5-4.魔道具の発明
翌日、簡易住宅建設のための資材移動を済ませた後、早目に手伝いを切り上げさせてもらったマコは、レンチに注入した魔力の活用方法を考えていた。
マコの注入したレンチの魔力を他の魔法使いでも使えることは、昨晩の内にヨシエに協力してもらって確認している。ただ、操作はできない。これは、注入したマコ自身にもできなかったから、予想していたことだった。
しかし、マコが適当な物に魔力を注ぎ込んでおけば、他の魔法使いたちは当人の持っている以上の魔力を行使することが可能になる。操作はできないので使い方は限られるが、自分の本来持っている以上の魔力を使えるというのは、いざという時に役立つだろう。そんな時が来ないことが一番いいのだが。
ただ、これはマコにとってはあまり意味がない。そもそも自分で持っている魔力を使い切る前に、それを操るための気力を使い果たしてしまうのだから、外部に自分の魔力総量の一パーセントにも満たない容量の魔力タンクがあったところで、それを使う機会はまったく来ないだろう。
マコが考えているのは少し別のことだった。
(貯め込んだ魔力を少しずつエネルギーに変換する……のはファイアーボールみたいに徐々に魔力を火に変えていく方法もあるから可能だけど、いちいち魔法使いが魔力を補充しないと使えない……それじゃ駄目よね。
うーん。魔力にある程度の命令を与えることは可能だけど、自分から離れると離散してしまう。離散は物体に貯め込むことで解決したから、次は貯めた魔力にどんな命令を与えるか……)
単に『光になれ』や『熱くなれ』では使い勝手が悪い、と言うより使い道がない。直接魔法を行使した方が効率がいいし、物体内の魔力が枯渇したら、都度魔法使いが補充しなければならない。
(魔力は大体誰にでもあるから……魔力が接触したらエネルギーに変わるように……だと、魔力が終わっちゃったら補充しないといけないのは一緒か。だったら、接触した魔力の方を強制的にエネルギーに変換すれば)
そんな複雑な命令を魔力に対してできるのだろうか?と思いつつも、マコは昨日も使ったレンチに魔力を満たしてゆく。
(ここまでは良し。ここから命令を与えるのはどうするのかな。魔力を身体から切り離す時は予め集中するイメージで命令してるけど、物質に入れると自分の魔力じゃなくなるみたいだし。あれ? そもそも『物体内に固定しろ』って命令しながら貯めてる……追加命令できるのかな……考えているだけじゃ仕方ない。やってみよう)
指先から魔力をどかして剥き出しにした肌を、机に置いたレンチに触れる、『魔力が触れていたら光に変換する』イメージを流し込む。
「うーん、どうだろ」
しばらく念を込めた後、マコは指を離し、今度は魔力を伸ばしてレンチを包む。しかし、何の反応もない。
「駄目かぁ。それじゃ、次」
今度は、レンチに触れた指先から魔力を送り込み、魔力にイメージを乗せてレンチ内に貯蔵された魔力に命令する。その瞬間。
「あ、あれ? あれ?」
レンチに流し込んでいた魔力、それに、レンチに注入してあった魔力が一気に光に変換され、レンチはただのレンチに戻ってしまった。
(今のは、なんで? えーと、今流し込んだ魔力には、『レンチ内の魔力に命令を渡すこと』を命令して、渡す命令は『隣接した魔力を光に変える』こと。……ってことは、命令を受け取った途端、命令を受けた隣の魔力も光に変えて、結果、全部の魔力が光に変わった、で合ってるかな?)
どうも、それが正解に思えた。
(そもそも、魔力ってどういう単位で存在しているんだろう? 濃淡はあるけど質量はないっぽいし。光子みたいなもの、なのかな? それだと隣にあっても接することはないような。
でも、命令を与えてあたしの魔力を光に変換できることは確認できた。あとは、レンチに入れた魔力には影響を及ぼさないような対策を考えなくちゃ)
マコは、対象外の魔力を条件付けるための方法を考えた。
同じ物体の中にある魔力は対象外。
同じ命令を持った魔力は対象外。
生物の影響下にない魔力は対象外。
思い付いた方法から順に試していく。
(同じ物体は認識されないみたい。そもそも魔力が原子に入り込んでいたら、『物体』の単位が原子かもしれないもんね。
同じ命令も駄目。なんでだろう? 他の魔力の『命令』を認識できないのかな。
生物の影響はできた。けど、これだと将来的に困る気がするんだよなぁ)
今は、人の魔力を使って魔法を自動発現するような方法を考えているが、将来的には例えば、スパナの魔力に命令を入れておいて、金槌に蓄えた魔力を燃料に魔法を行使させることも考えている。金槌に蓄えた魔力も当然生物の影響下から離れているので、魔力タンクとして使えなくなってしまう。
「うーん、どうしよう。うーん、スパナに入れた魔力とそれ以外の魔力を簡単に区別出来ればいいんだけど……」
ふと気付くと、もう昼近い気がする。椅子から立ち上がったマコが窓から広場の日時計を見下ろすと、概ね思った通りの時間だ。
「ちょっと休憩しよう。みんなが帰って来る前に、ご飯の支度しとこっと」
工具を片付けてから、マコは昼食の用意をするために部屋を出た。
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午後、魔法教室の授業を終えると、マコは急いで帰って来た。魔法教室で生徒たちを相手にしながら思い付いたことを試すために。
部屋にはヨシエがいたが、テーブルの前に正座して本を読んでいたので、帰宅の挨拶だけして、自分の机の椅子に座った。ヨシエは大人しく本を読み続けている。
早速工具箱からスパナを取り出し、机に置いて指を当てる。物体への固定と同時に『名付け』のイメージを魔力に与え、スパナへと注ぎ込んで行く。
(こんなものかな)
一度指を離し、魔力がマコの支配から外れるのを待つ。
(魔力を注ぎ込む時、指を当てる必要もないんだろうけどね)
そう思いつつも、魔力を感じられなくなったスパナにもう一度指を当て、命令を与えるべく魔力を注いでゆく。午前中と違うところは。
(『名付け』られた魔力は対象外っ)
一瞬、スパナ全体が光を発し、それからマコが指を当てている部分だけが光るように変わった。
「やったっ! できたっ!」
最初にスパナが光ったのは、命令の伝達に使った魔力が光に変換されたためだ。その後も、マコの指先を普段から覆っている魔力が光になり、減った部分には平坦化するように魔力が集まって来るので、発光し続けている。
「先生、どうしたの?」
隣で座布団に正座しているヨシエが本から頭を上げて聞いた。
「えへへ、いい物できたんだ。ヨシエちゃん、ちょっと立って、これ持ってみて」
マコはスパナから指を離し、ヨシエにそれを指し示した。ヨシエは顔に疑問符を浮かべつつも、興味深そうに立ち上がって、マコの示すスパナに手を伸ばした。
ヨシエの手がスパナに触れる寸前、彼女の指とスパナの間に光が灯った。
「え?」
ヨシエが思わず手を引っ込める。
「びっくりした? 大丈夫、悪いことはないから、持ってみて」
マコに促されて、ヨシエは再度、スパナに手を伸ばし、握り締めた。手を透かして、光が灯っている。
「あ、少しでも暗くした方がいいかな」
マコは立ち上がると窓に寄って、左右に纏められているカーテンを下ろした。部屋がやや暗くなる。
その中で、スパナを握ったヨシエの手は、はっきりと光り輝いていた。
「先生、これ、何ですか?」
「うーんと、魔力懐中電灯、かな? 長いから魔力電灯……いや、電気を使ってないから、魔力灯にしよう。握っているだけでヨシエちゃんの魔力を自動的に光に変換しているんだよ」
マコは胸を張り、ドヤ顔で説明した。
「魔法ってこんなこともできるんだね。先生、すごーい」
「まだ試作品だから、調整は必要だと思うけどね。それに、今はスパナをそのまま使ってるけど、それっぽい金属を使いたいし」
「先生、これ私にも作れますか?」
ヨシエが目を輝かせて聞いた。
「うん、多分できると思う。でも適当な材料がないから、今夜レイコちゃんに相談して、材料の調達が先だね」
「わかった。後で教えて」
「もちろん」
後は材料さえ何とかなれば、住民たちが冬を越すための力になるはずだ。
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夕食の後、マコが魔力灯を見せると大人たちは一様に驚いた。衣料以外にほとんど関心を持たないキヨミも興味を示している。
「これ、電池は要らないの?」
レイコが聞いた。
「うん。持ってる人の魔力を使うから」
「魔法使いで無くても使えるの? 使えているけど」
「魔力は誰にでもあるからね。魔力の生成量が物凄く少ない人がいたら、供給が間に合わなくて魔力がなくなっちゃうかも知れないけど、手から離しておけば回復するし」
「ふうん。でも、今そんなに必要かしら? あると便利だけど、今は蝋燭もあるし、懐中電灯もあるし」
「それなんだけど、本命は別にあるんだ」
これからが本番だと、マコは気持ちを引き締めた。口調はあまり変わらないが。レイコも、娘の本気を感じ取って耳を傾ける。明坂家の三人とキヨミも静かに聞いている。
「えっと、これからどんどん寒さが厳しくなるでしょ? で、まともな暖房もないのに。それで作った魔力灯……えっと、魔法の道具だから魔道具って呼ぼうか、この魔道具、今は持った人の魔力を光にしてるけど、熱にしたらカイロの代わりに使えると思わない? 材料も鉄板にして」
レイコが目の色を変えた。確かに、薄い板を身体に貼るだけでそこが温まってくれたら、しかもそれが交換することなく永久的に使えるなら、まともな暖房器具が無い今、冬を越すのに強力な助けになる。
「マコ、これ作るのに何が必要? 一つ作るのにどれくらい時間がかかる?」
レイコは責任者としての顔で言った。
「えっと、金属の板がたくさん。使えるのが工具だけだったから検証が足りないけど、重いって言うか、比重の大きい金属がいいと思う。金属は板になってなくても塊でもいいよ。魔法で切るから。
まだ調整が必要だけど、それが終われば一個二、三分でできるかな」
「調整にどれくらいかかる?」
「うーんと、半日もあれば充分かな」
レイコは顎に手を当てて考えた。
「マコは明日、米軍基地よね。じゃ、明後日で調整を終えて、来週から作り始めてくれるかしら。それまでにとにかく金属を集めてみる」
「解った。あと、ヨシエちゃんやほかの魔法使いにも手伝ってもらうつもり。いいですよね?」
マコはヨシエの母と姉に顔を向けて聞いた。
「ええ。危険なことはなさそうですし、ヨシエがお役に立てるのなら」
ヨシエの母が穏やかに言った。ヨシエも瞳を輝かせる。
「ありがとうございます。じゃ、明後日から頑張るよ」
「はいっ」
マコの言葉に、ヨシエは普段では発しないほどの大きな声で返事した。
マコの使える魔法:
発火
発光
発熱
冷却
念動力 ─(派生)→ 物理障壁
遠視
瞬間移動
念話
発電
マコの発明品(魔道具):
魔力灯(new)




