6-2.通信障害の原因
しばらく自分の世界に入っていた博士は、ふと頭を上げた。
《そうだ。きみ、光の色を変えられないかい?》
「色、ですか? 赤とか青とか」
《そうそう。それで違いが出るかも知れない》
「やったことありませんけど。ちょっと待ってください」
色を変えたところで、現象が変わりはしないだろう。この博士、単に自分の興味あることを調べたいだけじゃないか? やっぱりマッドだ、などと考えつつ、マコは掌を上に向けて光の柱を出した。
さて、とマコは考える。
(光というのは電磁波、つまり光への変換は電磁波への変換に等しいはず。『光に変換』って意識してるから、多分、赤から紫の全部になっているのかな? 赤外線や紫外線も含まれてるかも。それなら、えっと、今は幅広い波長の光に変換しているわけだから、波長にピークを作るイメージで)
頭の中で、赤から紫に広がっている電磁波を、左右から中央へと絞ることをイメージする。光の色が変わってゆき、黄緑色になった。
「あ、できた。後は……」
ピークの位置を左右に動かすイメージを浮かべる。魔力の棒の色が、赤から紫へ、そしてまた赤へと変わってゆく。
「こんな感じでできるみたいです」
ぶっつけにしては上手くいったな、とマコは思う。
《いいね。それを今度は箱の中でやってくれ》
「はい。あ、また眼鏡掛けてください」
マコも、テーブルに置いておいた保護眼鏡をもう一度掛けた。
〈対閃光防御、ヨシッ〉
フミコが、笑いを含んだ念話で言った。マコは澄ましていた。
「じゃ、やります」
《色の変化はゆっくり頼む》
マコは右手を前に出し、容器の中に魔力を注ぎ込んだ。今度は先程と違い、魔力を継続して注入し続けなければならない。マコはそれを意識しつつ、魔力を赤い光に変えた。
容器の中の魔力濃度が下がる。それを補うように魔力を注ぎ込みつつ、光の波長を変えてゆく。ゆっくりと、赤と紫の間を数往復して、マコは魔力を引っ込めた。
「どうでした?」
保護眼鏡を外しながら、マコは聞いた。
《駄目だねぇ。途中も通信が途切れることはないねぇ。次はどうしようかねぇ》
「その前に、いいですか?」
マコは腕を組んで悩むマッド博士に言った。
《ん、なんだい?》
「今ので魔力が結構減ったので、少し休ませて欲しいんですけど」
この程度の魔力の放出は、マコにとっては微々たるものだが、無限に湧いてくると思われても困るし、いざという時に魔力が枯渇しても困る。
《お、そうか。時間も昼になるね。ここで一旦、食事休憩にしようか》
この博士なら、研究中は食事もいらなそうだけど、などとマコは思った。
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マコとフミコは自衛官二人と共に、水兵に案内されて巡洋艦の食堂へと行った。軍艦に入ったことは初めてのマコとフミコは、物珍しそうにあちこち見回しながら艦内を進んだ。
昼食の時間はもう終わっていたらしく、食堂は閑散としていたが、水兵が厨房に声を掛けるとプレートに載った四人分の食事がすぐに出てきた。ゲストのために用意されていたものだろうか。
ほかに、四個の巨大なハンバーガーの載ったトレイも出てきたが、それを水兵の一人が持って食堂から出て行った。食堂に来るのに博士や助手がついて来なかったことを考えると、彼らの昼食なのだろう。きっと、食事中も取ったデータの精査に余念がないに違いない。下士官二人もついて来なかったと言うことは、ここでは博士たちの護衛も兼ねているのかも知れない。
四人で食事を摂っていると、巡洋艦に一緒に来ていた女性士官が兵士を伴ってやって来た。自衛官二人が食事の手を止めて立ち上がり、敬礼する。
「気にシナイでくだサイ。アナタ方は部下ではナイノですから。食事ヲ続けテクダさい」
自分たちも立った方がいいのかな、と顔を見合わせていたマコとフミコは、士官の言葉で、立ち上がらずに会釈だけする。
「午前中に、シンテンはアッタでしょうカ?」
後で博士から聞けばいいのに、とマコは思ったが、魔法使い本人から聞きたいのかも、と思って口を開いた。
「魔法を使っても通信には影響はない、ことくらいです」
「ソウですか。原因のキュウメイには至ってイナイのデスネ」
「はい。でも、まだやってないこともありますから」
「それデ、通信ショウガイのゲンインは判りそうでスカ?」
「試してみないとなんとも言えません」
「それはソウですね。お邪魔シテすみまセンでした。ごゆっくりお食事をトッテくだサイ」
食事の邪魔をする意図はなかったらしく、士官はそれだけで立ち去った。
「マコちゃんはああ言ってたけど、まだ試せることってあるの?」
フミコが聞いた。
「うん。それで通信が阻害されるかどうかは判りませんけど」
「ふうん。凄いね、簡単に思いつくなんて。何をするの?」
「外れてたら恥ずかしいので、その時のお楽しみって事で」
答えをはぐらかしたことを誤魔化すように、マコはスープを飲み干した。
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《今度は、光でなく別のエネルギーに変えてもらおう思うんだけど》
食事から戻って来たマコに、博士が言った。
「でも、熱にしろ炎にしろ、この中いっぱいに満たしたら機械が壊れると思いますよ。容器も保たないかも」
《それが悩みの種なんだよね。もっと頑丈なのを用意してもらえば良かったな。即席で用意できるものでもないし》
博士は考え込んでしまった。マッドなら機材を惜しんだりしないだろうに、意外とまともなのかな? いやいや、実験を続けられないと困るだけか、とマコは失礼なことを考える。
「それなら、あたしも試したいことがあるんですけど」
《ん、どんなことだい?》
「魔力をですね、エネルギーに変換しないで放置するんです。あたしから切り離して」
《ほう。それは考えていなかったな。何故……理由は後でいいか。早速やってみよう》
マコが容器に掌を翳し、魔力を注ぎ込む。助手がノートパソコンを操作すると、容器の中でLEDが点灯した。そこでマコは、手を容器から外して膝に置く。実際のところ、手を翳さずとも魔力を注入できるように、手を翳したまま魔力との接続を切ることもできるのだが、こうした方が相手が解りやすい。それに、魔法の発動は掌からだと誤認し続けてくれる可能性もある。
マコが魔力を身体から切り離して数秒後、容器の中のLEDが消灯した。
《おっ。通信が切れた、と見ていいかな?》
《はい。マコさんが手を離してから三秒ほど経った後、通信できなくなっていますね》
博士の言葉に助手が淡々と答える。
《つまり、今箱の中は、通信阻害物質に満たされている、と言うことだ。どうしてこれが判ったんだい?》
「ええっとですね……まず、米国本土に渡った人たちの周りでも通信障害が起きていると聞きました。それなら魔法の行使は直接関係ないんじゃないかな、と。
でも、魔力も関係しないことは、お昼前の実験で判っています。それで、魔力って身体から離れると数秒で消えてしまうんです。感じられなくなる、と言うか。
だったらその、感じられなくなった魔力が通信を阻害してるんじゃないかなって思いました」
《しかし、それも魔力を自由に使えてこそ、ではないのかね?》
「いえ、魔力って身体の中で作られているみたいですけど、身体に蓄えられない分は外に出ています。外に出た分も少しなら体表面に留まっているんですが、留められる限界を超えた魔力は拡散して消えちゃってます」
《つまり、魔法を使えるか否かに関係なく、魔力を持っているだけで通信障害の原因になり得る、と》
「はい」
ノートパソコンに向かって超高速でキーを叩いている博士の前で、容器の中の受信機が再び光を灯した。
《む? 通信が回復した?》
助手が自分のノートパソコンを確認して頷く。
《回復してますね》
《ふむ、何故だろう?》
特別、マコを意識しての問ではないようだったが、マコが答えた。
「箱の中の魔力……元魔力が拡散しちゃったか、それとも、この艦、動いてますよね? それで箱の中から元魔力が出ちゃったか」
《しかし、密閉されているのに?》
「それを言ったら、密閉されている中に魔力を注ぎ込めるのもおかしくなりますよ」
《それもそうだ。きみは、この魔力、元魔力が今、どこにあるか判るかい?》
「いえ、判りません。魔力のままだったら判ると思うんですけど」
実際、今日までマコは、拡散した魔力は消えてしまうものだと思っていた。それが実は残っていて、通信障害の原因になっていたとは。魔力に関してはまだまだ解らないことが多い。
《それなら、やるべきことは、この元魔力を測定する方法と消去する方法の確立、かな》
《それができれば、中断している米国人の帰還も再開できますし、日本の通信障害も改善できるかも知れません》
魔力を測定することもできないのだから、それは難しいんじゃないかな、とマコは思うが、そこで諦めることは科学の進歩を否定するようなものだ。案外、このマッドサイエンティストなら、簡単にやり遂げてしまうかも知れない。映画やドラマじゃないから、無理か。
《魔力についてもう少し聞きたいのだが……》
昼の後から下士官に交代した通訳を介して、博士が質問してくる。原因が判っても終わりじゃないのかぁ、と思いつつも、マコは博士の質問に、答えられる範囲で答えた。
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突然、艦内に響き渡る警報の音。下士官二人と自衛官二人に緊張が走り、即座に動き出す。
下士官の一人が部屋の扉を開け、外で警備している水兵に事情を聞く。
スエノが窓に駆け寄り、外を確認する。
「何……あれ……」
スエノの唇から驚愕の言葉が漏れた。
マコの使える魔法:
発火
発光 ─(派生)→ 多色発光(new)
発熱
冷却
念動力 ─(派生)→ 物理障壁
遠視
瞬間移動
念話
発電
マコの発明品(魔道具):
魔力灯
魔力懐炉
■ネタ
対閃光防御……アニメ「宇宙戦艦ヤマト」の波動砲発射シーンから




