5-9.魔法使いはなかなか増えない
自衛官の訪問があったため、その日のコミュニティ内会議にレイコは少し遅れて出席することになった。以前は毎日行っていた棟内での会議は週末土曜日に一度だけ行い、すべての棟から代表者を集めた会議を週明けの月曜日に開いている。もちろん、緊急の議題があれば急遽開催することもある。
魔力懐炉の話は先に出席してもらった管理部員から伝えていた。先日に自動車の解体の話を急遽したばかりで、それからわずか四日ほどで、各棟に四百枚ずつ配れる数が出来上がったことに、みんな驚いていたようだ。それはそうだろう、マコから大量生産できそうな手応えを聞いていたレイコすら、その数に驚いたのだから。
数はまだ充分とは言えないものの、今週中にはマンションの住民一人当たり四枚は行き渡りそうだ。その目処がついたことに、これから冬を迎えることになる住民たちは、一先ず胸を撫で下ろしていた。
レイコが参加してからは、自衛隊からの協力要請があったことを伝え、今後、魔力懐炉の取引という形で協力すること、それ以外にも無理のない範囲で協力してゆくことを伝えた。
「それで、自衛隊で通信インフラの整備を進めてくれる見込みは、どの程度なのですか?」
住民の一人が疑り深そうに言った。
「彼らと直接話したわたしの感触でしかないのですが、自衛隊の方の態度は前向きでした。すでに通信網の構築を検討している可能性もあります。もしそうだとしたら、わたしからの要求は彼らを後押しする形になったと思います」
「もう一つ、自衛隊は自転車や馬を持っていると言うことですが、それを譲ってもらうことはできませんか? 近隣のコミュニティへの移動がかなり楽になると思うのですが」
別の男性が発言した。
「まず馬なのですが、これから冬を迎えるにあたって飼葉の調達が困難になると思われます。ですので馬に関しては、春になってから考えた方が良いかと思います。春から始める予定の畜産で必要になる飼料との兼ね合いもありますし」
その理由にはみんな頷いた。
「次に自転車ですが、これも車輪に木枠を巻いただけのものだそうです。それならば、今わたしたちが持っている自転車に同じ加工を施すだけで済みますし。むしろ、今使っているリヤカーのように、車輪自体を木製にした方がいいかも知れません」
自前で用意できる見込みがあるのなら、わざわざ他を頼る必要はない。現状、細かい木工作業をできる人材が、本職の大工一人に日曜大工を趣味にしている数人しかいないので、大量に作ることはできないが、地道にゆっくりやっていくしかない。
その後は、現状進めている各棟間の通信路の進捗状況や簡易住宅の建設状況の情報共有、その他困ったことに直面していないかの確認が行われた。
その中で話題になったのが、魔法使いの育成だ。
「魔法は色々便利に使えると聞いています。もうちょっと効率良く増やせないでしょうか?」
「わたしもそう思ってはいるのですが……指導者が一人しかいないと言うことと、その一人の指導能力が低いので、なかなか難しいです。それを補うことの一つが魔道具、今は魔力懐炉と魔力灯しかありませんが、その魔道具の製作です。しばらくは魔道具で凌ぎつつ、魔法を使える人を増やしてゆく、と言う方針で様子を見ます」
本当はマコが大勢に教えられればいいのだけれど、とレイコは質問に答えながらも思ったのだった。
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「今日、自衛隊の方が来てね」
その日、夕食時にレイコが言った。
「魔力懐炉の話?」
マコは口の中の物を飲み込んで聞いた。
「一つはそれ。材料は向こうが用意してくれるそうだけれど、今日の数から考えると、来週から掛かれる感じで大丈夫だったかしら?」
「うーん、そうだね。別のことも試したいけど、そっち優先かな」
「やりたいことがあるなら時期の交渉はするけれど」
「いいよ、時間見つけてやるから」
「魔力懐炉を自衛隊で使うことになったのですか?」
ヨシエの母が聞いた。
「自衛隊でと言うより、周りのコミュニティに配るようです。大半は東北の方に輸送するようですけれど」
「そうなのですね。一応、きちんと動いてくれているのですね」
「ここは本条さんのお陰で、自衛隊の支援がなくてもなんとかなっていますけどね」
ヨシエの姉も言った。
「なかなか上手くいかないところもありますけれどね。それと、もう一つ頼まれたのだけれど、マコ、できるかな?」
「聞かないと判んないけど」
「自衛官に魔法を教えて欲しいって言われたのよ」
「え。手が足りないんだけど」
「それだけじゃなくて、マンション内からももっと魔法使いを増やせないか、って言われているのだけれど」
「うーん」
マコは悩んだ。
今、魔法を一通り教えるのに十二日間の時間を掛けている。一日の授業時間は一時間から二時間ほどだ。毎日の瞑想と魔力操作の訓練にある程度の時間を掛けているからこそ、日々の授業での呑み込みも早いのだとマコは考えている。だから、一日の授業時間を単純に増やしても、質の悪い魔法使いになるだけだろう。下手をすると、まともに魔法を使えない魔法使いになってしまうかも知れない。
一度に教える生徒数を増やせば人数を簡単に増やせるものの、各個人に目が行き届かなくなり、誰がどの程度の力を使えるのか把握しにくくなるだろう。それは落ちこぼれを生むことになる。マコとしては、それは避けたかった。
それなら、一日に三~四組の生徒たちを教える、つまり、今は一期に五人だが、時間をずらして十五人から二十人の生徒を教える、という方法もある。しかし、授業時間がずれていても、一度に二十人の生徒の能力を把握できるか、マコには自信がなかった。それに、マコが他のことに使える時間も無くなってしまう。
「そうだなぁ、ちょっと考えてみる。確かに、今のペースだと春までに精々あと三十人か四十人くらいしか増やせないもんね。もうちょっと効率上げられるといいんだけど」
「魔法使いになった子、例えばヨシエにも教師役をやってもらうというのはどうでしょう?」
ヨシエの母の提案に、ヨシエがびくっと震えた。マコ以上に口数の少ない彼女にとって、たとえ少人数であろうと人前で話すというのは恐ろしいことなのだろう。今でこそ慣れたが、マコにもその気持ちは良く解る。最初は全員が歳下だったから、なんとか教師の真似事ができただけだ。
「それはちょっと難しいかな、って思います。小学校を卒業したからって、誰でもすぐに小学校の先生になれるわけじゃないですから」
「そう言われてみれば、そうですね。なかなか難しいですね」
けれど、魔法使いを増やすなら、それも考えに入れなければならないだろうとマコは思う。一人では手が回らない。
(やっぱり、前に考えたように役割分担して教えるようにするか、それとももっといい方法があるか)
夕食の後、ヨシエと一緒にベッドに入ってからも、マコはこれからどうしていくのが最善か、考えていた。
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「あ、先生、こんにちは~。キヨミさんもこんにちは」
ある日のこと。キヨミを連れて広場を散歩していたマコに声をかけてきたのは、魔法教室第一期の生徒のイツミだった。キヨミを知っているのは、彼女も服を仕立て直してもらったことがあるからだ。
「こんにちは」
キヨミは微かな笑顔でそれだけ言った。
「こんにちは。イツミちゃん、いつも元気だね」
「元気だよー。それでね、先生、アタシ、魔力強くなったと思わない?」
うきうきと嬉しそうに言うイツミ。彼女の身体に魔力を伸ばすと、体表面の魔力の厚みは二・四ミリメートル。確か、最初に測った時も同じくらいじゃなかったかな? そう思いつつもマコは右手の手袋を外した。
「右手出してみて」
「はいっ」
差し出された右手を握り、魔力をイツミの体内に流し込んでゆく。
(あ、これは確かに)
ヨシエやミツヨ、ジロウほどには濃くないが、以前のイツミを思い出すと、目に見えて(見えないが)判るほどに魔力が濃密になっている。
「うん、前よりずっと強くなってるね」
マコは魔力をイツミの体内から回収し、手を離して言った。
「やったっ。思った通りっ」
イツミは小躍りして喜んでいる。
「どうやったら増えたの?」
マコは聞いた。今まで、判るほどに魔力の強くなった生徒はいなかった。
「それは自分でも良く解んないんだけど、毎日念話の練習してたんだ。そしたら昨日、やっとできるようになって、もしかしたら魔力も増えてるかなって」
「やったねっ。イツミちゃん、念話を使いたいって言ってたもんね」
「まだ一メートルくらいだけどね。でもね、念話に使う魔力はあんまり濃くしなくても話せるよ」
「お。そこはヨシエちゃんより上達してるんだね」
「ヨシエちゃんが今どれくらい使うか判らないけど。ヨシエちゃんって、先生の家に住んでるんだよね。聞いてない?」
「それは聞いてないなぁ」
「そっか。じゃ、今から聞きに行ってみよ。じゃ、先生、またねっ」
イツミは手を振ってから駆けて行った。
「元気ねぇ。それに寒くないのかな。あんなに薄着で」
厚いコートを着込んでいるキヨミが言った。コートは彼女のアパートから持って来なかったので、着ているのはレイコのものだ。
キヨミはそう言ったものの、イツミがそれほど薄着だったわけではない。コートこそ羽織っていないものの、厚手のセーターを着ていたのだから。
「子供は風の子ですからね。まだ小五だから」
「小五ねぇ。私はその頃も寒がりだった気がするけどなぁ」
「個人差はありますからね」
きっと、キヨミは子供の頃から外を走り回るような子ではなかったのだろう。身体を動かさなければ、それだけで寒さは骨身に染みる。事実は解らないが、マコには家の中で丸くなっているキヨミの子供姿が容易に想像できた。
しかし、今のイツミからの話で、魔力も増加させられることが判った。方法は判らないが、魔力を体力と同じようなものと考えると、魔法を使えば使うほど強くなると考えられる。マコ自身の魔力の増加は判らないのだが、元の魔力量が多過ぎて多少増えたところで、その増分が判らないだけかも知れない。
魔法使いを増やすなら、魔力を増やす方法も判っていた方がいいよね、と思うマコだった。




