5-0.ある地方都市の状況
この章から、日・火・木・土 の週4日 07:40~08:00 頃の投稿です。
ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、……
暗闇の中、水滴の落ちる音が響く。一条の光もない中で、水音だけがそこに空間のあることを示している。
そこに別の音が加わった。人間の足音。二人の人間が暗闇を歩いてくる。一人は手に明かりと何かの容器を持ち、もう一人はバールを手にしている。
二人は水滴の落ちる場所まで来ると、立ち止まった。一人が屈んで手作りらしい懐中電灯を床に置き、垂れる水滴を受け止めている大きな洗面器から、溜まった水を持ってきた容器に移す。その間、もう一人の男は周囲を警戒している。
「終わった。戻ろう」
水を容器に入れて桶を戻した男は、懐中電灯を持って警戒に当たっている男に言った。元来た道を帰って行く。
「もっとでかいタンクなら回数も少なくて済むのにな」
バールを持った男が言った。
「そしたら重くなって大変だよ。このくらいが丁度いい」
水の容器を持った男が答えた。
「そうも言えるか」
重い扉を開けて一階に出ると、暗い廊下が伸びている。さらにしばらく歩くと、外の光が入ってくる場所にたどり着く。
広い室内は荒れている。飛び散ったガラスは一纏めにしたが、壊されたショーウィンドウはそのままだ。
二人は広い空間の中央付近にある、動かないエスカレーターで上階に登った。
「ただいま」
「おかえり。問題は?」
「ない。幸いに、な」
持って来た荷物を置き、椅子に座ってくつろぐ。すでに何度も往復しているとはいえ、体力の消耗はまだ大きい。
広い室内には、数人の男女がそれぞれに作業をしている。
地方都市の大きなデパート。そこが彼らの現在の住処だ。異変の起きた深夜、彼らは自宅から離れた職場にいた。残業、夜勤、その他色々な理由で。インフラが完全に停止した後、物が一番多いこのデパートに彼らが集まったのは必然と言えるかも知れない。
集まった人々は協力してデパートの中を調べ、使えるものをリストアップした。最大の懸念は水だった。何しろ、水道はすぐに止まってしまい、商品としての水はペットボトルが消えて流れ出していた。地下の機械室のパイプから水が滴っている場所を数ヶ所発見し、それを集めることで辛うじて渇きを凌ぐことができた。
ある程度の期間を過ごす見込みが立った後、訪問者があった。いや、略奪者と言った方が適切だ。平和的にコンタクトしてくるなら、自分たちも勝手に使っていることでもあるし、品物を分けることも吝かでなかったが、いきなり鈍器を振り上げた略奪者に対し、彼らは死に物狂いで拠点を守り、撃退した。
以降、一、二階はバリケードを作って塞ぎ、出入口を一ヶ所に絞った。それから、何度か防衛戦を経験し、また、別の友好的な集団との交流も進んでいる。
しかし、彼らの表情は暗い。外部からの支援が見込めないままではジリ貧だ。それに、遠方から通っていたために、離れた家族を心配する者もいる。課題はまだ多い。
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このような小さなコミュニティが、日本の各地に生まれていた。それなりに上手く機能しているコミュニティもあれば、早々に瓦解したそれもある。異変の発生が深夜だったことは、不幸中の幸いだったかも知れない。生産力の低い都市部に人が少なかったのだから。




