8-10.合流
ここで、一旦完結ですっ!
水をご馳走になり地図を貰った家を辞去したマコは、このコミュニティから出るために歩き出した。地図を確認してまずは集落の中心部へと向かい、途中で右に曲がって南を目指す。ぱらぱらと家から人が出て来て、水を汲んだり狩猟にでも行くのか棒やら弓やらを持って歩いている。
(昨夜は狼もどきに襲われたっけ。ここの人たちはあれを食べるのかな)
元が犬だと思うとなかなか踏ん切りはつかないが、他に肉がなければ食べるだろう。それよりも、ここに愛玩動物としての犬がいなかったのかどうかが気になったが。見たところ、大型の動物はいなそうだ。
(飢えても、タマを食べたくはないな)
人々は、マコを奇異の目で見ている。
(服がこれだし、仕方ないよね。早く行こ)
マコは視線を気にしないようにしながら足を速めた。
前方の横道から、男が一人歩いて出て来た。先を尖らせた棒を持っている。マコの前を横切っていた男は、何気なくという感じでマコを振り向いた。男の足が止まり、棒が地面に落ち、その瞳が驚愕に見開かれる。
何かあるのだろうか?とマコは後ろを見たが、特に何もない。平和な日常だ。顔を前に戻すと、男がマコに向かってよたよたと歩き出している。足の動きが徐々に速くなり、遂には駆け出した。
マコは危険を覚えた。武器になりそうな棒を手放したのだから危害を加える気は無いと思いたいが。どうとでも対応できるよう、魔力を周囲十メートルほどに広げる。
「レイコっ」
男が叫んだ。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
マモルは、東の空が白み始めた頃に小学校の校庭に着陸した米軍のヘリコプターに飛び乗った。中には武装した米軍兵士が二人と、米軍基地へ連絡に走った女性自衛官のスエノが乗っている。
兵士が扉を閉めかけたところでヘリコプターは上昇を始める。マモルは兵士の許可を得て操縦席へと身を乗り出し、向かうべき方向を指示した。
米軍基地に派遣されたシュリとスエノから最初に魔法の存在を聞いた時、マモルは半信半疑、いや、九割九分九厘信じていなかった。いかに世の中が変化したからと言って、魔法はないだろう、と。基地に持ち込まれた魔道具を目の当たりにして、もしかしたら、と思うようになったものの、まだ七:三で、不信が強かった。
そんなマモルが魔法教室の生徒募集に手を挙げたのは、自分で体感することで魔法に対するもやもやした思いに決着をつけられると考えたからだった。
第一陣の一人として選ばれたマモルは、魔法以前に衝撃的な出会いがあるとは思っていなかった。
魔法使いだという少女は、思った以上に小柄だった。高校一年生と聞いていたが中学一、二年生と言っても疑いもしないだろう。
その少女に、魔力を知覚させるためだと言われて手を握られた時、マモルの全身に衝撃が走った。いや、衝撃と言うほど激しくはない、温かい、優しい、不思議な感覚。もはや、魔法の有る無しなど些細なことになった。
少女に対する気持ちは、クリスマス・イヴに再び彼女の魔力に触れた時、さらに大きくなった。
この少女を守りたい。いや、そのために俺は生まれてきた。
それは最早、確信だった。
ヘリコプターの後席に戻り、マモルは双眼鏡で眼下を見る。マコの今を思うと、胸が張り裂けそうになる。絶対に見つけなければならない。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「レイコっ」
叫びながら駆け寄って来る男に向けてマコは右手を差し出し、ごつい手が触れる直前に男の顔を魔力で張り倒した。
「ふべっ」
突然顔をぶん殴られた男はみっともなく尻餅をついた。
「あたしの名前は『レイコ』じゃありません。あたしはあんたなんか知りません。失礼します」
マコは顔に嫌悪の表情を浮かべ、男の横を通り抜けようとした。
「オレがレイコの顔を間違えるわけないだろう? レイコ、待ってくれよ」
男は四つん這いでマコに縋り付こうとする。マコは男に触れられないように飛び退いた。
マコは、男が誰なのか、予想はついた。顔も知らないし、名前も聞いたことはないが。まさか、こんな時に、こんな所で遭遇することになるとは、思ってもいなかった。
男は何とか立ち上がり、「レイコ、オレだよ、判ってるんだろ?」などと言いながら、近寄ってくる。
「近寄らないでっ」
魔力で空気を震わせた、天が落ちるようなマコの声に、男はびくっとなって動きを止めた。
「レイコ、レイコって、自分から逃げた癖に何言ってんですかっ。レイコちゃんはあんたなんかに会いたくありませんっ。あたしもあんたの顔なんて見たくありませんっ。消えてくださいっ」
マコは捲し立てた。
「レイコじゃ、ない? いや、確かに、歳が……じゃ、もしかして、君は、オレとレイコの、あの時の、子供?」
「あたしの親はレイコちゃん一人ですっ」
マコは叫んだ。その声だけで男はまた、ひっくり返った。
「レイコちゃんを妊娠させて、あんたは何したのっ!? 学校辞めて、どっかに逃げて、そのことを知らない人たちに囲まれて、のうのうと暮らしてたんでしょっ。レイコちゃんは逃げなかったわよっ。学校辞めさせられても引越しもしないで、周りの好奇の目に耐えて、一人であたしを育てて、一人で勉強頑張って、大学行って、会社作って、一人でやってきたのよっ。あたしはそのレイコちゃんの子よっ。情け無く逃げ出した男なんて、知らないわよっ」
尻餅をついたまま口をぱくぱくさせている男の横を、マコは今度こそ通り抜け、駆け足で離れた。
マコの声で周りに集まっていた人たちが、男に寄っていくのを、探査している魔力で感じた。その場を早く離れたかったマコは前方に魔力を目一杯伸ばし、瞬間移動で消えた。
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(一方的に言っちゃったけど、一言くらい言い訳聞いてあげても良かったかな。……ううん、いいよね。レイコちゃんを捨てた男の言い分なんて聞かないで)
瞬間移動を三回繰り返したマコは、先ほどのことを思い返したが、あんな不愉快な男のことなど忘れようと首を振った。レイコにとってあの男は過去に過ぎず、マコにとってはまったくの他人で、道端の石ころ程度の意味しかない。そんなことを考えている余裕は今はない。
貰った地図によれば、そろそろ自衛隊の駐屯地が見えるはずだ。
(小母さんが言ってたよりもマンションは遠かったな。五十キロくらいか。近くに自衛隊があって良かった。頼めば、マモルさんの駐屯地に連絡してくれるはず)
建ち並ぶ家の間の道路を進む。舗装はコンクリートで消滅せずに残っていたから、歩きやすかった。そうでなければ、昨夜から水一杯だけで歩き詰めで疲労しているマコは、何かのはずみに躓いて倒れていたかもしれない。
人が時々歩いていたが、マコから彼らに話しかけることはなく、人々もマコの只ならぬ様子に自分から声をかけようとする者はいなかった。
右にカーブしている道を抜けると、自衛隊駐屯地の建物と門が見えた。マコは力を振り絞って最後の道程を進んだ。
門に近付くと、門番を務める自衛官がマコを止めた。
「すみません、どんなご用事ですか?」
「あの、保護をお願いします。昨夜誘拐されて、逃げて来ました。知り合いのいる自衛隊の駐屯地に、連絡お願いします」
マモルの勤務する自衛隊駐屯地を伝える。
マコの言葉を、自衛官は流石に最初から鵜呑みにするようなことはなかったが、魔力懐炉はこの自衛隊駐屯地へも提供されていることを聞き出し、自分がそれを作った魔法使いであることを明かして魔法の実演をして見せると、後は話が早かった。
一人の隊員が馬で駐屯地から駆けて行き、マコは隊舎の一部屋に案内されて簡単な食事を提供された。昨夜は睡眠時間を充分には取れなかったので眠いはずだが、まだ神経が張り詰めているらしく、眠りたいとは思わなかった。
(地図だと四十キロ以上離れてるし……往復五時間は掛かるよね……少しでも寝た方がいいよね。ここなら一応、安全なはずだし)
そう思ってベッドに横になり、毛布を被るが、眠れない。
(あいつらどうしたかな。裸にしたから、多分近くのコミュニティから服を盗んで……その後はどうするだろう? まだあたしを探しているのかな。帰ってくれればいいんだけど)
逃亡中、マコの探査に引っかからなかったから、追って来てはいても、近くにはいないはずだ。できれば諦めてくれることを、マコは祈った。
ふと、ヘリコプターの音が聞こえた気がして、マコは窓に駆け寄った。遠くを飛んでいるヘリコプターが見える。近付いてはいるが、ここを目指しているわけでは無いようだ。
マコは部屋を飛び出して、驚いた。
「ぴゃっ」
「ど、どうなさいました?」
扉の外には、警備の自衛官が立っていた。考えてみれば当たり前のことだったが、マコはそれに思い当たっていなかった。
「す、すみません、あの、ヘリコプターが見えるんですけど、あれって米軍ですか?」
自衛官を部屋に入れて、窓から見てもらう。米軍ならば、自衛隊から協力を依頼されてマコを捜している可能性がある。そうでなければ、追手だ。
「あれは……はい、米軍機です」
「ですよねっ。ここ、ヘリコプターも降りられますよねっ」
「え? はい、降りられます」
「じゃ、呼びますっ」
「は?」
鳩豆の自衛官を無視して、マコは魔力を窓を突き抜けて上空へ伸ばし、光に変えてぐるぐると振り回した。
(お願いっ。気付いてっ)
願わなくても、これだけ目立つことをすれば気を引かないわけはない。ヘリコプターは、こちらに方向を変えて真っ直ぐに飛んで来る。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「マモルさんっ」
着陸したヘリコプターから飛び降りたマモルの姿に、マコは驚いたもののそれ以上の安心感で駆け寄り、飛び付いた。マモルはマコの小さな身体をしっかりと抱き留めた。
「マモルさぁん、怖かった、ごわがっだよぉ」
安心したマコから、それまで心の奥に押し込めていた不安や恐怖が一気に噴出し、マモルに抱き着いて泣きじゃくった。
「マコさん、すみません、遅くなって。でも、無事で良かった」
マモルはマコの背中をそっと抱き、少し汚れたマコの髪を優しく撫でた。
「ううん、ごんなにはやぐぎてぐれるなんておもわながった。ありがどう。ごめんなざい、じんばいがげで」
暖かい安心できる魔力に触れたまま、マコはしばらく泣き続けた。
マコの使える魔法:
発火
発光 ─(派生)→ 多色発光
発熱
冷却
念動力 ┬(派生)→ 物理障壁
├(派生)→ 身体浄化
└(派生)→ 魔力拡声(new)
遠視
瞬間移動
念話
発電
マコの発明品(魔道具):
魔力灯 ─(派生)→ 蓄積型魔力灯
魔力懐炉
魔力電池
魔力錠
魔力枷
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ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。転移してきた異世界の影響により、変貌した世の中で生活する、マコたちの話は一旦ここで終わります。
しかし、世界は元に戻っていません。マコたちはこれからもこの世界で生きていきます。
と言うわけで、あまり遠くない未来に、九章を始める予定です。年明けくらいから再開できるといいな。
またマコたちに会える日まで、しばらくのお別れになります。再会したら、またお読みいただけると幸いです。




