7-9.魔道具の改造
自衛隊への二回目の魔力懐炉提供は、先日の交渉の通り数が膨れ上がっていた。三台の荷馬車に載せられて来た鉛板は、およそ一万八千枚。一回目の三・五倍以上だ。
「随分とありますねぇ」
増えることは聞いていたものの、実際に目の当たりにしたマコは、その量に少し驚いた。三倍になるのだから荷馬車が三台に増えるのは、当然なのだが。
「周りに声をかけて兎に角集めましたから。大丈夫ですか?」
数が多いことで魔力懐炉製作の負担が増えると考えたのだろう、前回も馬を引いて来た自衛官が言った。
「あ、大丈夫、問題ありません。これくらいなら、まだ楽勝です」
使う魔力は増えるが、一気に魔力懐炉に変換してしまうので時間はそれほど変わらない。魔力で包む範囲が広い分、多少は時間が長く掛かるものの、精々十数秒と言うところだろう。
どの程度の魔力を込めたか正確な濃度を覚えていなかったので、前回と同じように最初は一枚で魔力を調整し、濃度が決まると全部まとめて魔力懐炉にする。
「できました」
マコが、警備の自衛官に完成を告げた時、馬係(?)の自衛官はまだ馬の世話を終えていなかった。始めてから高々十分といったところ。前回の半分以下の時間だ。
「随分早いんですね」
自衛官もこれほど早くできるとは思っていなかったのだろう、大袈裟に驚いていた。
「一度やって、慣れましたから」
それにやはり、金属板を切り抜く必要がないことが大きい。マンションの住民向けに作った時には、自動車のボンネットやドアから鋼板を大量に切り抜く必要があったから、時間も要したし気力も使った。その必要がなければ、この十倍でも楽にこなせる自信がマコにはあった。
「それじゃあたしは家に戻りますので」
「はい。ありがとうございました」
「いいんですよ。お代は貰っているんですから」
貰っているんじゃなくてこれから貰うのかな? 来週から身体で払って貰うわけだし、などと思いながら、マコはマンションの階段を登って行った。
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マコはここのところ、新しい魔道具を作ろうと四苦八苦していた。目の前にはジュースの空缶が一つに金属の円板が一枚。
机に置いた円板の上に立てた空缶に魔力を籠める。
「さてと。ここからなんだけど。どうすればいいかな。周囲五センチメートルの魔力を光にする、とか」
魔力に命令を与えると、その伝達に使った魔力が光となって消える。
「これで、下の金属板に魔力を籠める」
空缶に触れている部分に光が灯る。
「うん、駄目だ」
マコは、円板に貯めた魔力を少しずつ光に変えられないかと考えていた。それができれば、木が生えていない場所にも魔力灯を街灯として設置できる。しかし、どうやれば上手くできるか、いい方法が皆目見当も付かない。取り敢えず空缶から離れた部分の魔力を光に変換させようとしたものの、結果は見ての通りで空缶に接した部分が光るだけだ。
(やっぱり離れていると駄目かなぁ。普通に遠距離魔法を使うのも、基本的には魔力を伸ばしているし、飛ばすこともできなくはないけど、すぐに魔力になっちゃうし)
マコは、魔力を三種類に分類している。
・セルフ ── 各個人の体内と体表面の魔力。本人が操作可能。
・フリー ── 物体に籠めた誰のものでもない魔力。
・ダスト ── 力を失った魔力の残滓。通信障害の原因。
魔力は、表現することは先ずないと考えたが、さらに三分類している。
・ストア ─── 体内に貯められた魔力。
・フィルム ── 皮膚上で皮膜状になった魔力。
・ホールド ── 体表面上に留められた魔力。
魔力についても、自然な状態での魔力ではないものの、三種類に分けた。
・ノーネーム ── 物体に籠めただけの状態。
・ネームド ─── 『名付け』た状態。
・コマンド ─── 命令を与えた状態。魔道具の魔力。
魔道具を作るには、魔力に命令を与えて魔力にすればいい。しかし、その命令を実行するための魔力は別に用意する必要がある。そうでないと、魔力自体を消費することになり、魔道具は魔力を失ってただの道具、いや、ゴミになってしまう。
しかも、“燃料”となる魔力は魔力に接している必要がある。そのためには、人間が常に魔力を供給しなければならない。
「円盤じゃなくて四角い板にしてその上を転がす……って、それじゃすぐに終わっちゃうか。だいたい、街灯が動いていったら街灯の意味ないし。元の異世界の人はどうやってたんだろう? 魔道具を作ったりはしてなかったのかな。知識ゼロから始めたあたしが三ヶ月弱で思いついたんだから、無かったってことはないと思うけど」
しかし、“元の”異世界とコンタクトできない以上、自力で答を見つけ出すしかない。そもそも、異世界があるということすら、マコの推測に過ぎない。
「そうだなぁ……魔力が動き回るように命令する……のは難しそう……戻って来ないといけないし。どんな命令を与えるか。命令を与える……ん? それだっ」
思いついたマコは、空缶の魔力を魔力に変えた。以前は光エネルギーに変えていたが、それではいちいち光ってしまう(そこそこ眩しい)ので、エネルギーに変えずに魔力を消費できないかと考えた末に、魔力に変えることを思い付き、成功していた。
魔力が空になった空缶に、改めて魔力を籠める。
「えっと、与える命令は、『隣接する魔力以外の魔力に《隣接する魔力以外の魔力に同じ命令を与えて光に変わる》命令を与える』として、魔力を魔力にする」
考えたことをゆっくりと言葉にしながら、空缶の魔力に命令を与えてゆく。与える命令が複雑なので、頭で考えただけでは混乱しそうだ。
「よし、できたっ」
これで、空缶に触れた魔力は、別の魔力に同じ命令を与えた後、自らは光に変わる。円板に魔力を籠めれば、光が中央から周囲へと広がってゆくことになる筈だ。
マコは身体から魔力を伸ばし、円板に籠めてゆく。円板の中央が光見る間に外側へと広がる。
「あ、上手くいきそ……わっ、ヤバいヤバいヤバいヤバいっ」
円板上に広がった光は空中を糸のようにマコに向かって伸びてゆく。マコは慌てて、手元で魔力を切り離した。空中の光が途中で止まり、消えた。
「うっわぁ、これヤバいよ。下手すると魔力一気に持ってかれるかも」
円板に蓄えた魔力を通して、注ぎ込むために繋いでいたマコの魔力も光に変わった。考えてみれば当然だったが。直接触れていたら、魔力を切り離すこともできずに身体中の魔力が光に変わっていたかも知れない。命令を与えた時にはすぐに切り離していたので気付かなかった。
「でも、もうちょっとかな。えっと、まず、命令を『隣接する魔力に《隣接する魔力に同じ命令を与えて光に変わる》命令を与える』ようにしてっと」
空缶の魔力を、身体から切り離し遠隔操作した魔力で魔力に変える。身体から離すと数秒しか保たないが、目の前の空缶の魔力を魔力に変えるだけなら充分な時間だ。
その上で改めて魔力を籠め、命令を与えて魔力にする。普段、魔道具を作るときには命令を与えるのに使った魔力がエネルギーとなって消費されるが、今回は回収することができた。
「上手くできたかな」
マコはまた、円板に魔力を籠める。今度は光らない。まだマコの身体と魔力が繋がっているので、魔力のままだからだ。マコは徐に魔力を切り離した。少し経つと、空缶を置いた中央付近が明るくなる。
「やった。あ、早いっ」
光は一瞬のうちに円板の端に届き、消えてしまった。
「方針は間違ってないね。でも、どうやればいいかな。少しずつ光に変えるには……命令を受けてから一定時間後に光に変わる? いや、それじゃ、光に変わり始めるのが遅くなるだけで光る時間は変わらないか……うーん……」
マコは頭を悩ませた。
「魔力の光に変わるまでの時間をランダムにする……ってできるかな? できたとして、ランダムじゃ明るくなったり暗くなったりしそうな気がするし。一定の割合で少しずつ光に変わるように……ってどういう命令にすれば……ん? 一定割合で少しずつ……一定確率で光に変わる……放射能?……うーん、解らないけど、試してみよう」
マコは空缶の魔力を魔力に変換し、続けて魔力を籠める。
「よしっと。与える命令は、『隣接する魔力に《隣接する魔力に同じ命令を与えて一秒間に五十パーセントの確率で光に変わる》命令を与える』とする」
魔力を魔力に変えたマコは、一呼吸置いてから円板に魔力を籠めた。
「これでどうかな?」
マコは魔力を切り離して見守った。
円板の中央に先ほどよりも暗い光が灯り、周囲に広がってゆく。円板全体に広がった光は徐々に暗くなってゆき、やがて内側から消えていった。
「なんとかなりそう。あとは光に変わる確率を低くして時間を稼いで、暗くなる分は円板をたくさん空缶にはめて、うん、それで大丈夫そうかな。少しずつ暗くなるのをなんとかしたいけど……取り敢えずはいいや」
マコは、光への変換確率の調整を始めた。
マコの使える魔法:
発火
発光 ─(派生)→ 多色発光
発熱
冷却
念動力 ┬(派生)→ 物理障壁
└(派生)→ 身体浄化
遠視
瞬間移動
念話
発電
マコの発明品(魔道具):
魔力灯 ─(派生)→ 蓄積型魔力灯(new)
魔力懐炉
魔力電池




