6-3.激闘! 海竜vs海軍
「何……あれ……」
スエノの言葉と同時に、マコは窓に寄った。他の人々も。狭い丸窓の隅に、海面から伸びる太い柱が見えた。その先端には蜥蜴のような頭。その少し下には左右に広がる、翼のように巨大なヒレのようなもの。先日、女性士官の言っていた“サーペント”、海竜だろう。海上に出ている身体の長さは五メートルほど。全長二十メートルならばそれくらいか。
ヒレがあるから魚類だろうか。それとも哺乳類? 巨体だが、距離があるため区別はつかない。
「あ、あれ、こっちが手を出さなければ、攻撃して来ない、ですよね?」
フミコが微かに震える声で聞いた。窓から見える駆逐艦の艦砲とファランクス砲が海竜を射線に捉えている。
「必ずしもそうとは限りまセンが、先制すれば確実に反撃されるでショウ」
女性下士官の一人が答えた。フミコはその言葉に、どちらからも手を出したりしませんように、と祈らずにはいられなかった。
マコはフミコとは別のことを考えていた。魔力を伸ばし、海竜の首の一部に纏わせて、体表面上の魔力の厚みを測る。五センチメートルほど。飛竜と同じくらいだ。魔力の総量はマコを遥かに超えるだろう。アレが魔力を使いこなしていたら勝てないな、とマコは思った。
しかし、魔力を測るためにマコが自分のそれで首を掴んでも気付いた様子はないから、相手の魔力を感じる能力はなさそうだ。ということは、魔法の使い方も拙い可能性がある。それなら飛竜の時のように抑えられるかも知れない。このまま立ち去ってくれるのが一番いいのだが。
海竜がにやりと笑った。ような気が、マコにはした。次の瞬間、海竜は頭から海中に没した。フミコが胸を撫で下ろすものの、その余韻も冷めやらぬうちに再び海竜は姿を現し、長い首を大きく後ろに反らした。
「何かするっ」
マコが言うまでもなく軍人たちは行動を起こし、マコとフミコは窓から引き剥がされ、床に抑え付けられた。
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逸らされた海竜の首が勢い良く起き上がり、前方で止まると同時に開かれた口腔から大粒の水滴が巡洋艦の後部に向けて吹き出される。水滴は空中で凍りつき、巡洋艦の後部甲板を襲った。何本もの氷の槍は、格納されることなく甲板に固定されていたヘリコプターを貫き、甲板に突き刺さった。ヘリコプターから流れ出した燃料に、千切れた破片が火花でも散らしたのか、火がついてヘリコプターまで炎の道を作り、次の瞬間、ヘリコプターは爆散した。
サーペントに出会った際の対応としてまずは観測を命じられていた米軍は、ここから動き出す。巡洋艦と駆逐艦の二艦は同時に機関を始動し、回避行動を取りつつファランクス砲と艦砲での攻撃を加える。
しかし、二十ミリメートル砲弾は海竜の硬い鱗に弾かれ、一二七ミリメートル砲弾は身を翻して躱される。
しばらく嘲笑うように砲弾を受け、あるいは躱していた海竜は、おもむろにその身を翻すと再び海中に没した。その間に体制を整えるべく、二艦は戦闘機動を行う。
海竜の発見直後に、彼らの本隊たる米軍北東大西洋艦隊に支援を要請していたものの、到着がいつになるか判らない。北西太平洋艦隊が事実上壊滅した今、担当海域が突然拡大したために、態勢が充分とは言えないのだ。
今は、この二艦で本体からの増援が来るまでなんとか凌がなければならない。しかし、サーペントに関する情報が少な過ぎる。
一度駆逐艦を撃沈された時には、海中からの体当たりと海上からの押し潰し攻撃によるものだった。最前の攻撃、アイススピアーなど、事前の情報には無かった。他に、どんな攻撃を仕掛けてくるか、見当もつかない。何しろ、今までこんな生物など地球上に存在しなかったのだから。
これが、敵国の新鋭艦などであれば、ある程度の攻撃能力は予想できる。敵国とは言え、同じ人類が造った兵器なのだ、その構想も能力もある程度は予想できるし、予想を上回ったとしても大きく逸脱することは、まずない。しかし、まったく未知の生物の攻撃能力など、予想しようがない。
二艦は、目視とソナーで海竜の位置を確認しつつ、これまでの奴の動きから行動を予測し、回避行動に専念する。相手は敵国の軍隊ではないのだ、戦って得るものなど何もない。ましてや今は、民間人まで乗せている。危険は避けるに越したことはない。
このまま出てくるな、という大半の軍人たちの思いも虚しく、海竜は二艦に後方から迫ってくる。短魚雷発射管から発射されたMk46魚雷の雷跡が海竜へと伸び、近接信管が反応して水柱を上げるものの、目標は依然、近付いてくる。
そのまま二艦を追い越した海竜は三度海面から首を出す。巡洋艦と駆逐艦が左右に分かれつつ、舷側からハープーンミサイルを発射し、同時に垂直発射管セルの蓋が開きスタンダードミサイルが宙を舞う。
海竜は自分に向かって迫り来る八発のミサイルを一瞥すると、口を大きく開いて首を大きく振った。見る間にミサイルが凍りつき、海中に没してゆく。やがて、八本の水柱が次々と立った。
左右に分かれた軍艦は途中で舵を逆に切り、航跡を交差させてから進行方向を一致させる。
ミサイルを、回避と言うより撃墜した海竜は、通り過ぎた艦を振り返る。またもや水中に没すると、二艦の左舷後方から近付いてゆく。
二隻の軍艦は魚雷を発射しつつ面舵を取り、海竜から距離を取る。その行動を嘲笑うかのように、海竜は魚雷を難なく躱し、生物とは思えない速度で二艦に迫り、巡洋艦の艦体に海中から体当たり。巡洋艦の後部が宙に浮き、海面に叩きつけられる。
その攻撃で、ヘリコプターの爆発でダメージを受けていた巡洋艦の駆動系が、完全に機能を停止した。駆逐艦が巡洋艦を先行し、少し行ったところで面舵を切り、巡洋艦を援護すべく機動する。
海竜は、海上の様子を確認するように一瞬頭を見せると、すぐに水中に没した。巡洋艦の短魚雷発射管から更に魚雷が投下される。しかし、海竜は魚雷よりも速く駆逐艦へと向かったため、放った魚雷は目標に到達することなく自爆させられることになる。
駆逐艦の後方に姿を現した海竜に向けて艦砲が発射される。しかし海竜は、それを嘲笑うかのように身を捩って砲弾を躱し、首を反らして勢いを付けると口から水球を吐き出し、即座に海中に没する。その前に発射された駆逐艦のスタンダードミサイルは空を切り、ミサイルを発射した垂直発射管に氷の槍が何本も突き刺さる。駆逐艦から火の手が上がり、艦が停止した。
海上に停船した二艦の周りを、嘲笑うように海竜が泳ぐ。時折、海面にその巨体を飛び跳ねさせながら。
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「きゃあああああああああああっ」
突然、艦体が空中に突き上げられるような衝撃にフミコが悲鳴を上げる。マコは危険を感じて歯を喰い縛った。身体を庇ってくれたシュリと共に宙に浮き、床に叩き付けられる。
「大丈夫っ? 怪我はないっ?」
シュリがすぐに身体を起こし、マコの無事を確認する。
「大丈夫です。その、ありがとうございます」
「礼は後で」
フミコも無事なようだ。少々唇を切ったらしく、血が滲み出ているが、その程度だ。博士と助手も、下士官のお陰で大怪我はないようだ。
「すみません、すぐにあたしを艦橋か甲板か、とにかく外を確認できる場所に連れてってください」
今の攻撃で、このままでは危ない、とマコは直感した。狭い窓から垣間見たここまで戦闘を見る限り、海竜に対する決定的な攻撃手段を米海軍は、少なくともこの巡洋艦と駆逐艦から成る小艦隊は、持っていない。海竜に勝つことはできるかも知れないが、無傷というわけにはいかないだろう。大規模な爆発もあり、すでに死傷者が出ていてもおかしくない。
自分が介入できるなら、した方がいい。使える“戦力”なのだから。
「それは……解りました」
シュリは少し躊躇ったものの、すぐにマコの意図を理解して米軍下士官に伝えた。二人は二言三言、言葉を交わすと、すぐに扉へ向かいそれを開け、警備の水兵と強い言葉で話し合いを始めた。
マコは彼女たちの少し後ろで、じりじりしながら待った。フミコとスエノもマコの近くに来ている。
飛竜の件を目の当たりにした自衛官や下士官と異なり、魔法使いの、と言うよりマコの力を知らない水兵はなかなか折れない。いっそのこと、ここから対処してしまおうかという考えも浮かんだが、垣間見た海竜の動きを考えるそれも難しそうだ。
海中を変幻自在に動く海竜を目視なしで捉えるには、魔力を全方位に拡散させて位置を探らなければならない。その場合、今のマコでは精々半径百メートル強しかカバーできないし、広範囲に意識を向けなければならないので、他のことに魔力を使う余裕がなくなる。海竜に対処するにはどうしても、広範囲を目視できる環境が必要だ。
三十秒にも満たない問答に焦れてきたマコは、一か八か、ここの狭い窓から覗くだけでやるしかないか、と考え始めた。その時、博士が彼らに割って入った。マコが驚いたことに、マッド博士が一言二言話しただけで、水兵が敬礼し、すぐに案内に同意した。ただの狂博士じゃないのかも、とマコは失礼なことを考えた。
ついて来ようとするフミコを強い言葉で押し留め、シュリと共に水兵に案内されて艦内を足早に歩く。途中で爆音が聞こえた。振動はそれほどではないから、護衛の駆逐艦のどこかが爆発したのかも知れない。
蹴つまずいて転ばないように注意しつつ、マコは水兵から離れないように一心に足を動かした。




