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1-7.魔法

 マコは自分の掌をじっと見つめた。それを覆う、見えない“何か”を。

(これが魔法に関係すると思うんだけど)

 魔法を使えることは、マコにとって、もはや前提になっていた。その前提に立って考えると、一昨日までの自分と異なっているものに目を向けるしかない。それがこの、“身体を覆う目に見えない何か”だけだった。


 意識を集中し、気を籠める。自分の身体の中心から、外側へと力を移動させるイメージを頭に浮かべる。

「あ」

 見えない膜が、僅かに揺らめいた、ような気がした。気のせいではない。いや、気のせいかも知れないが、無意識の内にそうではないとマコは自分に言い聞かせ、更に念を籠める。

 見えない膜は、ゼリーのようにふるふると震えた。今度は確実。気のせいではありえない。

「やったっ。これ、頑張れば動かせる。で、これで魔法を使うには」

 目に見えない何かを波打たせただけでは何にもならない。マコは実験を続けた。


「これが魔法の素だとして、どうすれば魔法を使えるか。意識を集中すれば動かせるから……うーん、身体から離してみる?」

 何しろ教えてくれる人は誰もいない。とにかく思い付くことをマコは試してみた。

 上に向けた掌に意識を集中し、身体中から集めた力を掌に集めるイメージを固める。


「マコ、お昼よ。いらっしゃい」

 母の声がマコの意識を中断させた。

「はーい」

 母の言葉に答えつつ、レイコが帰って来たことにも、それほど時間が経っていたことにも驚いた。メモ書きと魔法の特訓(?)しかしていないのに。続きは昼食の後にしよう、魔法の練習にはきっと休憩も必要だろうから、とマコは考えながら、食堂へ行った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 また、調理していない乾麺とスナック菓子という、どう考えても栄養バランスの取れていない昼食を終えるのももどかしく、マコは自分の部屋に引っ込んだ。

 水の心配はしなくて良くなったらしい。レイコが管理人に話を付けて、災害時用の井戸を使えるようにしてもらったそうだ。下まで汲みに行く必要があるし、手押しポンプなので体力も使うが、これまで通りとは行かなくても不自由することはなさそうだ。


 心配が不要になったところで、マコはコップに入れた水を机の片隅に置き、午前中の続きを始めた。ノートを横に退けて広くした机の中央付近に右の掌を広げて置き、意識を集中する。身体を覆った透明の何かを掌から押し上げるイメージを膨らませる。

 始めはただ、掌の上で透明な何かがもこもこと動くだけだった。しかし、マコは諦めない。

(動かせてはいるんだから、なんとかなるはずっ)

 魔法が使えるようになると信じるマコの心は揺らがない。時間をかけて身体中の念を集めると、掌の何かがぽこっと膨らんだ。相変わらず目には見えないが、マコにはそれが感じられた。


 さらに意識を集中する。何かにこれほど真剣に取り組んだことがあっただろうか。魔法の素と信じる見えない何かを操ることに熱中しているマコに、そんなことを考えている余裕はないが。


 掌の上の膨らんだ何かが更に大きくなる。

(おっ、いけそうっ。もう少しっ)

 マコがさらに念を込めるつもりで意識を集中すると、掌に盛り上がったそれはぷるんと手から離れ、完全な球体となって宙に浮かんだ。

(やったっ。今度はこれを……え? あれ? あれ?)

 マコの掌(の何か)から離れた球状の何かは、徐々にその大きさを縮めてゆき、みるみるうちに消えてしまった。

「うーん……身体から離れると消えちゃうのかな……いや、でもすぐに消滅したわけじゃなくて少しずつ小さくなってったし、もっと集中すればやれるかも」


 続きを始める前に、これまでに判ったことをノートに書いておく。

 人体の輪郭と、それを覆う見えない膜のような何か。

(いつまでも“何か”とか“膜”じゃアレだよね。何か名前を付けよう……ってか、一つしかないね)

 マコはノートに、『“魔力”と呼ぶ』と注釈を書き込んだ。他にも、掌の輪郭を書き、魔力の動く様子を図示しておく。

 それだけを書いて、再びノートを端に押しやり、水を一口飲んで水分を補給してから、さっきと同じように掌に意識を向ける。


(身体に力を込めると何か大変だから……身体の表面の魔力を少しずつ動かして掌に寄せるイメージで。……おわっ)

 効果は劇的だった。右手の魔力だけ、ぼわっと膨らむ。身体のほかの部分は二センチメートルほどのままだ。厳密に測定すれば、少しだけ薄くなっているだろう。多分。

(よしっ。この大きくなった魔力をさっきの要領で……)

 手首から先の全体を覆っていた魔力が掌に集まり、丘のように盛り上がる。後はさっきと一緒だ。一回目に比べればかなり大きな魔力の球が掌からゆっくりと持ち上がる。球と掌の間に細い魔力が柱のように立っている。それがゴムのようにぷちんと切れ、ソフトボールほどの大きさの魔力の塊が浮いていた。

「やったっ」

 しかし、それは見る間に縮んでゆく。マコは焦った。

「あ、えーと、燃えろ、火、ファイア、炎、あーーーっ」

 マコの祈り(?)も虚しく、魔力の球はどんどん小さくなり、ふっと消えた。目には最初から見えていないが、今はマコの謎の知覚でも感じられない。


「うーん、もう少しなんだけどなぁ」

 マコはまたノートを開き、身体全体の魔力を集めるイメージを書き込んだ。それに、掌と魔力球。それらを繋ぐ魔力の柱。

(ん? うーん、手から離すと消えていっちゃうんだから、魔力を繋いだままにしておけばいいんじゃない?)

 ノートに自分で描いた絵を見て思い付いたマコは、早速実験の続きを始める。


 全身からほんの少しずつ魔力を集めて右手に集中させる。それをさらに、掌に集める。集めた魔力を球状に纏め、掌から離してゆく。意識を魔力球だけでなく、間を繋ぐ柱にも注ぎ、掌に生えた細い柱に球体が載っている状態を維持する。魔力球はさっきよりも小さく、野球ボールほどの大きさ。

(よし、これなら消えていかない。後はこれを、えっと、燃えろ~、燃えろ~)

 初めは何も変わらなかったが、魔力球が燃え上がる映像を脳裏に浮かべた途端、掌の上に炎が現れた。

「うわっちゃっ」

 慌てて手を振るマコ。炎はふっと消えた。


「はぁ、びっくりした。実験でいきなり火なんて出すもんじゃないね」

 考えてみれば、いや、考えなくとも火を出せば危険なのは当たり前なのだが、マコの無意識には『魔法と言えば炎の球!』という考えが刷り込まれていた。彼女がこれまで読んできた魔法の登場するファンタジー小説には、火の魔法がないことは無かったから。しかし、現実に使うとなれば、火に拘る必要はない。むしろ、何かに燃え移ったりしたら大変だ。


「でも、魔法を使えることは判ったし、今度は危なくないようにしよう。水……を出したりしたら濡れるし……光らせよう。夜に役立つもんね」

 掌を見て火傷の痕が無いことを確認し、同じ要領で魔力球を作り出す。炎を出した時と同程度の大きさだ。

「ここまでは慣れたね。割と簡単だったな。後はこれを……光れ~光れ~光になれ~」

 ぱっと室内に光が満ちる。

「ひゃわうっ」

 思わず目を閉じたが、手は動かさない。せっかく発動した魔法だ、良く観察しないと。そっと、しかし躊躇うことなく開いたマコの目の前で、ピンポン球ほどに縮んだ光源がみるみる小さくなり、そして消えた。


「うーん、消えちゃうなぁ。でも練習すれば上手くなるよね。その前に、今のもメモしとこう」

 マコの異世界ノートに文字と絵が埋められてゆく。

「何かの小説みたいに、異世界の人が教えてくれれば早いんだけどなぁ。天の声でもいいけど。目の前に画面が出たり。ああいうのがあれば魔法の習得も早いよねぇ」

 しかし、現実にはそんな都合の良いものは存在しない。無いなら自分で色々と試してゆくしかない。

(それに、その方が面白いもんねっ)

 にんまりと、他人にはあまり見せられない笑みを浮かべるマコ。

(これであたしが魔法をみんなに広めたら、あたしがこの世界の魔法の開祖だねっ)

 明日の生活すら危ぶまれる状況にあって、マコは能天気に考えた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 マコの実験は続く。

(ふむふむ。魔力の柱から魔力を供給し続ければ、光は消えない。でも、供給を止めると徐々に小さくなって消えてしまう。つまり、魔力が光を放っていると言うより、魔力が光に変換されている感じかな?)

 掌の上に光を発生させてマコは色々と試し、魔力の性質と使い方を模索した。ノートへの書き込みも増えてゆく。

(魔力が光や炎に変わっていて、それで魔力が消費されるなら、あたしの身体を包んでいる魔力、減っているのかな?)

 自分の手や身体をじっと見つめる。目には見えないのだから見つめる必要はないのだが、それは気分というものだろう。


 身体を取り巻く魔力が減った感じはしない。相変わらず、マコの身体を二センチメートルほどの厚みで包んでいる。マコの知覚では判らないほどの微量しか魔力を使っていないのか、それとも魔力の生産量が消費量を上回っているのか。

(そもそもどこから発生しているんだろう? 実は使い切りで減っていく一方なのかな? 人間に備わっているものなんだから、身体のどっかで作られているんだと思うけど)

 マコはまた、掌に意識を集めた。今度は魔力を操作するわけではなく、観察だ。じっと意識を集中して、感じ取る。


(うーん、身体から離れるほど薄くなって、最終的には発散して消えていってる感じ……)

 魔力を操作して掌に魔力球を作り、そのまま操作をやめてみる。魔力球はみるみるうちに発散し、掌に纏うだけになった。

(つまり、あたしのノーマル状態では魔力を精々二センチメートル程度しか留めておけず、意識を集中することでもう少し遠くまで留め置ける、ってことかな)


 それならと、全身の魔力を留めようと意識を高める。発散していた魔力が体表に止まり、マコの全身に魔力が漲る。普段の状態よりも五ミリメートルほどに厚くなっているように、マコは感じた。

 けれど、それは長くは続かない。

「はあっ、はっ、はう。ふう。魔力を引き留めるのって、大変」

 身体の一部分だけなら大した集中は必要ないが、全身纏めてやるのはかなりの労力を要した。

「でも、練習していけば長くやれそうな気がするっ」

 マコは両の拳を身体の前で握り締めた。

「魔法って、なんだか奥が深そうっ」

 マコの魔法探求は、まだ始まったばかりだ。



使えるようになった魔法:

 発火(new)

 発光(new)

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう異世界転移もいいですね。 穏やかな感じで話が進んでいくのも良いと思います。 魔法が使えるようになって、異世界っぽくなってきました!
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