8-1.魔力の相性?
自衛官の魔法教育の第二陣は、年末年始の一週を空けて、年明けの一月四日から行うことになった。マンションの魔法教室もその間は休みにした。事実上、年末年始の意味は無くなっているとは言え、適度に区切りを付けて息を抜かないと、緊張の糸が途切れてしまう。年越しは、週に一度の休みだけでずっと働いてきた住民たちにとって、ちょうどいい長期の休暇になった。
その休暇中にも、自衛隊は一度、このコミュニティを訪れていた。荷馬車一台に二五〇ミリリットルの飲料缶を大量に載せて。この時の目的は魔力懐炉ではなく魔力灯だ。魔力懐炉の第三陣も予定されているが、前回、周辺から可能な限りの材料を集めたため、まだ数が少ないらしい。荷馬車で何度も往復するのは骨なので、ある程度の数を集めてからになるようだ。
クリスマス・イブの約束通り、やって来た自衛官には四季嶋マモルが含まれていた。三人の自衛官のうち、一人はマンション管理部との交渉・打ち合わせを担当し、一人は荷馬車の護衛、マモルは二頭の馬の世話を担当していた。
マコは、いつも自分だけで魔道具を用意するのもどうかと思い、生徒たちの成長のためにもと、ミツヨとヨシエを呼び出して、魔力灯の製作を頼んだ。
「こんなにたくさん……無理ですよ」
始める前から弱音を吐くミツヨを、マコは窘めた。
「最初からそんな弱気でどうするの。一度にできなければ少しずつ時間を掛けてやればいいんだから」
「解りました。何日かかってもいいんですか?」
「うん、と言いたいところだけど、中の打ち合わせが終わるまでに作り切らないといけないから、今は作れる分だけでいいよ。残りはあたしがまとめてやっちゃうから、限界になったら言ってね」
「はい、解りました」
ヨシエも頷く。
「じゃ、あたしは井戸のとこにいるから」
マコは、マモルが馬の世話をしている井戸の傍に歩いて行った。魔力灯の製作のためにミツヨとヨシエを呼んだのは、もちろん二人に経験を積ませることも目的だったが、二人の製作中にマモルと一緒にいる口実にするためでもあった。
「四季嶋さん、馬のお世話、お手伝いします」
「ああ、マコさん。いえ、これは自分の仕事ですから」
マモルがブラシをかける手を止めて言った。馬(ロバっぽいが)が、ぶるるっと嘶く。
「そんなこと言わず、ぜひ手伝わせてください」
「そうですか? それではそちらの馬にブラシを掛けてください。胴体は力強く、お腹の部分は優しく」
「はい、解りましたっ」
ブラシを受け取るマコを、マモルは優しい瞳で見つめた。
「あ、その、それと、馬のお世話の間、四季嶋さんを魔力で触ってて、いいですか?」
「え? ああ、構いません。自分も、マコさんの魔力に触れていると温かく優しい気持ちになれますので」
もじもじと上目遣いで尋ねたマコの願いを、マモルは快く承諾した。
「ありがとうございますっ」
嬉々としてマコはマモルを魔力で包む。途端に訪れる極上の快楽と安心感。包んでいるのは自分なのに、まるでマモルに優しく包まれているような心持ち。
(あ、馬のお世話もしなきゃ)
マコは快楽に呑まれないように意識を保ち、馬の胴にブラシを当てた。
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馬をブラッシングした後、荷馬車の前に連れて行く。まだ打ち合わせが終わっていないらしく、また、ミツヨとヨシエも頑張っているので、かじ棒には繋がずにおく。
ミツヨとヨシエは、荷馬車に載せられた十二個の木箱の一つを下ろし、その中の空缶の半分ほどを魔力灯にしていた。二人がまだ続ける意欲充分であることを見て取ったマコは、マモルをマンションの入り口付近に置かれたベンチに誘った。
マモルは警備の自衛官に断って──自衛官の口角が意味ありげに上がっていた──マコに付き合った。
マコはそっと、マモルの手に自分の手を重ねた。魔力を注ぎ込む。幸福感がいやが上にも高まってくる。うっとりとしそうになりながらも、近くに人もいるのでマコは意識して気持ちを引き締める。
「その、ありがとうございます。本当に来て戴いて」
「礼には及びません。マコさんの頼みですから。実は、この輸送部隊への転属を上に掛け合った時に、最初は渋い顔をされたんですよ。それが、マコさんの希望でもあることを伝えたら、すんなり通りました」
「え」
「それだけ、隊内でもマコさんの存在が重要視されているんです。それに……」
「……それに?」
「自分も、その、つまり、何と言いますか、マコさんに魔力で触れて戴いた感触が、忘れられなかったので」
それを聞いてマコも嬉しくなる。
「えっと、自衛隊でも魔力灯を使うことにしたんですか?」
今までにサンプルとして何個か魔力灯を渡していたが、製作依頼は今日が初めてだ。
「ええ。懐中電灯と松明を使っていたのですが、松明はほかに燃え移る危険がありますし、懐中電灯も簡単に修理したものですから壊れやすくて。構造が簡単ですから、すぐに直せはするのですが」
「魔力灯なら、潰れても使えますからね」
「ええ。凄い発明ですよ」
「それほどでもないんですよ~。ただの思い付きですから」
マコは照れたように言ったが、恍惚とした表情ではあまりそうは見えない。
「そう言えば、こちらにお世話になっていた時、広場もあちこち光っていましたし、クリスマスの夜は綺麗なイルミネーションが灯っていましたが、あれも魔力灯ですか?」
「はい、そうです。えっと、ほとんどは普通の魔力灯を細く切って、って言うか、最初から細いので作るんですけど、それを木の幹や枝に巻き付けたんです」
「つまり、木にも魔力がある、と言うことですか」
体制変更後の魔法教室の指導要綱には、植物に魔力があることは載せていない。知っていても魔力の行使に関わらないので、除外してある。
動物については、万一知らずに魔法を使う動物に出会うと危険なので、指導要綱に入れてある。尤も、会議や裏山に入る前などにも注意を促しているので、魔法教室で触れなくとも知っている住民は多いのだが。
「はい、そうです。だから今も光ってはいるはずですよ。明るいから判りませんけど」
「なるほど。けれど、樹木のない場所も光っていたと覚えていますが」
「あれは、最近思いついた新しい魔力灯です。魔力を物に籠める方法は、授業でやりましたよね。それで、魔力を籠めておくと、一定時間は光っているんです」
「それはいいですね。今の魔力灯では手で持っていないといけませんから、常夜灯のような使い方ができなくて。次はそれをお願いすることになるかもしれません」
「ただ、作るのが面倒なんですよ。作るって言うか、材料を加工するのが、ですね」
「それは、どんなふうにですか?」
「えっとですね、見てもらっちゃった方が早いかな」
マコは魔力を広場に伸ばし、設置してある蓄積型魔力灯を手元に瞬間移動させた。もちろん、マモルに触れていない方の手だ。
「円筒に複数の円板が嵌っている形ですか」
「ええ。円筒はジュースの空缶でいいんですけど、円板が。穴の大きさが円筒と合ってないといけませんから」
「ずれると不味いわけですね。ところで今、それはどうやって?」
「え? ああ、これ、瞬間移動です」
「瞬間移動? 魔法でそんなこともできるんですか。魔法、ですよね?」
「はい。でも難しいらしくて。あたしの他には三人しかできないんです。それも、数メートルくらい。それで魔法教室の標準教育からは抜いているんですけどね」
「習得が難しいのですね」
「みたいです。あたしはそんなに苦労しなかったんですけど」
そこまで話したところで、レイコを含む管理部の住民数人と、交渉に当たっていた自衛官が、マンションから出て来た
「あ、残りの魔力灯を作らなくちゃ。ミツヨちゃんとヨシエちゃんは何個作れたかな」
天上の酔い心地を名残惜しみつつも、マコは立ち上がった。魔力はマモルを包んだままだ。
(あれ?)
手を離したのに、マモルを包んでいるだけでなく体内に入れている魔力の感触が消えない。以前は、手を離すと押し出されるように魔力が排出されてしまったのだが。
(ずっと入れたままだったからかな? まあ、いいや。気持ちいいもんね)
「ミツヨちゃん、ヨシエちゃん、お疲れ様。あとはあたしがやるよ。あ、作った魔力灯は箱に戻して馬車に積んでね」
いい気分のまま、マコは荷馬車に載せられたままの十一箱分の空缶と、荷馬車から下ろされた木箱に残っている八個の空缶をまとめて魔力灯にした。
「先生、もう終わったの?」
ヨシエがマコを見上げた。
「うん、終わったよ」
「むー、追い付ける気がしない」
「そうだよね。まずは魔力量かなぁ。鍛えれば増えることは判ってるし」
「うん。頑張る」
ミツヨは笑顔で、ヨシエは真剣な眼差しで、両拳を力強く握り締めた。
下ろしていた木箱は荷馬車に戻され、二頭の馬もかじ棒に繋がれた。マコがマモルに渡した蓄積型魔力灯は、レイコの許可も得てサンプルとして自衛隊に提供することになった。
「それではこれで失礼します。今後とも良い関係をお願いします」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。道中、お気をつけて」
互いに挨拶を交わして、馬車が動き出す。
(はあ、またしばらく、この快感とはお別れかぁ。四季嶋さん、今度はいつ会えるかなぁ)
マコは動き出した馬車に合わせて歩くマモルを視線で追った。
その時、マコたちのいるマンションの一号棟に向かって駆けてくる人影が見えた。かなり慌てている。
「あら? 何かあったのかしら?」
レイコが首を傾げた。荷馬車も止まる。
「ほ、ほ、本条さん、大変、です、すぐ来て、ください」
止まる前から声を出しながら走って来た男性は、レイコではなくマコに目を向け、同じ言葉を繰り返す。
「本条、さん、すぐ来て、ください」
「どうしました?」
レイコが鋭い声で聞いた。
「あ、本条さん、七号、棟の氷室、を、魔法を覚えた男の子が、占拠、しちゃって」
「何ですって?」
普段そんな言葉を口にしないレイコが言った。彼女にしては珍しいことだが、突然のことに処理が追いつかなかったのだろう。
「七号棟の氷室ですねっ?」
マコが叫ぶように聞き、男性が頷いた一瞬の後、マコの姿はそこにいる人々の視界から消えた。




