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1-6.もしかして:異世界?

 その日、マコとレイコは普段よりかなり早い時間に床に就いた。日が暮れると共にほとんど何もできなくなってしまったためだ。蝋燭とマッチはあったから、それである程度の視界を確保することは可能であったものの、火が燃えやすいものに移ることを懸念し、母娘で合意して使わないことにした。どうせ、急いでやらなければならないことも皆無だ。


 そのおかげで翌日、マコは普段よりかなり早く目が覚めた。朝陽は地平線の上に顔を覗かせていたが、まだ六時にはなっていないだろう。

 パンは前日の夕食までで食べ終わってしまったので、この日は即席麺を砕いたものを朝食にした。

「レイコちゃぁん、こんなのしかないのぉ?」

 マコはぼりぼりと齧った乾麺で乾いた口内を少量の水で潤しながら言った。

「火が使えないんだから仕方がないでしょう。それより冷凍食品をどうしようか悩んでいるのだけれど、何かいい食べ方ないかしら? 捨てるのは勿体無いし」

 レイコはマコに期待する思いを乗せた声音で言った。


「あたしの調理はレイコちゃん譲りなんだから、レイコちゃんで判らないことはあたしじゃ無理だって」

「それでも思い付くことがあったら言ってね。若い分、わたしじゃ思いもしない発想を出せるかも知れないから」

「レイコちゃんだって若いじゃん。あたしが思い付くことならレイコちゃんだって思い付くんじゃない?」

「わたしに高校生の視点は無いからね。期待しているわよ」

 そんなことを期待されても、火も無い、水も贅沢には使えないとあっては、マコには何も思いつかない。


「そう言えば、水ももう限界かな?」

 今朝、顔を洗う時に水の流れが極端に悪かった。

「そうね。もう終わっちゃったかも。トイレは大丈夫だった?」

「うん。顔洗う前に行ったから」

「水の補給の目処が立つまでは、小さい方の時は流さない方がいいわね。マコがお風呂にも水を貯めておいてくれたから、もうしばらくは凌げるけれど」

「そうだね……臭いそうだけど」

 こんなことなら、浴槽一杯に水を貯めておくのだった、とマコは思ったが仕方がない。


「ご飯食べたら、管理人さんと午後の会合の打ち合わせをしてくるから。何かあったら管理人室に声を掛けて」

「うん。外に行くならタマを連れてってよ」

「昨日の感じだと、危険はなさそうだけど」

「まだ判んないよ。危険がないかどうかなんて。レイコちゃんは昨日、ワイバーンみたいなのが飛んでるの、見なかった?」

「ワイバーン?って何?」

 レイコは、ファンタジーの造詣はそれほど深くない。

「大きな翼のドラゴンだよ。飛竜(ヒリュウ)って言ったらいいかな」

「ああ、そう言えば飛んでいたわね。あれには驚いたわね」

「あんなのに襲われないとも限らないんだからさ、タマを連れてってよ」

「……解ったわ」

 レイコは、(あれが襲ってきたらタマじゃ一溜まりもないでしょうに)と言いたそうな表情をしたが、それ以上は反論せずに娘の言葉を受け入れた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 レイコが管理人との打ち合わせに出掛けると、マコは自分の部屋で昨日書いたノートを広げた。

(タマ……に限らず動物が変化して、植物も変化して、ワイバーン……飛竜が飛んでて……まるでファンタジーの世界に迷い込んだみたい)

 レイコに飛竜の話をした時、前日にも思った『ファンタジー』の単語がマコの頭に浮かんだ。

(一夜明けると、外はファンタジー世界だった。……あ、中もか)

 まるで、異世界に迷い込んだ、異世界に転移してしまったかのようだ。けれど、それにしては元の世界に準じている。マンションの建物はそのままだし、レイコの話では人も変わっていない。窓から見える景色も、植生の変化で見た目はなんとなく変わっている気がするものの、街並はそのままだ。


(異世界に転移した……にしては範囲が広すぎる気がする。日本まるごと異世界転移した、なんて話もあったっけ。でも、そういうのとも違うよなぁ。言うなれば、異世界がこっちに転移してきて融合した……それかっ!?)

 マコは昨日、ノートに最後に書いた文を見直す。


・油田が無くなっているかも知れない。


 なぜそんなことを考えたかと言えば、石油製品が悉く消えているからだ。油田が無ければ、石油を取れない。石油が無ければ、石油製品も作れない。転移してきた異世界の融合と、油田の消失の可能性を軸にして、マコは何が起きたのかを考え、ノートに書き込んでゆく。


[推測]

・異世界が何らかの理由でこの世界に転移し、融合した。

・転移してきたのは異世界そのもの。生物や土地といった、限定されたものではない。

・異世界の元々の生物は、こちらの世界の似た生物に融合した。

・融合と言うより、置き換わったのかもしれない。

・異世界に油田に当たるものはない。その結果、置き換えできずに消失した。油田に由来する諸々も同時に消失。


 ここまで書いたところで、マコは鉛筆を握った手を止めた。油田が消えたとすると、この異世界転移・融合/置換現象は地球規模で起きたことなのだろうか。そうとは限らない、とマコはノートに書いた自分の文字を追いながら考える。

(例えば……この現象が限られた地域で発生していても、それは元の異世界のルールに従うわけだから、置き換わった地域から油田に由来するものが消え、外の地域は元々の地球のルールで動いていて油田も残っている、と)

 その考えも、マコはノートに追加する。


(問題は……と言うか、疑問かな)


[疑問]

・この現象の範囲は? マンションの周囲数キロ四方? 関東地方? 本州? 日本全域? 全世界?

・動植物が異世界由来のものに変わったのなら、なぜ人間は何も変わっていないのか?


 そう、マコはマコのままだし、レイコもレイコのままだ。自分が人間ではなくなった気はしないし、レイコが人間ではない何かになったようにも思えない。

(意識も変わっちゃって、変わったことに気付いていないだけかも知れないけど)

 確認する方法ないかと考えたマコは、写真を見ることを思い付いた。

(昔の写真と見比べれば、一目瞭然! ……あ)

 スマートフォンのアルバムを開こうとしたマコは、電源が入らないことを思い出して机に突っ伏した。しかし、すぐに気を取り直すと、本棚からアルバムを取り出す。最近の写真は電子データしかないが、子供の頃の写真はレイコがプリントして整理していた。


(レイコちゃんと田舎に住んでた頃の写真、懐かしいなぁ。年に何回かは行ってるけど、色々変わっているもんね。レイコちゃん、若いなぁ。今のあたしくらいの時にはあたしを産んでたんだもん、苦労したろうなぁ。高校も退学させられて。あたしを育てながら大検取って。あたしにはできないなぁ。

 っと、そうでなくて。うん、大丈夫、元の通り、人間だ)

 写真も一緒に変化した可能性もマコは考えたが、ページを何枚か捲ってその可能性を捨てた。祖父母の家で飼っていた犬と猫が、大型狼やホワイトライオンもどきではなく、記憶にある犬や猫の姿のままだったからだ。写真の中の犬猫が変わっていないのなら、人間も変わっていないだろう。マコはアルバムを閉じて本棚に戻し、机に戻った。


(だとすると)

 マコは、思い付いた可能性を書き留める。


・転移してきた異世界にも、こちらの世界の人間とまったく同じ人間が存在する。

・実は人間も他の動植物と同じく置き換わっている。ただし、見た目では判らないだけ。


 自然に考えると、前者だろう。しかし、マコは後者の可能性に惹かれた。何しろ、異世界転移である。確定してはいないが。それなら、良くあるファンタジー小説のように、人間もこちらの世界と異なっていておかしくはない。例えば、魔法が使えるとか、魔法が使えるとか、魔法が使えるとか……

 マコは机に鉛筆を置くと椅子を引き、掌を上に向けた右手を前に伸ばした。


「ファイア」

 ……………………何も起こらない。

「ウィンド。ライト。アイス。ファイアーボール。アイスランス。フラッシュニードル」

 ………………………………やはり何も起こらない。

「うーん、呪文を唱えるんじゃ駄目なのかなぁ」

 転移してきた異世界の人間に魔法が使えるのかどうかは判らない。そもそも、異世界が転移してきてこちらの世界と融合したということすらも、マコの推測でしかない。それでもマコは、魔法が使えるようになっているに違いない、と考えを巡らす。


(魔法が使える身体になったなら、何かしら変化があったはず。目に見えなくても。……そうだ)


 マコは掌をじっと見つめる。昨日の朝感じた違和感、まるで、目に見えない全身タイツを着ているような、不思議な感覚。一旦手から目を外して、ノートの昨日書いた内容を確認する。このことは書き忘れていた。


・身体が何かに包まれている感じがする。

・目に見えない全身タイツを着ている感じ。

・厚みは二センチくらい。


 前日のことをうーんと思い返して、もう一行書き加える。


・母の身体も同じもので包まれている感じがした。厚みは一ミリくらい。


 これが、人間に起こった変化、いや、異世界の人間が持っている、こちらの世界の人間とは別のもの、ではなかろうか。

(きっと、これが魔法に関係しているはずっ)

 魔法が使えると決まったわけでもないのに、マコはその考えに取り憑かれた。もしかするとその確信は、あるかどうかも判らない魔法に導かれたものなのかもしれない。


 マコの探求が始まった。



……というわけで、このお話は

  こっちの世界の誰かが異世界に転移した

のではなく、

  こっちの世界に異世界そのもの(の一部?)が転移してきた

ので、「異世界転移」なのです。

……マコの推測ですが。


ここまでが概ね、あらすじに書いた内容になります。

そして次回からは、マコがいよいよ魔法を使……う?

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