7-5.試作通信機の完成
マコが魔力電池の木箱の製作を相談したところ、大工は快く引き受けてくれた。
「作るのはオレじゃなくてもいいだろうし、家を建てる合間に作るか、誰かに頼んで作って貰おう」
「お願いします。取り敢えず、同じ物を四個お願いします」
二台の通信機用と、それぞれの予備だ。最初はもっと作るつもりだったが、木箱がある程度の大きさになってしまうので、大量に作ると置場に困ってしまう。
「四個だな。明日までには作っとくよ。できたら、本条さん家に持って行けばいいか?」
「いいんですか? 明日は休みですけど」
「構わないさ。ここんとこ、ずっと家を建てるだけだったからな。たまには別の物も作りたいんだよ」
「ありがとうございます。えーと、それじゃ二階の会議室に置いておいてください。留守にしてたら悪いですから。管理人さんには話しておきますので」
マコの家には大抵キヨミがいるし、彼女も留守番くらいはやってくれるが、マコが散歩に連れ出しているかも知れない。誰もいないのに八階まで登って貰うのも悪い。
「解った。できたら持ってっとこう」
「よろしくお願いします」
四個だけなら、樹液も貰って来た分だけで充分だ。礼を言ったマコは廃材から〇・一ミリメートル厚の木板を何枚か調達した。今日の内に木板をコーティングして絶縁板にしておくつもりだ。
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依頼した翌日の昼食時に、大工から言付けされたレイコから木箱の完成を聞いたので、昼食後に会議室に行った。魔力電池用の木箱は、マコが思っていたよりもずっと立派なものに仕上がっていた。
薄い直方体の箱には釘が一切使われておらず、板と板はすべて組み継ぎで結合されている。短辺の片側に回転軸の付けられた上蓋を開けると、中に入れた魔力電池が底に落ちないように、下の方は一回り狭くなっている。奥の角、ちょうど広さの変わる部分には指示した通りに穴が開いていて、魔力電池の一部が外から見えるように作られている。ここからコードを繋ぐことになる。
木材は、表面も内側も綺麗にヤスリ掛けされているし、きちんと面取りもされている。面取りは蓋を開いた部分にもされていて、手を置いた時に手首が当たらないようになっている。
思っていた以上に綺麗な木箱は、このまま部屋に置いて小物入れとして使いたいくらいだ。
「えっと、ではこれから、魔力電池を作ります。良く見ててね。まず、大工さんの作ってくれたこの箱に、鋼板と絶縁板を重ねて入れます」
会議室に置かれたそれを持ち帰りたい誘惑に抗いつつ、マコは一つの木箱の中に鋼板とコーティング済みの木板を重ねて入れた。一度魔力電池にした鋼板からも、一旦魔力を抜いてある。下手に触れて感電しては不味いので。
周りには、通信機や電圧計を用意した男性と、最初に魔道具の作り方を説明した五人の生徒がいる。
他の魔道具と同じなので呼ばなくてもいいかな、と思ったのだが、折角なので、興味があったら、と声を掛けた結果、休日なのに全員が集まった。
男性の方も、追加でクリップを借りに行った時に「これから魔力電池を作りますが見学されますか?」と尋ねたら、ついて来た。
「板の大きさは二十センチ掛ける十センチ。厚みは鋼板が〇・八ミリで絶縁板が〇・一ミリ。あ、絶縁板は〇・一ミリの木板に樹液を染み込ませているから、少し厚くなってるけど」
生徒たちが、マコの言葉を自分のノートに書き留めてゆく。
「蓋は開けたままでもいいけど、今は閉めておきます。この状態で、まず鋼板に魔力を込めます。もちろん『名付け』も忘れないように」
魔力を注入していることを示すため、木箱に手を翳しながら魔力を注ぎ込んでゆく。
「この後、注いだ魔力に『名付け』られていない魔力が触れたら電気エネルギーに変換するように命令を与えるわけだけど、その前に回路を繋いでおきます」
借りている電圧計と自前の豆電球を直列にして、木箱に空いている穴から鋼板に繋いだ。
「あの、それはどうして繋ぐんですか?」
生徒の一人が聞いた。
「えっと、光や熱と違って、電気は発電させた時に回路に繋がってないと放電しちゃって危ない気がして」
「気がする、からですか?」
「はい、そうですっ」
『気がする』程度のことを自信あり気に断言するマコに、生徒たちが笑った。
「魔法で作った電気がどうなるかは判らないけど、まあ、回路に繋いである方が安心だろうね」
男性も、苦笑いを浮かべつつも、マコに同意した。
「そういうわけで、魔力電池を作る時には、回路に繋いでおきます。そうしたら、魔力灯や魔力懐炉と同じように、命令を与えるだけ。あ、豆電球は結構眩しく光るから、袋被せておくね」
これも用意しておいた紙袋の中に、コードで繋がれた豆電球を入れる。
「じゃ、やるよ」
マコが木箱に手を翳した一瞬の後、電圧計の針が大きく振れ、紙袋の中で豆電球が一瞬光を放った。
「あ、光った」
「これで中の鋼板が魔力電池に変わったはず。誰か、蓋を開けて手を置いてみて」
生徒たちは顔を見交わした後、ジロウが蓋を開いて絶縁板の上に手を載せた。豆電球が光を放ち、電圧計の針が振れる。
「ほぉ、これで大体二十ボルトか。誰がやっても同じ?」
男性が興味深そうに聞いた。
「いえ、人によって少し違うと思いますよ。ヒルミちゃん、代わってみてくれる?」
「あ、はい」
生徒の一人にジロウと代わってもらう。ジロウよりもほんの少しだけ、振れ幅が小さい。
「こんな感じですね」
「へえ。俺も試していい?」
「どうぞ」
男性が変わると、さらに少し電圧が下がった。赤いマーカーの中には充分収まっているが。
「それほど大きくは変わらないけど、目で見て振れ幅が判るくらいには変わるんだな」
「そうですね。なんとかなりそうですか?」
「んー、これくらいに収まってるならね。もっと小さい人もいるんだっけ?」
「うーん、そうですね、この十分の一以下になる人もいると思います」
「それは流石に無理かな。でも五パーセントくらいだっけ。それは仕方ないだろ。じゃ、俺は行くよ。できた電池はここか管理人室に置いといて。明日、通信機に繋ぐからさ」
「解りました。電圧計はどうしましょう?」
「それも一緒に置いといてくれればいいよ。じゃ」
男性が去った後、マコは生徒たちを振り返った。
「じゃ、ミツヨちゃんとヨシエちゃん、作ってみてくれる?」
「え? あ、そうですね、やってみます。ヨシエちゃん」
「うん」
一つの木箱の蓋を開けて鋼板と絶縁板を中に入れる。蓋を閉めると、以前マコに見せたように二人の両手を重ねて箱に置く。しばらくしてから手を離し、マコの作った魔力電池から電圧計と豆電球を外して作りかけの魔道具に繋ぎ直した。
改めて手を乗せる。数秒後、豆電球が一瞬点灯し、電圧計の針が振れた。
「あ、できたね。じゃ、きちんと電池になっているか、試してみて」
「はい」
何人かが蓋を開けて手を載せ、電流が流れることを確認できた。
「きちんとできたね。それじゃ残りも作っちゃおうか」
「はい」
「うーん、だけどボクはどうして作れないかなぁ」
ジロウが首を傾げた。他の二人も頭を捻る。
「まあね、少しずつやるしかないよ。それに、出来ないことがあるなら出来ることを頑張ればいいんだし。例えばこれだって」
マコはできたばかりの魔力電池を手にする。
「作るのに電圧計を作って貰ったし、このケースも作って貰ったものだし、あたし一人じゃ作れなかったもん。出来ないことを出来るように頑張るのも大事だけど、出来ることを伸ばして他の人と協力するのも大事だからね」
マコは、授業をしている時のようにみんなの顔を見ながら話した。
「それじゃ、残りも作ろう。ミツヨちゃん、ヨシエちゃん、また作ってみる?」
二人は目を見交わしてから、マコを振り返った。
「はい」
ミツヨは口に出して返事をし、ヨシエは力強く頷いた。
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翌日の午前中、マコはマンションの管理人室にいた。先程まで通信機と魔力電池の接続を行なっていた男性は、隣の二号棟に行っている。向こう側での接続が上手くいって、通信機がきちんと機能すれば、向こう側から呼び出す手筈だ。
通信機の前に管理人が座り、その後ろに、マコとレイコ、それに管理部の住人一人が椅子に掛けている中で、時が過ぎる。
突然、通信機が呼び出し音を奏でた。
「わっ。来た、来ましたっ」
「落ち着いてください。手順通りにやれば大丈夫です」
慌てる管理人に、レイコが笑いを堪えて話し掛ける。先日は、今二号棟に行っている彼が操作したので、管理人が通信機に触るのは今日が初めてだ。
「は、はいぃっ」
管理人は生唾を呑み込むと、手順書を見ながら操作を始めた。魔力電池の蓋を開き、左手を載せ、右手で通信機のスイッチを入れる。マイクに口を近付け、トークボタンを押す。
「こ、こちら一号棟管理人室、聞こえますか? どうぞ」
『はい、聞こえます。こちら二号棟管理人室。どうぞ』
向こうの管理人が答えた。
「感度良好です。どうぞ」
『こちらも良く聞こえます。あっ、待ってください』
向こうで人が変わった。
『今度はそっちから発信したいから一旦切ります。どうぞ』
「了解しました。切ります。どうぞ」
通信機のスイッチを切り、手を魔力電池から離して蓋を閉める管理人。
「ふう、これで一通り終わりですね」
「次はこちらからの発信ですよ」
「はい、解っています。はふう」
管理人は同じ手順で通信機のスイッチを入れ、トークボタンを押した。この即席通信機は、トークボタンがコールボタンを兼ねているようだ。
待つほどもなく、今度は向こうから声が返って来た。先程と似たようなどうでもいい会話をして、通話を終える。
「これで機械の方は目処が立ちましたね。後はケーブルですが……人海戦術でやるしかないですね」
レイコが言った。元々、通信機でマンション各棟を繋ぐのは試用であり、目的は近隣の別コミュニティとの通信線を確保することにある。そのためには、膨大な通信ケーブルが必要になるが、まだまだ量は少ない。
「少しずつやっていくしかありませんね」
管理部の女性が言った。
「そうですけれどね。この調子ではいつまでかかるか……いや、弱音を吐いちゃ駄目ですね。一歩ずつ、確実にいきましょう」
どっちみち、焦った所で開発が早く進むわけではない。蹟かないように一歩一歩進めて行くしかないのだ。結局のところ、何においてもそれが一番の近道なのだから。




