8-6.制圧
陽が昇る前の暗い時間、強襲部隊は目標の公民館から六百メートル離れた地点に到着した。人員は、自衛官八人とマンションの住民二十人、それにマコである。レイコも「責任者として同行する」と言い出したのだが、マコを始め全員が全力で止めた。
警官には、念のためにマンションの警備として残ってもらった。
「大丈夫、ここはまだ敵の魔法の索敵範囲に入っていません」
マコが小声で言うと、隊長を務める自衛官が頷き、ハンドサインを隊員に送った。左右に二人ずつ、自衛官が離れて行く。三方向から公民館に突入する構えだ。マコはそれぞれの自衛官の動きにあわせて魔力を伸ばし、常に連絡を取れるようにする。
「配置に着きました。始めます」
別れた自衛官が予定の位置に着いたことを隊長に伝え、彼が頷くのを確認してから前方にゆっくりと魔力を伸ばす。六十メートルほどで、他人の魔力を感じた。そろそろと重ねてゆく。
〈動きはありませんか?〉
別れた自衛官に念話で聞く。ここからでは公民館は見えないが、左右からは見える筈だ。片側は、民家の屋根に登る必要があったが。
〈〈異常ナシ〉〉
自衛官たちから連絡を受けて、マコは念話で頷く。
「相手は、他人の魔力を感じられないようです。これから中を探査します」
少し考えてから、マコはポーチから念のためと持って来た金属円板を取り出し、魔道具に変えて隊長に渡した。地図を出してもらい、ある地点を指で示す。
「この辺りから魔力が広がっています。突入前に、この円板を中に投げてください。敵の魔力が消えます。ただ……」
「ただ?」
「これだけの魔力を維持し続けるのに、一人では難しいと思います」
街を覆う魔力は、高さ二メートルほどの円板状だ。球体でないとはいえ、かなりの広さになる。濃度は薄いので魔力量はマコに劣るかも知れないが、この広範囲に身体から伸ばした魔力を維持し続ける気力は、マコを遥かに超えるだろう。
しかし、一人の人間がこれだけの広範囲に魔力を展開する気力を維持し続けることは、難しい気がした。それを言うなら、マコに匹敵する可能性を秘めた魔力の持ち主が二人も揃う、と言うことも同じくらい考え難いのだが。
「もしかしたら、魔法使いが二人以上いるかも知れません。その場合、一旦魔力が消えてもすぐに復活するかも」
「解りました。覚えておきます」
「では、始めます」
マコは地図で覚えた公民館に向けて魔力を伸ばす。目標の建物はすぐに見つかり、マコは中を魔力で探る。
(……っ)
マコは唇を噛み締めた。
公民館の会議室と思しき一番広い部屋の四分の一ほどに、布団が雑多に置かれ、壁際にはソファーが置かれ、七人の男が全裸で寝転んだりソファーに掛けている。他にも服を着て銃を持った男が二人。布団の上には女性が五人、全裸で転がされて、すべての希望を失ったような虚ろな瞳で虚空を見つめている。性的暴行を受けたのは確実だ。それも、一度や二度ではないだろう。
すぐに飛び込みたい気持ちを抑えつつ、マコは室内の把握に努めた。
「公民館の中には男が九人、内七人は裸です。二人は銃で武装。裸の一人がきょろきょろしているところを見ると、あたしの魔力を感じているみたいです。でも、魔力だとは解ってないみたい。女性が五人、捕まっています。明らかに性的暴行を受けています。残る四人を探します」
ぎりぎりと唇を噛みつつも、マコは追加で魔力を伸ばした。可能な限り遠くまで伸ばして街中を探査する。
「いました。二人一組で街を見回っているようです。一方はβチームの前を通り過ぎて進行中、もう一方はγチームに接近中。最接近しても百メートルは離れていると思います」
「了解。では予定通り、プランBで……」
「待ってください」
隊長の言葉をマコは遮り、続けた。
「このまま突入したら女性を人質に取られかねません。まず救出します」
「しかしどうやって」
「あたしが瞬間移動で連れ出します。直接、中に乗り込む必要がありますが」
「いや、民間人にそんな危険なことはさせられません」
「大丈夫、最初に敵の武器を無力化しますから。運ぶのは一度に二人が限度でしょうから、三往復する必要がありますが、向こうが気付く前に終わっていますよ」
所詮、相手は訓練を受けた自衛官や警官ではなく、ただの無法者だ。突然のことに、そう素早く対処はできないだろう。
「……解りました。けれど充分に気を付けて」
「はい。被害者はあそこの家に運びます。女性の方、介抱の準備をお願いします。布団とかタオルとか、用意しておいてください」
ついて来ていた四人のマンション住民の女性が頷く。
「では、女性自衛官二人を警護につけます」
隊長が言って、二人の女性自衛官が頷く。しかし。
「いいえ、貴重な戦略を警護に割くのは愚策です。自衛隊の方は制圧に注力してください。大丈夫、ここは離れていますから」
女性たちの毅然とした態度に、隊長も頷くしかなかった。
空が白み始めて来た。間も無く陽が昇る。
各チームは待機地点から六十メートル近く前進し、敵の魔力の手前で停止する。
「では、始めます」
マコは街を巡回中の男たちと公民館で警戒中の男たち、それに公民館内の銃から、順番に弾丸を瞬間移動させる。弾丸がばらばらと地面に転がった。それをマンションの住民が纏める。
すべての銃弾を集めたマコは、みんなを振り返った、
「行ってきます」
彼らの前から消える直前、マコは笑みを浮かべたが、それを見た全員の背筋が凍り付いた。
「ああ言うところは、母娘だな……」
一人の男が呟いた言葉は、徐々に明るくなってゆく朝の空気の中へと消えて行った。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
マコが公民館に出現すると、それに気付いた男が叫んだ。
「てめえっ、誰だっ」
男たちの視線が集中する中、マコはにやりと凄惨な笑みを浮かべると、二人の女性の手首を掴んで消えた。
「看護、お願いしますっ」
民家に出現したマコは、続けて公民館へ向けて瞬間移動した。残る三人の女性の間に出現したマコに、四方八方から銃口が突きつけられる。
(ありゃ。意外に優秀じゃない)
すでに実包が抜いてあるので銃は脅威ではない。が、男たちの顔は普段のマコなら震え上がるほどに憤怒の表情に満ちていた。しかし、男たちに対する怒りで頭に血の昇っているマコには、通用しない。
「誰だてめえ」
「どこから来やがった」
男たちの言葉を無視しつつ、視線は男たちから逸らさずに、マコは魔力で女性たちの位置関係を確認する。幸いなことに、二人の女性の手首が重なっている。
(三度目は無理そうだし、ここは無理してでもっ。そして銃を使わせる前にっ)
「何とか言ったらどうだ」
真正面から突き付けられた銃の射線から、腰を屈めて身体を外し、一人の女性の手首を掴み、二人の女性の重なった手首に手を当てて、魔力を一気に流し込む。
マコの動きに合わせて下げられた銃口に向かって「さようなら」と言葉を残し、マコは瞬間移動して男たちの前から逃れた。
〈突入っ〉
先の家に出現すると同時に、α、β、γの全チームに連絡する。
「マコさん、大丈夫ですか?」
三人の女性が一人ずつ被害者を助け、残る一人がマコに声を掛けた。
「だ、大丈夫です。あと少し、ですから」
実のところ、マコは結構無理をしていた。自衛隊の三チーム、公民館、巡回中の二組の敵、それにこの臨時退避所とした民家と、七ヶ所に魔力を張り巡らせ、その上立て続けに念話や瞬間移動を行なって、魔力消費はほとんどないものの、気力が無くなってきた。それでも、まだ頑張れる。対海竜戦の時よりも疲れているが、対飛竜戦ほど疲れてはいない。
(もう一踏ん張りっ)
気力を振り絞り、魔力で把握している情報を各チームに伝え続けた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
女性たちを救出してからの動きはあっという間だった。
マコの連絡と同時にαチームが円板を投げ入れて敵の索敵網を破壊、一瞬ののちに突入し、公民館を目指した。十六人のマンション住民は少し離れて自衛官たちを追う。
β、γの二チームもαチームと合わせて突入、マコからの情報を元に巡回中の敵を捕捉し、即座に捕縛、無力化した。
三方向から公民館に向かった自衛隊の各チームはほぼ同時に現着、即座に公民館に突入した。弾の抜けた銃と刃物しか持たない素人九人が現役の自衛官八人に抗う術などなく、彼らは瞬く間に無力化され、拘束された。
それを確認してからマコは現場に瞬間移動し、隊長に話して女性自衛官のうち二人を被害者女性を休ませている民家に瞬間移動させて護衛についてもらい、続けて瞬間移動で公民館に戻った。そろそろ気力の限界が近付いていた。
「さて、どうしましょうか」
隊長が手足を拘束された男たちを見下ろして言った。巡回中に捕えられた男たちも集められている。
「えっと、いいですか? まず、この男にはこれを付けてもらいます」
近くの放棄された自動車から切り出したリングを、男の首に瞬間移動で装着する。同時に、魔道具に変換。氷室に立て籠もった奴らに付けた魔道具と同じものだ。
「あなたが魔法使いよね? でもこれでもう、魔法は使えないから。そうそう、それを無理に外そうとすると、首が落ちるわよ? こんな風にね」
リングと木材を手元に出現させ、例のパフォーマンスを見せる。
「首が飛んでも生きていられる自信があるなら、外してもいいんじゃないかな」
マコはにっこりと微笑んで見せた。
「残りの男たちはどうしましょう。このまま解放というのも不味いですし」
「そもそも、ここのコミュニティの人たちがいない場で処遇を決めるのもどうかと思いますし」
「夜も明けましたし、ここの人たちにも集まってもらって決めましょうか」
「そうですね、それがいいでしょう」
そこで、半分がここに残って賊の監視を行い、半数でコミュニティの主だった者たちを集めることにし、全員が動き出した。
一瞬の気持ちの弛緩。
「くそがあぁぁぁぁっ」
項垂れていた男の一人が突然頭を上げて叫んだかと思うと、その額に現れた火球がマコに向かって飛翔する。
「マコさんっ」
「え?」




