5-6.魔道具の調整
積み重ねられた自動車を見上げたマコは、一番上の一台から車体だけを地面に下ろした。
「あ」
(失敗した。平らなところがほとんどない……)
これもすべて使うつもりだが、今はまだ、魔力懐炉のサイズをどれくらいにするか決めるだけだ。加工はなるべく少ない方がいい。
改めて魔力を操作し、今度はボンネットを地面に下ろす。ボンネットから、適当に大きさを変えた鋼板を何枚か薄く切り出す。これらの作業を、マコは瞬間移動だけで行なった。魔力操作は面倒だが、慣れてしまえば早くできるし、移動した後で魔力も回収できるから、魔力消費もほとんどない。遠方まで伸ばしてしまうとロスが出るが、自分の周囲数メートル以内ならそれもほぼ無視できる。
元がボンネットなのでやや湾曲しているそれらを、魔力で上下から挟んで叩き潰し、平らにする。後は、地面に重ねて置いたそれに、先日試しに作った魔力灯と同じように、魔力を込めて命令を与えるだけだ。
(まず、まとめて作るのは成功。材料の切り出しをやっちゃえば、まとめて何個でも作れるね。次は、っと)
手袋を外して、鋼板──魔力懐炉──のうち、最も小さいものを掌に載せた。ほんのり温かい。
(もう少し温かい方がいいかな。熱すぎても駄目だけど)
一回り大きい鋼板に載せ替える。しかし、違いが判らない。次々と大きなものに変えてゆくが、それでも違いが判らない。両手に、最小の鋼板と最大の鋼板を載せて比べてみた。しかし、温度が違うようには思えない。確かに大きい方を載せた掌の方が温かいが、それが掌からはみ出しているのに比べて小さい方は完全に掌に収まっているから、温められている表面積の差でしかない。
(これはつまり、熱に変換される魔力が変わらないってことだよね。考えてみれば当たり前か。板が大きくなったら熱に変わる魔力量は全体として増えるけど、単位面積当たりの魔力量は変わらないもんね。じゃ、どうしよう)
魔力を鋼板の触れている部分に集めて濃度を上げれば温度も上がるだろうが──実際に試して確認した──それでは魔法を使えない人には意味がない。それなら、鋼板を厚くしたらどうだろう、とマコは思いついた。
今切り出した鋼板の厚さは、〇・一ミリメートル。新たに〇・二ミリメートルから〇・九ミリメートル厚の鋼板を切り出し、まとめて魔力を込めた。
早速、一番厚い鋼板を手に載せようと摘み上げ……
「熱っ」
思わずマコは、鋼板を落とした。火傷するほどではなかったものの、かなりの高温になっている。
「これじゃ熱過ぎ。慎重にやろう」
サイズによる違いを実感できなかったために、いきなり一番厚いものを試したのが不味かった。今度は、薄いものから順番に試していく。
結果、〇・四~〇・五ミリメートル厚の鋼板が最適だと結論付けた。ただ、すべての自動車で同じとは言い切れない。試しに使った自動車の車体は鋼だったが、すべてアルミニウム製の自動車もあると言う。それらの選別も必要だろう。
マコは、積まれている自動車の何台かを魔力で包んだ。自動車に染み込んだ魔力に受ける感触が微妙に違う。
(これが材質の違いかな。どの感じが何の金属なのか判んないけど。今使ったこれと同じか、似ているのを探せばいっか)
マコは、試作に使った鋼板を纏めてそう考えた。熱くなり過ぎて危ない鋼板からは、すでに魔力を抜いてある。
(でもこれ、どうしよう……)
目の前にあった方が切り出しやすそうだと最初に地面に下ろした車体を前に、マコは困っていた。ボンネットだけなら、その辺に立てかけておくだけでも邪魔にはならないのだが。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
外した車体は結局、元の自動車に被せた。車体を外したことでフレームが歪んでいたら綺麗に戻せないかな?と心配したマコだったが、杞憂だったようだ。瞬間移動して車体が目の前から消えた後に小さな金属が転がったが、それくらいなら気にする必要もないだろう。
昼時に、レイコに大量生産の目処が立ったことを伝え、試作した魔力懐炉をキヨミや明坂家の人たちにも試用してもらい、A6サイズ、〇・四ミリメートル厚で作ることに決めた。
「だけど、問題があるって言うか、人によってはそこまで温まらない可能性があるのよね」
「それはどうして?」
マコの言葉にレイコは疑問を呈した。
「人が纏っている魔力って個人差があるんだけど、あたしが見た中で一番薄い人って〇・二ミリメートルくらいなの。その人だと、どんなに厚い魔力懐炉を使っても、その分しか熱に変わる魔力がないから」
「魔力の薄い人は、ぶ厚い魔力懐炉を使っても、それほど温かくはならないってことね」
「うん。それに、このまま使うと肌を切らないとも限らないから、薄い布に包んだら、魔力懐炉に届く魔力が余計に少なくなるし」
「けれど、それは仕方ないわね。今後、道具の効果を高められないか、考えることにしましょう」
「そうするしかないね」
最初から、すべてが上手くいくわけではない。異世界転移から、まだ三ヶ月足らず、何をするにも試行錯誤を重ねてゆく段階だ。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
午後、魔法教室第四期の最後の授業を終えてから、五人の生徒たちを集めた。第一期の生徒から三人、第二期、第三期の生徒から一人ずつ。
「今日集まってもらったのは、みんなに魔道具の製作を手伝ってもらうためです」
「魔道具、って何ですか?」
第二期の生徒、神屋サトシが聞いた。
「例えば、こんなのね」
マコは、魔法教室の前に思い付きで作っておいた、魔力灯を握って見せた。
魔力灯を作るのに、わざわざ中身の埋まった鉄棒を使う必要は無いんじゃない? と思い付いたマコは、金属ゴミの捨て場から二五〇ミリリットルのスチール製のジュースの空き缶を拾って来て、飲み口側の蓋を切り取り、中を綺麗に洗ったもので、魔力灯を作っておいた。
レンチでは手を透かして光が灯るだけだったが、今度は空き缶の内側にはみ出した光が缶の空けた口に集まるので、より懐中電灯に近付き、より明るく照らせるようになった。
「え、それ、どうやって光っているんですか? 魔法?」
第三期の生徒の紅棋ヒルミが目を丸くしている。
「もちろん魔法。魔道具って言うくらいだし」
「見せてもらってもいいですか?」
ミツヨが言った。第一期からは、ミツヨとジロウ、そしてヨシエを選抜している。
「はい、どうぞ。好きに見ていいよ」
マコは魔力灯を生徒たちに渡した。
「え……ただの筒で中身がない……」
「なのに光ってる」
「電池もないし。魔法だからか」
「握るだけで光るって、あり得ない……」
すでにレンチで試作した魔力灯を見たことのあるヨシエを除いて、みんな驚いている。マコも、原理を思い付く前にいきなりこれを見せられたら、同じように驚いたことだろう。
「はい、注目。みんなには、こういう魔道具を作れるようになって欲しいの。実際に作って欲しいのは懐中電灯じゃなくて懐炉だけど。こんな奴ね」
マコは、用意しておいた五個の魔力懐炉をみんなに渡した。
最初に試作品として魔力懐炉でなく魔力灯を使ったのは、熱より光の方が目で見られる分、どんなものか解りやすいからだ。視覚的な効果を見せた方が、インパクトが大きく、モチベーションも上がるだろう。
「先生、作り方早く教えて下さい」
ジロウがマコを急かした。他の生徒たちもやる気充分のようだ。
「慌てない。順番にやっていかないと。まずは魔道具の仕組みの説明からね」
マコは黒板に絵を描き、順を追って説明を始めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
その日、魔力懐炉を作れるようになった生徒はいなかった。
魔力を鋼板に入れ込むことは、全員苦もなくやって見せた。
注ぎ込む魔力に『名付け』することもできた。それができているかどうかはマコにも直接には確認しようがないのだが、鋼板に込められた魔力にマコが『隣接する名付け無しの魔力を熱に変える』命令を与えたところ、きちんと魔力懐炉として機能していたから、『名付け』できているはずだ。
生徒たちにできなかったのは、次の工程の、鋼板に込められた魔力に命令を与えること、だ。命令を与えられないのか、命令を送り込むための魔力に命令を乗せられないのか、それともその魔力を流し込めないのか、はっきりしない。
「うーん、何がいけないのかな。そうだ、『名付け』をしないで命令を与えてみて。命令からも『名付け無しの』を除外して」
ミツヨとヨシエの鋼板が一瞬光を発した。少なくとも、この二人は魔力に命令を与えることができるということだ。
他にも色々と試してもらった結果、生徒による違いが判ってきた。
『名付け』を一切入れなければ命令できるミツヨ。
命令に『名付け無し』の条件を入れられないヨシエ。
『名付け』ず、固定化と同時なら命令可能なサトシ。
どうしても命令できないジロウとヒルミ。
「個人差があるってことは、訓練次第で作れるようになるはずだと思う。少なくともみんな、最初の魔力の固定化はできているわけだから、後は命令をどう与えればいいか、だけよ。あたしも考えてみるけど、みんなも考えよう。瞬間移動や念話も、最初はあたししかできなかったのに、みんなも考えてできるようになったでしょ? それと一緒。全員ができるようになるかどうかはともかくとして、やり方を考えて工夫するのはやっていこう」
「はい」
四人が返事した。ヨシエは相変わらず、黙って頷いた。
マコの使える魔法:
発火
発光
発熱
冷却
念動力 ─(派生)→ 物理障壁
遠視
瞬間移動
念話
発電
マコの発明品(魔道具):
魔力灯
魔力懐炉(new)




