5-10.米軍からの追加協力依頼
その日の米軍基地からの帰還は普段よりも早い時間だった。これならまだ、魔法で光を灯すことも魔力灯を使う必要もない。そして、女性士官と下士官たち、武装した男性兵士たちもヘリコプターに同乗している。なんでも、マコとフミコに親もいるところで依頼があるらしい。
朝も、普段より早くヘリコプターがやって来て、わざわざマンションまで兵士が面会の申し入れに訪れていた。協力期間の延長の申し込みかな、とマコは考えていた。
しかし、会議室の椅子にマンション側の住民と向かい合って座った士官の発した言葉は、マコが予想したものと少し違っていた。
「マコさんのゴ協力は次カイが最ゴにナリますが、その時は基地デナク、別のバショへお越しイタダキたいと考えてイマス。当初のおヤクソクでは基地内にカギることにナッテおりましたノデ、ご許可ヲいただきに参りマシた」
「それはどこでしょうか?」
レイコが平坦な声で言った。フミコの両親の他に、管理部の女性が二人座っているが、その二人は冷汗をかいている。前回の会合でレイコから発していた極寒のオーラを忘れるほどの時は、まだ経っていなかった。
「ハイ、太平洋上ノ巡洋艦でス」
ぴくっとマコの身体が震えた。
「あの、それは、日帰りできる距離なんですか?」
上目遣いでマコが聞く。
「ハイ、異変の起キタすぐ外デスので、ヘリコプターを使エば片道二時間もカカリマせん。その日のウチにオオクリします」
女性士官は柔らかい笑みを湛えた瞳で答えた。マコは胸を撫で下ろした。
「それより、危険は無いのですか? 以前、基地で起きたようなことがあっては困ります」
レイコの言葉に、フミコの両親は頷き、管理部の二人は気が気ではない。
米軍士官は即答せず、暫し逡巡した。
「安全をカクホするため最善を尽クシますガ、ゼッタイ安全とはイイ切れません」
「それでしたら、承服いたし兼ねます。お引き取り下さい」
「ちょっと、マッテ下さいッ」
にべもなく言うレイコに、士官は慌てて言葉を継ぐ。
「我々モ、コマっているのデス。解決のタメ、いえ、理由のカイメイのためニモ、ご協力イタダキたいのですっ」
彼女の必死な様子を見て気の毒に思ったのか、フミコの母が助け舟を出した。
「本条さん、まずは目的と、それに危険の度合いを聞いたらどうでしょう。それから判断しても遅くはありませんし」
マコが行くことになれば、フミコも同行することになるだろう。自分と同じ立場にある彼女から言われて、レイコも熱くなっている頭を少し冷やした。
「解りました。それでは、まずは目的をお聞きしましょう」
女性士官は一先ず胸を撫で下ろし、フミコの母に会釈してから話し始めた。
「現在、日本コクナイで無線通信ガ阻害されテイルことはご存知と思いマス」
レイコも、ほかのマンション側の住民たちも頷いた。
「この通信ソガイが、実は米国本土デモ起きてイるのです」
初めて知る情報に、民間人たちは目を見開いた。そして、米軍側に同席している自衛官二人の反応を見る限り、この情報は自衛隊にも伝えられていなかったようだ。
士官は順を追って話を進めた。
異変後、可及的速やかに米軍基地からの民間人の本国への帰国を進めたこと。
しかし、帰国した彼らの周辺で通信障害が発生したこと。
それにより、民間人の帰国が中途半端に途絶えていること。
「リユウはまだ判っていまセンが、マコさんの魔法をシラベている過程デ、魔力が通信阻害のゲン因ではないか、と推測シました。
シカシ、現在日本コクナイはすでに通信不能ジョウタイなので、調査フカ能です。本土に帰国したヒトビトも、魔力を操作デキないので、調べてもゲンインが魔力にアルのか人体の別要素にあるノカ調べヨウがアリマせん。
ソコで、まだ通信可能な公海ジョウでマコさんにごキョウリョクいただき、魔力のツウシンへの影響を調べたいのデス。
それがワカれば、日本デノ通信をカイフクする方法モ見つけられるカモ知れません」
女性士官は最後に今後への希望を匂わせて、理由を締め括った。
「目的は解りました。では、危険とは何でしょうか?」
レイコは相変わらず淡々と言った。
「サーペントです」
「サーペント?」
マンション側の住民の顔に、疑問符が浮かんだ。もちろんマコの顔にも。
「ハイ。異変後にハッケンされた、体長ニジュウメートルを超える巨大な海蛇のヨウナ生物です」
「ただの生物が、どう危険なのですか? 米軍が危険と感じるほどの脅威なのですか?」
フミコの父が聞いた。
「米海軍が二度、サーペントと遭遇シテいるのですが、一度目に、駆逐艦一隻ガ撃沈サレています」
住民たちにどよめきが広がる。
「し、しかし、異変の範囲外でしたら、大丈夫ですよね?」
フミコの父が、やや狼狽えたように言った。厳格な父親が見せたことのない態度を見つめる娘の視線に、彼は気付いていない。
「イエ、二度目の遭遇ハ異変のソトでした。その時は戦闘ニハなりまセンデしたが」
「と言うことは、沈められたのは、米軍が手を出したから、ですよね」
「一度目は、イキナリ襲われた、トノことです。ドウヤラ、サーペントはワイバーンより好戦的ラシイです。
タダ、この三ヶ月でニドしか遭遇シテいないノデ、遭遇確率は五パーセント以下、交戦確率は二パーセント以下、とミツもっています」
「それだけの危険があるところに、娘を送り出す気にはなれません」
冷たく、レイコが言った。
「デスガ、これが判れバ、日本のリエキにもナるのです。一度だけデスので、ご協力イタダケないでショウか? お願イシマす」
頭を下げる米軍一同に対し、重ねて断りを入れようとしたレイコが口を開く前に、マコが口を開いた。
「解りました。一度だけ、日帰りできるのなら」
「マコっ」
娘の言葉にレイコは激しく反応した。フミコの両親も狼狽している。
「聞いていなかったの? 危険なのよ? 前の時みたいに上手く対処できるかも判らないのよ?」
「大丈夫。交戦確率二パーセント以下なら、まずそんなことにはならないでしょ」
「二パーセントって言ったら、無視できる確率じゃないわよ。ゼロじゃないってレベルじゃない、有り得る確率なのよ」
「でも、それで判ることかあるなら。だってさ、米国に帰った人って、きっと隔離されてるでしょ? その人たちもずっと隔離されてちゃ可哀そうだし。原因が判れば、ケータイも使えるようになるかも知れないし。
あ、フミコさんはいいです。危険はあるかも知れないし、あたし一人で行きますから」
「何言ってるのっ」
一瞬、ほっとした表情を見せたフミコの両親は、娘の声にまた表情を硬くする。フミコは両親の反応に気付かずに続けた。
「マコちゃんが行くなら、わたしも行くわよ。マコちゃんに付き添うって決めたんだから」
「フミコ、しかし……」
「お父さんは黙ってて」
初めて見る娘の剣幕に、父はたじろいだ。
「わたしはマコちゃんの付き添いを最後までやるよ。最初に決めた時からそのつもりなんだから。マコちゃんも、置いていくなんて言わないでよ。あたしが決めたことを途中で投げ出すなんて、させないでよね」
「フミコさん……ありがとうございます。そう言うことで、いいよね、レイコちゃんも」
「仕方ないわね」
レイコは雄弁な溜息を吐いた。
「だけど、無理はしないで。逃げ道はきちんと確保しておきなさい。粕河さんも、すみません。娘の我儘でお嬢さんを危険に晒すことになってしまうかも知れませんが」
不承不承マコに頷いたレイコは、フミコの両親に頭を下げた。
「……いいえ、娘が同行することも、フミコが自分で決めたことですから」
仕方なしに、という様子を見せてはいたものの、フミコの父も了承したのを確認して、レイコは改めて米軍人を正視した。
「本人たちが行くと申しておりますので、わたしもこれ以上反対はしません」
「ありがとうゴザイます」
「ですが、くれぐれも、娘たちに危険がないように、お願いします」
「ハイ、最善を尽くします」
「それでは、本日はこれで」
女性士官は立ち上がり、レイコに向かって手を差し出したが、レイコはその手を握ることなく出口を指し示した。その態度に管理部の二人はまた肝を冷やしたが、米軍士官は僅かに眉を顰めただけで、それ以上何も言わず、マンション側の住民たちに会釈だけして退出した。
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(あたしがカメラ壊した時は何だかんだ言ったのに、レイコちゃんも結構怖いもの知らずよね。米軍人相手にあんな態度を取るんだから)
夕食の支度をしながら、マコは会合の時のレイコの様子を思い出していた。今までマコは、レイコがあれほど怒っているのを見たことがなかった。その怒りが自分のためだと言うのが解るから、彼女の意に反する決断をしたことには、申し訳ない気持ちで一杯だった。しかし、後悔はしていない。
(大丈夫だよね? 沈められたのは駆逐艦って言ってたよね? それで、あたしが乗るのが巡洋艦。確か、駆逐艦より巡洋艦の方が大きいはずだから、サーペント、海竜、かな?、出たとしても沈没するようなことはないよね)
「先生、焦げる」
「あっと、考え事しちゃった。ありがとう、教えてくれて」
焦げそうになる肉に気付いて、調理を手伝っているヨシエが教えてくれた。
「よし、これで出来上がり。ヨシエちゃん、みんなを呼んで来て」
「うん、解った」
まだ起きていないことを今から悩んでいても仕方がない。マコは気持ちを切り替えて、調理を終えた料理を皿に盛り付けていった。
……はい、どう見てもフラグですね(^^)




