板に魔力を込めて、魔力にする、っと。次に、軸の中心を瞬間移動で取り出して、これにも魔力を仕込んで、元に戻す。あとは、本体のカバーになっている金属に魔力をいっぱいに込めて、魔力を込められないようにしておく。これで大丈夫、のはず)
「できましたっ」
マコは技師を振り返った。
「もう? 早いな。さっき一瞬、針金のようなものが見えたが……」
「はい、回転軸の中心を取り出して魔力を込めて、戻しました」
「はぁ、凄いもんだわな」
技師は感心したように唸った。
「じゃ、試運転しますよ」
「ああ、頼むわ」
マコは魔力機関となった構造物に魔力を込めた。
「じゃ、動かしてみますね」
「待った。手をかざさなくていいのか?」
「あ、はい。あたしは魔力を遠くまで伸ばせるから、手を近付ける必要はないんですよ」
「ほぉ。人によって違うもんなんだな」
「じゃ、行きますね」
円筒の木製部分はマコの提供した樹液で強度が高められている。底面の中央に付いている金属の把手を掴み、マコは円筒を押し込んだ。
「お、上手く動くな。良さそうだ。そのまま奥まで入れてみてくれ」
「はい」
ゆっくりと円筒を押し込んでゆく。徐々に音が大きくなり、振動も激しくなる。しかし、我慢できないほどではない。
一番奥まで押し込んだマコは、把手から手を離して反対側に回り込む。
「ちゃんと回転してますね」
「うむ。精度が心配だったが、上手くできたみたいだわな」
「かなり滑らかですよね。思ったより静かですし。さすがです」
「まぁ、年季が違うからな」
技師は笑った。
「次はいよいよ、船に積んでのテストだな」
「ですね。早速漁師さんに連絡しましょう」
「オレは調整と載せる準備をしとくから、連絡は頼むわ」
「はい」
マコはマモルを従えて倉庫を出た。




