4-6.魔力に関する問答
一日の予定を終えたマコと付き添いのフミコは、米軍のヘリコプターに送ってもらい、陽の沈む直前の小学校の校庭に降り立った。帰りは、正副の操縦士の他は、シュリとスエノの二人の自衛官二名で、女性士官と小銃で武装した兵士はいなかった。どうも、士官はマコの魔法調査の件の責任者らしく、次の訪問のために今もいろいろと準備をしているらしい。二名の兵士は士官の護衛だったようだ。
操縦士はこの件の専属と言うわけではないらしい。操縦席から出てこないので顔は判らないが、帰路の操縦士は二人とも魔力を纏っていた。
「それでは、次は三日後にお迎えに上がります」
ヘリコプターから少し離れた所でシュリとスエノは、マコとフミコの二人と握手し、ヘリコプターへと戻って行った。
マコとフミコが充分離れたのを見計らってから、ヘリコプターは飛び立った。
「フミコ、お帰りなさい」
「マコさんもお疲れ様」
去って行く飛行物体を見送る二人の背中から声が掛けられた。振り返るとそこにはフミコの両親が立っていた。ヘリコプターがマンションから見えてからにしては早いから、時間を見計らって迎えに来たようだ。日帰りとは言え、得体の知れない場所に娘を送り出すことは心配だったのだろう。
「お母さん、お父さん、ただいま」
フミコは二人に歩み寄った。
「大変だったでしょう?」
「ううん、私は付き添いだから、全然。大変だったのはマコちゃんよ。ね」
振り返るフミコに、マコは苦笑いで答えた。
「確かに大変だったかなぁ。実験動物扱いで。小父さん、小母さん、フミコさんを一緒に行かせてくれて、ありがとうございました。とても心強かったです。これからもよろしくお願いします」
マコは随伴者の二親に丁寧に頭を下げた。
「最終的にはフミコが選んだことだ。マコさんは気にしなくてもいい。今日は本条さんも迎えに来たがっていたのだが、彼女も忙しいからな」
フミコの父が言った。
「はい、解っています。それより早く帰りましょう」
もう十一月だ。すぐに暗くなってしまうだろう。実際、太陽はヘリコプターが飛び立つのとほぼ同時に沈んでいる。
「足元危ないから、照らしますね」
マコは言って、光球を作って足元を照らした。
「それなら私も。練習にもなるし」
フミコもマコに倣う。
「魔法に意識を集中し過ぎて、躓かないよう注意してくださいね」
「はい、先生」
「だから教室の外で『先生』はやめて~」
そんな他愛のないじゃれ合いをしつつ、二つの光球に案内されるように、四人はマンションへと歩いた。フミコの両親が何やら複雑な顔をしていたのは、娘がごく自然に魔法を使っているからか、歳下の女の子を『先生』と呼んでいるからか、それとも今後も米軍基地へ行かせることに憂いを感じているのか。彼らの表情を見ていないマコには解らなかった。
マンションまでの道を半分ほど過ぎた頃、行く先から近付いてくる光が見えた。何だろう?と不思議に思いながらも歩いていると、それは手に提灯を持った人だった。
「レイコちゃん? 迎えに来てくれたの?」
マコの足は、自分でもそうと知らないうちに小走りになり、迎えに来たレイコに駆け寄った。マコ自身も自覚していなかったが、フミコの両親が迎えに来ていて自分の母親がいないことに、淋しさを覚えていたのかも知れない。
「もう、家で待っててくれればいいのに」
嬉しさを隠し切れていない声で、マコは言った。
「暗くなって来たから、心配になって。でも考えてみれば、マコには提灯なんて必要なかったかもね」
マコの前に灯っている光を見て、レイコは笑った。
「まあね。でもありがとう。来てくれて」
後ろから、粕河家の三人も追いついて来た。レイコも向き直って五人で歩き出す。
「本条さん、来られたのですね」
フミコの母が言った。
「ええ。今日の仕事は済んだので」
「その提灯、どうされたのですか?」
フミコの父が聞いた。
「マンションの倉庫にありました。管理人さんが、あるのを思い出してくれて」
それで、暗くなりかけた道を一人歩いて来てくれたのだと思うと、余計にマコは嬉しくなった。母に愛されているのは知っているつもりだが、こういう時にそれを実感する。
「先生、後の明かり、お任せしていいですか?」
フミコが言った。第三期の生徒なので、魔法を使えるようになってまだ二週間ほど、使い続けるのは大変なようだ。
「はい、いいですよ。後はあたしに任せてください。でも『先生』はやめて~」
マコの苦言に大人たちも笑う。照れを隠すように、マコは光に注ぐ魔力を増やした。五人の頭上に大きな二重の円形の光が灯る。
「これは……昼間と変わらない明るさですね」
「本当に。みんなが魔法を使えるようになれば、随分と便利になりそうですね」
「流石だなぁ。私もこれくらいできるようになりたいな」
粕河家の三人がそれぞれに感心する。
「あはは、今じゃこれしか取り柄がありませんけどねー」
褒められて照れたマコは光の輪を一つ増やし、五人をさらに明るく照らし出した。
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次に米軍基地を訪れたマコは、また検査着一枚に着替えさせられた。今度はCTとMRIの検査を受けることになっている。果たして下着を、金属製のホックのあるブラジャーは兎も角として、ショーツを脱ぐ必要があるのだろうか? 疑問に思いつつもマコは、フミコと二人の女性下士官と二人の女性自衛官が見守る中、女性の検査技師の操作する機械に入って検査を受けた。
昼食も先日と同じく六人で摂った。今日は朝食を抜いていないので、昼食までに腹の虫が鳴くことは無かった。
午後は私服に着替えて、マッドサイエンティストの質問に応じた。
《ほう、その魔力と言うのは、誰にでもあるのかね?》
狂博士の使う言葉はマコにはさっぱり解らない。単に英語が苦手なだけだが。彼の言葉は、主に女性下士官の一人が翻訳してくれた。
「はい、えーと、あたしの周りの人はみんな持ってますね」
《ふむ。私にはどうだい?》
「ありません。この基地には魔力を持っていない人も結構います」
《その違いはなんだと思うかい?》
「それは解っているんじゃ……いえ。異変が起きた時に日本にいた人、正確には、異変の範囲内にいた人に魔力が備わったんじゃないかと思います」
《だろうねぇ。ふむ》
博士はノートパソコンのキーボードを叩く手を止めて何か考えている。次の質問の内容でも考えているのだろうか。
《魔力を感じられるのは、君一人きりなのかい?》
「はい。あたし以外には知りません。日本には一億人以上も住んでいますから、日本中を探せば他にもいると思いますけど」
実際のところ、これまでの魔法教室三期間の生徒たち十五人の中には、他人の魔力を感じられる者もいる。けれど、最初から他人の魔力を感じられたのは、いや、そもそも自力で魔法を使えるようになったのはマコだけだ。ここでは、時間を遡って魔法教室開始前の状況までで話すことに決めている。
《今のところ、君以外に魔法を使える人は確認されていないねぇ》
「この基地にも結構な人がいますけど」
《ざっと一万人はいるけど、君みたいな人はいないね。それで魔力があるのは人間だけなのかな? 他の動物には?》
流石は博士と言うだけあって、それにもすぐに気付くのね、とマコは感心する。
「動物にもありますね。それと、植物にも」
《ほう、植物にも。虫にはあるか判るかい?》
「さあ?」それはマコも考えたことがなかった。「どうでしょう? 今まで虫に魔力があるかどうか見たことがなかったから、判りません」
《ふむ。じゃ、次までに色々な虫を用意しておこう》
え゛……それを全部見るの……?とマコは嫌な顔をするが、変人博士は気にする様子もなくキーボードを叩いている。虫の苦手なマコは、採集が上手くいかないことを祈った。
《しかし、これでアレの説明がつくな》
博士が呟いた言葉を、米下士官は翻訳しなかった。何か問い返している。何を揉めているのだろう?と思っていると、魔力を繋いでいるフミコから念話があった。
〈『火吹き大トカゲ』がどうとか言ってる。それに関連したことを伝えるかどうか揉めてるみたい〉
〈火吹き大トカゲ? それきっと、動物が魔力を使ったんですよね〉
〈そうなのかな?〉
〈うん、多分。揉めてるってことは、機密事項なんですかね?〉
〈さあ? そこまでは判らないけど〉
しかし、どこかで魔法を使う動物が確認されたのなら、マンションの住民たちにも知らせた方がいいかも知れない。
《さてと》
方針が決まったらしく、下士官が下がり、博士が気をとり直したように口を開いた。
《次に君自身の魔法についてだ。この間は、確か、十メートルの範囲で使えると言っていたね》
「はい」
あー、これはあの話かな、とマコは思いながら返事をした。
《ちょっとこれを見て欲しいんだけど》
マッドサイエンティストはノートパソコンの画面をマコに向けた。
その画面に映っていたのは、上空から地上を撮影したと思しき映像だった。家々が立ち並ぶ中に広く開けた場所がある。小学校の校庭だ。そこから立ち上っている逆円錐型の光の柱。
《ここに映っているネオンサイン、これは君の魔法だよね》
「はい、そうです」
《どう見ても十メートルじゃ効かない高さまで伸びているけど、こんなこともできるの?》
いつかは来るだろうと考えていたから、答えは用意してある。
「いきなりは無理です。最初に十メートル以内のところに、自分の魔力をたくさん集めて、それを少しずつ伸ばしていくんです。そうするとこれくらいは伸ばせます。すっごい精神力使っちゃうから、連発は無理ですけど」
《なるほどね》
通訳されたマコの言葉を聞いた博士は、一応は納得してくれたようだ。
それからも、マッドなサイエンティストは魔力について、マコがうんざりするほどの質問を続けた。折角、黙っていればモテそうなのに残念だなぁ、と初対面の時にも考えたようなことを、マコは再び思ったのだった。




