4-8.飛竜捕獲
玄関扉が前に見えた時、一際大きな轟音が響き、床が揺れた。
(地震!? じゃない、爆発かな)
「今の、何ですか?」
思わずフミコが足を止める。しかし、後ろを守るスエノに背中を押された。
「今はとにかく外へ」
マコもフミコの手を引いて促した。何が起きているのか判らないが、何か起きているのは確かなようだ。二人が一旦部屋に戻されてたということは、最初は建物の中が安全と判断されたものの、それが危うくなったのだろう。
以後は足を止めずに玄関まで辿り着き、先導していたシュリが扉を開けると、ヘリコプターが待っていた。普段の帰宅の時、ローターは止まっているかゆっくり動いているだけだったが、今はすぐにも飛び立てるようにか、かなりの速度で回転し、側方の扉を開いたまま乗客を待っている。
「あなたたちには一旦基地を離れてもらうわ。私たち二人が護衛につきます」
「離れるって、いったい何が……」
「それは避難した後で」
フミコの質問を遮って、自衛官はヘリコプターへと二人を導く。
後方から、突然の爆発音。
「危ないっ、伏せてっ」
マコが何事かと上空を見上げるのと同時にスエノが警告を発し、次の瞬間、マコは地面に身体を押し倒された。目の端に、ヘリコプターに向かって高速で飛来する何かが映った。
(なんか、ヤバいっ)
そう思うと同時に、マコは魔力を放出した。フミコと自衛官、計三人の位置関係を把握するが早いか、ヘリコプター側に濃密な魔力の壁を作り、一気に力に変換、途切れないように魔力を補充する。
次の瞬間、ヘリコプターが爆散した。
爆音が響いたものの、しかし、自衛官二人が予想した爆風は襲って来ない。何事かと、マコを地に伏せさせたシュリが頭を上げると、まだ飛んでくる破壊されたヘリコプターの破片が、目の前で見えない壁にぶつかって地面に落下した。彼女には何が起きたのか解らないが、四人の状態と周囲の状況をすぐに確認する。
「何が起きたんですか?」
マコがシュリの下から身体を起こして聞いた。目の前には破壊されたヘリコプター。頭を上げて後ろを振り返ると、建物の向こうに黒煙が二つ上がっている。その視界に、飛び上がる別の物体が入ってくる。
「飛竜!?」
巨大な翼を羽ばたかせて飛び上がったのは、時々マンションからも見かける飛竜だった。さらに別の方角に、もう一体の飛竜が現れる。
しかし、のんびりと観察している暇はない。
「立てる?」
シュリに言われて立ち上がる。ズボンが破れ、膝を擦りむいていたが、そんなことに構ってはいられない。後ろを見ると、フミコもスエノに支えられて立ち上がったところだ。
「向こうの、格納庫まで走るわよ。襲われているのはこの後ろだから、あそこまで行けば大丈夫」
シュリに言われてマコは頷き、彼女について走り出す。マコは走っているつもりだったが、痛めた足を無意識に庇っているためか、早歩き程度だった。
シュリとスエノは拳銃を抜き、四方に意識を向けてマコとフミコの前後を守っている。飛竜に向けて自動小銃か機関銃らしき射線が伸びているものの、何の痛痒も与えているようには見えないから、拳銃でどうにかなる相手ではなさそうだが、他に武装がないのだろう。
マコは走りながら、魔力を飛竜に向けて伸ばしていた。
(いつも飛んでいるだけなのに、どうしていきなり襲って来たんだろう? 餌になりそうなものもないし)
飛竜と言葉を交わせればその理由が判るかも知れない。念話は謂わば、魔力を使った糸電話のようなものとマコは理解している。思考を読んでいるわけではないので、飛竜と完全な意思疎通ができるとは思えないが、それでも何かしらの手掛かりは掴めるかも知れない。
そんな、糸よりも細い希みではあるものの、緊急事態なのだからできることはやるべきだろう。米軍には不可能なことなのだから。
マコは、飛んでいる飛竜の一体の頭を魔力で捉えると、思念を送り込んだ。
〈飛竜さん、何があったの? どうして襲っているの?〉
声を掛けても、案の定応答はない。それでも挫けずに魔力を増量して声掛けを続けると、苛立ちのような思念が感じられた。マコは足を止めると、建物の方を振り返った。随分と歩いたような気がするが、まだ五十メートル程度しか離れていない。
「本条さん、急いで」
シュリがマコを促した。焦っているだろうが、それを面には見せていない。
「ちょっとだけ、待ってください。あ、フミコさんは先に避難しててください」
マコは飛んでいる飛竜を睨みつける。
〈何が不満なわけ? 何を苛立ってんのよ。何とか言いなさいよっ〉
飛竜に向けて、地上からロケット弾らしき物が発射される。それは飛竜の口から吐き出された炎により、空中で爆散した。
「ひゃっ」
マコの隣で悲鳴が上がった。フミコが避難せずにマコの傍にいる。逃げるように言おうかと思ったマコだが、時間が惜しいので飛竜に集中した。
〈何とか言いなさいよっ。黙ってたら解んないでしょっ〉
飛竜が上空を旋回しつつ、マコを見た。気がした。恐ろしげな獣に睨まれて、並の女子高生なら竦み上がってしまいそうだが、マコは怯まなかった。最前の炎の放射で、飛竜の魔法の練度がマコに比べて大したことはない、と確信したためだ。
飛竜は、口の前方に魔力で作った火球に吐息を勢い良く吹き掛けて拡散させただけだった。マコなら、対象を魔力で包んで直接炎に変える。その方が攻撃を防がれる可能性が低いし、相手が魔力を検知できないなら、攻撃のタイミングも隠すことができる。マコから見れば、飛竜は魔法教室の生徒たちと同程度の、謂わば格下に過ぎなかった。
格下相手に下手に出る必要はない。その相手が無意味に暴れているなら尚更だ。
〈こっち見なさいよっ。そしてこっち来なさいっ〉
思念を伝えると共に、飛竜の目の先で光を明滅させる。飛竜が旋回をやめて空中に静止し、マコに頭を向けた。翼を大きく羽ばたくと、マコに向かって飛んでくる。
「本条さんっ、粕河さんっ、逃げてっ」
シュリとスエノが前に出て、拳銃を空に向けて構える。
「二人とも銃を下ろしてっ。大丈夫っ、あたしを信じてっ」
マコの声が二人の自衛官にも届くが、民間人を守る立場としてその声には従えない。小銃弾を跳ね返す鱗を前に拳銃弾など豆鉄砲以下だろうが、充分に近寄れば、と狙いを定める。
飛竜が建物を飛び越える。マコは駆け出し、銃を構える自衛官の前に立った。
「本条さんっ!?」
シュリは更にマコの前に出ようとするが、見えない壁にその動きを阻まれる。それに目もくれず、建物のこちらの滑走路上に出て来た飛竜の全身を覆っていた魔力を、一気に下向きの力に変換した。
ずどぉっと地響きを轟かせて、飛竜が滑走路にへばりつく。マコはその飛竜に無造作に歩み寄った。
「本条さん、下がって」
見えない壁が消えたことに気付いたシュリがマコに駆け寄った。
「大丈夫です。それより、米軍に無闇に攻撃しないように伝えてください」
自衛官たちは一瞬躊躇ったものの、スエノがマコとフミコの護衛につき、シュリが建物を回ってやって来る米兵の中の指揮官に駆け寄った。
「ギャアアアアアァァッ」
そこへ咆哮が轟く。仲間が捕獲されたことに気付いたもう一体の飛竜が、マコに向かって滑空してくる。それに浴びせられる銃弾。
「撃たないでっ」
マコの言葉はシュリを通じて指揮官に伝わり、銃撃が止まった。どうせダメージを与えられないのだから、攻撃しても意味はない。
マコに迫るもう一体の飛竜も、最初の飛竜と同じく滑走路に激突した。二体は拘束を逃れようと暴れるが、マコが力を強くすると大人しくなった。
シュリが指揮官を伴って戻って来た。他に、マコの実験に付き添っている女性下士官の二人と、マコの魔法の研究に関する責任者の女性士官もやって来た。兵士たちは巨大な生物に向けて銃を構えたまま、命令を待っている。
「マコさん、ワイバーンの捕獲、アリガとうございマス。後は軍ガ引きウケます」
「あ、ちょっと待ってください」
「それハ……解りマシた。捕らエタのはアナタです。少し待ちマス」
マコの真剣な様子に、士官はしばらく待ってくれそうだ。しかし、いつまでもというわけにはいかないだろう。
マコは二体の飛竜に念話を試みた。米軍は捕らえて研究したいだろうが、この体長五メートルほどの巨大な生物を、生きたまま安全に捕らえておけるとも思えない。
飛竜は何かを伝えて来てはいるらしく、マコは飛竜の頭部を覆う魔力の振動を感じた。しかし、言語が違うからだろう、何を伝えようとしているのか判らない。そもそも、言語を持っているのかどうかすら、判らない。
フィクションのドラゴンやそれに準ずる生物は独自の言語を持つばかりか人語を理解するものが多いが、この世界に転移して来た異世界の飛竜は、少なくとも人語を解することはできないようだ。
これは無理かな、とマコが諦めかけた時、ふと、何かのイメージを捉えた。これは……
「……卵?」
マコの使える魔法:
発火
発光
発熱
冷却
念動力 ─(派生)→ 物理障壁(new)
遠視
瞬間移動
念話
発電




