5-5.自衛隊からの支援要請
米軍基地にて、その日は米軍関係者と話をする前に、女性自衛官の二人とマコ・フミコの四人だけで話し合いの時間が設けられた。
「実は、折り入って相談なのですが、本条さん、魔力はあなただけでなく、異変の起きた時に日本にいた全員にあるのですよね?」
その真剣な眼差しに、マコも真摯に答える。
「はい。もしかすると無い人もいるかも知れませんけど、今まで無かったのは、この基地に米国から来た人たちだけです」
シュリは頷いた。
「それで、何とかその人たちに魔力を使えるようにと言うか、魔法使いとして覚醒させる方法はないのでしょうか?」
以前、マッド博士から聞かれて、判らない、と誤魔化した質問だ。
「えっと、理由をお尋ねしても、いいですか?」
何となく想像はついたものの、マコが尋ねると、シュリは理由を教えてくれた。
現在、自衛隊の各基地・駐屯地はそれぞれ個別に周辺住民の生活を支援しているが、同時に近隣の駐屯地間で情報のやり取りをしている。それにより、時間差はあるものの、遠方の情報も入っている。その情報によると、すでに凍死者が出ているらしい。まだ冬は始まったばかりなのにこれでは、これからの本格的な冬を越すにあたり、集団単位で潰れる地域が出て来ないとも限らない。魔法で身体だけでも暖められれば、冬を越すのに力になるのではないか。
「あの、他の基地との連絡ってどうやっているんですか?」
通信は使えず、自動車もタイヤやガソリンがないので動かず、という状況下で、そうそう連絡が取れるとは思えない。
「走ったり、自転車や馬を使ったりしているわ」
「自転車……タイヤは調達できたんですか?」
「いいえ。木で作ったのよ。お陰で乗り心地は最悪な上に、壊れやすいけれど」
なるほど、とマコは思う。マンションからホームセンターに行く時に使っているリヤカーも、車輪は木製のものに作り変えられている。
「馬も、いるんですか?」
「ええ。昔のままの形ではないけれど。短い角の生えたロバみたいになっているわよ」
犬や猫も、サイズと見た目は変わったとは言え、それっぽい動物として存在している。馬もその類なのだろう。雀のように、鳥類から四足動物に変化しているものもいるが。
聞きたいことを聞き終えると、マコは考えた。マコが米軍に『人々に魔力を感じさせる方法』を隠しているのは、それを引き出せるのがマコだけだから、という理由がある。マコが米軍人の誰かを魔力感知できるようにしたとして、その人が同じことをできるとは限らない。と言うより、まずできないだろう。今までに生徒たち二十人が魔力を感知できるようになったが、マコと同じことをできる生徒はまだいないのだから。ジロウなら可能になるかも知れない、と考えているが、今はまだ無理だ。
もしもマコが他人の魔力感知を引き出せる唯一の人物だと知られたら、魔力を持った米軍人すべての能力を引き出す羽目になるかも知れない。それにどれだけ時間が掛かるのか、想像もつかない。マコとしては、それは避けたい事態だった。
自衛隊なら、少しくらいはいいかな?とマコは考える。同じ日本人だからということではなく、米軍と違って機動力はないし、米軍の方針で、その手段も提供されてもいないようだ。それなら、全国を引き回されるようなことはないだろう。
しかし、米軍の耳には入れたくない。マコはフミコに伸ばしている魔力を、自衛官たちにも伸ばした。
〈驚かないでください。あたしの声、聞こえますね?〉
マコは念話で話しかけた。この基地で見せた魔法は、炎と各種エネルギーへの変換だけだ。念話については何も話していないから、自衛官たちももちろん知らない。
シュリとスエノはいきなり頭に響いた声に驚いたようだが、すぐに平静に戻った。突発事態にも対応できるよう、日頃から訓練しているのだろう。
〈話す時は頭に言葉を強く思い浮かべてください。あたしと皆さんの間では話せますけど、あたし以外の人とは話せないのでそのつもりで。フミコさん、声を出して適当に世間話をしててください〉
三人が小さく頷き、フミコは向かいの自衛官と無意味な会話を始めた。
〈まず、この話は米軍には内緒で。盗視聴はされてないと聞きましたが、念のためこれで会話させてください〉
少なくとも、盗視はされていないはずだ。初日に壊した監視カメラや盗聴器は、たまに交換されていたが、レイコの忠告にも関わらず、交換されるたびに壊していたから。マコも、花も恥じらう乙女なのだから、他人からこっそり見られていては落ち着くに落ち着けない。そのお陰と言っていいのかどうか、最近は壊れたまま放置されている。
〈魔力を感知できるようにすることは、できなくはありません。でも、それをできるのが、今の所あたししかいないんです。移動手段も限られているので、今から日本全国を回ってみんなの魔力を引き出すのは、難しいかと〉
〈それは、その通りね。それで黙っているのね〉
〈はい〉
〈それじゃ、魔法使いはあなたの他にもいるの?〉
〈まだ少ないですけど、はい。両手足の指で数えられる程度です〉
〈三ヶ月弱で十数人、足があっても難しいわね……〉
実際のところ、魔力を感知させるようにするだけなら、一人当たり数分で足りる。その後、魔力の使い方を数日かけて教えているので、まだその程度の人数に収まっている。
無理であることを伝えたことでマコは話を終わろうとしたが、シュリがあまりにも深く沈んでいるようなので、言葉を付け加えることにした。
(あの、あたしたちのマンションまで自衛隊の人が来ることって、できます?〉
マンションから一番近い自衛隊の駐屯地までどれくらいの距離があるのか、マコは知らない。だから、自衛官がマンションを訪れるのに必要な労力も解らない。しかし、駐屯地間を徒歩や乗り心地の悪い自転車で繋いでいるなら、来られないことはないだろう。
〈行けると思うけれど、どうして?〉
〈今、冬に向けてマンションでも対策を練っています。その一つに作っているものがあるんですけど、レイコちゃん……母と交渉すれば対価次第で譲ることもできるんじゃないかな、って〉
〈それ本当?〉
自衛官が乗って来た。
〈いや、判んないですよ。母にしても、まず考えるのはマンション住民のことですから。余力があるわけでもないし。だから、対価次第と思います〉
今は食糧だろうな、それに調味料、とマコは思う。けれど、他にも必要なものがあるかも知れない。今マコから伝えるより、直接交渉してもらった方がいい。
〈解りました。隊と連絡を取って検討してみます〉
〈あたしも母に伝えておきます〉
内緒話はそこで終えた。この後は魔法の実験があるので、いつまでも続けているわけにはいかない。
念話を終えて、声を使った雑談に切り替えてしばらくすると、いつもの女性下士官二人が迎えに来て、マコは他の三人と共に部屋を出て行った。
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その日の内に、マコはレイコに自衛隊との取引の件を相談した。
「対価次第では手助けできることがあるかもよ、くらいしか言ってないけどね」
「でもそれ、マコがこれから作る魔力懐炉を渡すことを考えたのでしょう? マコと魔法使いのみんながよほど頑張らないとマンションの住人にすら行き渡らないかも知れないのに、他に回すなんてできないわよ。それこそ、余程の対価を用意してもらえないと」
「そこはレイコちゃんの交渉次第じゃない? それにさ、例えば自衛隊に材料の提供をしてもらえれば、その分は渡してもいいかなって思うし」
「それはそうだけれど」
「それより、材料は集まりそう?」
「調整中だけどね、自動車を使ってもらおうと思ってる」
「自動車? いいの? 壊しちゃって」
「どっちにしろ、使い道がないから。全部を使えるかは判らないけれど」
「どういうこと?」
マコは首を傾げた。
「自動車のボディーって鉄以外にもアルミやカーボンも使っているのよ。比重の大きい金属って言ったでしょう? それなら、カーボンは駄目だろうし、アルミも比重が小さいから」
「そっか。大きさの割に、使えるところが少ないかも知れないのね」
しかし、八棟数百世帯分の自動車だ。全世帯が所有しているわけではないが、かなりの量になる。自動車一台から魔力懐炉何個分の鋼板が取れるか判らないが、かなりの量になるだろう。数十台の自動車を潰すだけで、自衛隊だけでなく近隣のコミュニティに回す分も賄えそうだ。
「材料より、問題は生産能力よ。一個作るのに二、三分でしょう? 余裕を見て一個五分として、一時間で十二個、一日二時間四人で作るとして九十六個。マンションの住民が、一棟百世帯一家族四人として三千二百人。一人四個使うとして、必要なのは一万二千八百個。そうすると、マンションの住民全員分を作るのに百三十日以上かかる計算になるのよ。とても他所に回すなんて無理だと思うけど」
「レイコちゃん、計算速いね。でもそこは、秘策を思いついたんだ。五分でまとめて百個とか千個とか作れるかも」
マコは自信あり気に言った。
「百個と千個って、随分と差があるけど」
「できるか判らないけどね、多分大丈夫。明日、調整と一緒に、大量生産できるか試してみるよ」
「解ったわ。自衛隊が訪ねて来るにしても明日ってことはないだろうから、明日のマコの話を聞いてから、融通するかどうか決めましょう。それと、自衛隊から何を提供してもらえるか」
「それがいいね」
まとめて製作することには、マコは心配していなかった。それよりも、材料が自動車であることの方が問題になりそうだ。車体に鋼板が使われていると言っても、使用する場所に合わせて複雑な形に加工されている。湾曲している部分を加工するなり諦めて捨てるなりする必要が出て来るだろう。それも考えないといけないな、とマコは頭の中の検討項目リストに追加した。後でノートに写しておかなくちゃ。




