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私が魔法の開拓者(パイオニア)~転移して来た異世界を魔法で切り拓く~  作者: 夢乃
第六章 海竜と魔法使い

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6-8.待ち侘びた帰還

 レイコの胸には心配が詰まっていた。本来なら昨日の陽が暮れる前後にはマコが帰ってくる予定だったのに、深夜を回ってもまだ帰って来ない。


 心配していたのはもちろんフミコの両親も同じで、陽が沈んだ直後に二人はレイコに状況の確認に来たが、レイコも答えを持っているわけはなく、自分の心配を押し隠して歳上の夫婦を励ますことしかできなかった。

 マコもフミコも高校生なのだから、一晩くらい外泊してもそうおかしくはない。……通常ならば。

 しかし、世の中は変わってしまった。以前の安全な世界は今はない。そんな、どこにどんな危険があるか判らないような状況下では、女子高校生がおいそれと外泊できるわけもない。

 ましてや、レイコと連絡の取れない状況でマコが自分の判断で帰って来ないわけがない。マコは、レイコから離れているだけでも精神に異常を来たしてしまうほどに、情緒不安定になってしまうのだから。


 マコが小学生になりレイコが起業した時から、母娘は二人暮しをしている。新興企業の社長ということもあり、事業が軌道に乗るまでレイコは多忙を極めたが、事務所の近くのアパートを借りたこともあって、ちょくちょく帰ってマコに顔を見せていた。帰れない時はマコに電話で声を聞かせた。直接会えなくても、レイコと連絡を取れれば、彼女の無事を確認できれば、マコは取り乱すようなことはなかった。

 マコが中学生になるのに合わせてこのマンションに越して来た後も、レイコはマコとの日々の連絡を欠かさなかった。


 高校生にもなればもう克服しただろう、とレイコは無意識の内に思っていたが、異変の後、キヨミを迎えに行く時にマコが半ば無理矢理に同行したことや、米軍への協力に際して日帰りに異様なほどに拘ったことから、未だ娘が心的外傷を克服していないことをレイコは知った。


 移動手段があれば米軍基地に乗り込むことも厭わないレイコだったが、現状ではそれもままならない。マコの作った魔力灯を手に、ヘリコプターの着陸地点の小学校を深夜に何度も訪れるくらいのことしかできない自分に歯噛みする思いだった。

 布団に入っても娘の泣き顔が脳裏に浮かんでまんじりともできず、目を覚ますたびにベランダに出て光が見えないか暗い空に目を凝らし、小学校まで歩いては校庭に何もないことを確認して肩を落とした。


 マコが不安に怯えている時、レイコはコミュニティの指導者としての顔を潜め、ただ娘の身を案じるだけの母になっていた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「いやーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 再び、耳をつんざくような悲鳴でフミコは飛び起きた。すぐに頭を抱えて震えているマコを抱き締める。

「マコちゃん、大丈夫。今日は帰れるから。ね」

「……ふ、フミコ、さん、ご、ごめんなさい、あたし、また……」

「いいの。大丈夫、大丈夫だから」

 フミコが頭を優しく撫でると、マコはなんとか落ち着いたようだ。ちょうど、スエノが四人分の朝食を持って戻って来た。


「マコちゃん、ご飯食べれる?」

「……いらない」

「駄目よ。少しでも食べないと。スープだけでも飲もう。ね」

「……うん」

「その前に、これをどうぞ。粕河さんも」

「あ、ありがとうございます」

 スエノが持って来てくれた、熱いお湯で絞ったタオルで、フミコとマコは手と顔を拭う。異変が起きてからというもの、絞ったタオルで身体を拭くくらいしかしていないが、昨夜はそれすらせずに就寝してしまったから、顔と手だけでもかなりさっぱりとした。


 マコは、スエノから手渡されたカップを両手で包み、熱いスープを冷ましながらゆっくりと味わった。

「粕河さん、私たちも」

「あ、はい。マコちゃん、ゆっくり飲んでね」

 フミコは椅子に座って自衛官二人と朝食を摂った。夜の間は閉じられていた部屋の丸窓が今は開かれていて、徐々に明るくなってゆく空を背景に昨日はなかった複数の艦影が見える。波飛沫も見えるから、移動しているのだろう。意識すれば、微かにエンジンが動いている振動も感じる。考えてみると、この巡洋艦に乗艦してからというもの酔っていない。わたしって乗り物酔いに強かったかな、とフミコは思いながら、スープを飲み、簡単なハンバーガーを齧った。


「食べながらですみませんが」シュリが言った。「今後の予定です。現在艦隊は、東に向けて航行中です。通信可能な海域に抜けたところで停船し、我々は艦隊の空母に移乗します。

 食肉の話ですが、即答はできないと言うことでしたが、あちらの反応を見る限り、何もないと言うことは無さそうです。それについては、責任者の米軍士官が本国に直接掛け合うとのことでしたので、その連絡が終わり次第、我々を日本まで送ってくれるそうです」

「その、本国への連絡って時間かかりそうですか? なるべく早く帰りたいのですけれど」

 フミコはマコをちらりと見て言った。


 シュリは、その心配は尤もですが、と前置きして声を潜めた。

「あの士官、階級は少佐だそうですが、階級以上に力を持っているようで、軍の上のみならず政府高官にも影響を及ぼせるらしいです。それなので、本国への連絡もそれほど揉めることはないものと思われます」

 フミコには、米軍内で一般的な“少佐”がどれくらいの力を持っているのか解らなかったが、シュリの態度からすると、あの女性士官はその階級以上の権力を持っているらしい。それはともかくとして、早く帰ることができるのなら、階級や影響力はどうでも良かった。今、一番優先されるべきは、マコの精神の安定だったから。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 外部との通信が可能になってしばらくすると、一緒に乗艦した女性下士官の一人が迎えに来た。マコとフミコ、それに二人の女性自衛官は、彼女と一緒に水兵に先導されて艦外に出た。

 舷側に下されたボートに乗り込み、海の上を航空母艦の巨体へ向けて進む。

 フミコは巡洋艦に倍する威容に呑まれたように、近付く航空母艦を見上げていたが、マコはフミコの腕の中で震えているだけだった。


 艦橋の後方から白い煙を上げている航空母艦にボートから乗り込むと、フミコは異様なものの姿にぎょっとした。引き上げられたボートの奥に、海竜の巨体が横たわっていた。巡洋艦内の窓から覗き見た時には海上に出ていた一部分した見ていなかったとは言え、体長二十メートルというのがこれほどの大きさとは、フミコは思ってもいなかった。

 これを倒したのが、今腕の中で震えている歳下の女の子だとは、俄かには信じがたい。しかし、確かにマコがあれを倒したのだ。

 マコがいなかったら、自分はどうなっていたのだろう、自分だけではない、巡洋艦と駆逐艦、その乗員全員の命をマコが救ったのだ、今度はわたしがマコを守らなければ、とフミコはマコの小柄な身体をしっかりと支えた。


 ボートに同乗していた女性士官は、航空母艦に移ると二人の兵士と共に艦内へと消えて行った。きっと、本国と連絡を取るのだろう。博士と助手も、二人の女性下士官と共に航空母艦に来ていたが、彼らは海竜の方へ歩いて行った。博士はその前に、マコの手を握り、また実験に協力して欲しい旨を一方的に喋ったが、英語の解らないマコには伝わらなかったし、そもそもその気力もなかった。博士は気にしたようでもなかったが。


 フミコとマコ、それに女性自衛官二人は、艦内に入らずに、人を運ぶだけには勿体ない艦載機用の巨大なエレベーターで、広い飛行甲板へと上がった。

 甲板の端に並ぶ艦載機を横目にしつつ、甲板の中央付近に駐機しているヘリコプターへと向かう。士官を待たずに乗機するように伝えられていたので、彼女もすぐに来るのだろう。


 その想像通り、待つほどもなく女性士官と兵士たちは艦橋から現れた。彼女たちも乗機すると、ヘリコプターは飛び立った。当初の予定より半日以上遅れての帰還だった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 夜が明けた後も、レイコは小学校へと様子を見に行った。

 朝食の後、すぐに出掛けた。ヘリコプターが飛来する気配もないことに肩を落として帰った後、冬に向けてのマンション周辺の作業状況を確認し、二時間もしない内にまた小学校へと足を向ける。今度は、同じように娘を心配するフミコの両親も一緒に。


「本条さん、あれ」

 小学校への道まだきで、フミコの父が空の一点を指差した。空に、ぽつんと黒い点が見える。それが徐々に近付いてくる。

「マコっ」

 レイコは走り出した。彼女を追いかけるように、フミコの両親も走り出す。


 レイコが小学校の校庭に辿り着き、フミコの両親も息を切らせながら校門を抜けた時に、ヘリコプターが高度を落とし始めた。

 強い風と舞い散る砂を両腕で防ぎながら、ヘリコプターが着地するのを今か今かと待ち侘びる。僅か十数秒が、レイコには何時間にも感じられた。フミコの両親も同じ気持ちだった。


 降着輪が接地し、ローターが徐々に遅くなる。風圧が弱くなるのに伴って三人はヘリコプターへと近付いてゆく。

 ヘリコプターの扉が開いた。

「レイコひゃんっ」

「マコっ」

 飛び出して来た愛娘に駆け寄り、その腕にしっかりと抱き締める。

「レイコひゃん、ぐず、レイコひゃん」

「マコ、お帰りなさい。良かった、無事に帰って来て」

「うん、うん、ごめんなざい、じんばいがげで」

「いいのよ、無事に帰って来てくれたんだから」


 後からフミコも飛び降り、両親に駆け寄って抱き着いた。

「お父さん、お母さん、遅くなってごめんなさい」

「いいんだよ。無事に帰って来てくれたんだから」

「大丈夫? どこか怪我してない?」

「わたしは大丈夫。どこもなんともないよ」

 ひとしきり娘の無事を喜んだフミコの両親は、一先ず落ち着くと、もう一組の母娘を見た。マコはまだ泣きじゃくり、レイコも大粒の涙を流して娘を抱き締めている。


 コミュニティを先頭に立って引っ張っているレイコと、魔法教室でしっかりと教師を務めているマコの、普段とはまったく違う二人の姿を、粕河家の三人は落ち着くまで邪魔することなく見守っていた。

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