4-2.米軍との接触
「米軍機に何とか降りて来てもらえないかしらねぇ」
食後、食堂で寛いでいるレイコがぼそっと言った言葉をマコの耳が拾った。同居している明坂家の三人には居間を使ってもらっている。LDKなので広い意味では同じ部屋にいるのだが。
キヨミは部屋に戻って何かしている。マコが散歩に連れ出す以外、ほとんど部屋に籠っているのはいつものことだ。
「米軍機って、一日に二回くらい飛んでる、あれ?」
「え? ええ、そうよ」
レイコは、先ほどの呟きがマコの耳に届くとは思わなかったらしい。
「降りて来てもらってどうするの? 今更支援でもないよね」
「ええ。それはもう期待していないわよ。欲しいのは情報ね」
「情報?」
「そう。この辺りは何とか纏まりつつあるけれど(レイコちゃんのお陰でね、とマコは思った)、周りの状況はどうなのか、政府や米軍はどう動いているのか、そもそもこの異変はどの範囲で起きているのか、とかね」
「ああ、そうだね」
裏山の向こう側のコミュニティとは、最近交流ができたので少しは様子が判っている。発端が猟銃の誤射という最悪に近い形ではあったが、その後は良好な関係を築けている。
他にも、マンションの周辺地域とやり取りがあるものの、その範囲は限られている。
周囲の状況が判ったからと言って具体的に何ができるか判らないが、情報がなければそもそもできること、あるいはできないことを考えることすら不可能だ。
米軍がそういった情報を持っているかどうかは判らないが、それを確認するためにはコンタクトを取らなければならない。しかし、マンションの子供たちが通っていた学校の校庭に描いたSOSの呼び掛けは、無視され続けている。
「それならさ、あたしが何とかしてみようか」
「何とかなるの?」
マコの提案にレイコは疑ぐるような目を向けた。
「んー、降りて来てくれるかどうかは判らないけど、注意を引くことはできると思うよ」
マコの提案した作戦──と言うほど大袈裟なものではない──は、次の日に実行されることになった。
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翌日、マコは数人の人々と共に、マンションから一番近い小学校に来ていた。いつも通りなら、あと三十分ほどの間に、直上ではないが上空を飛行機が通過するはずだ。
小学校の校門は閉じられてはいたが、もともと鍵はかかっていないので入るのは容易だ。学校には誰もいない。ここは災害時の避難場所に指定されているので、そのための備蓄庫もあったが、すでに解放され近所のコミュニティに配られている。
もし近くに高層住宅があれば、この校庭もマコの住むマンション前広場と同じようにテントがひしめき合っていたことだろう。そうなっていたら校庭にSOSを書くこともできなかった。尤も、今までにそれが役に立ったことはないが。
マコは“O”の字の真ん中に座って、飛行機が来るのを待った。他の人々も思い思いに座ったり、あるいは立ったまま、話をしている。
「降りて来てくれるかしら」
レイコはマコの隣に座って言った。
「直接降りることはないでしょうけど、気になったらヘリコでも派遣してくれるでしょう」
近くに立っていた男性が言った。マコは知らなかったが、最初の住民会議で上空を飛ぶ飛行機が米軍機であることを指摘した男性だ。
「ですよね。飛行機って、どれくらいの高さを飛んでるんですかね」
なんとなく、マコは聞いた。
「地上の観測が目的でしょうから、五百メートルより上と言うことはないでしょうね」
「そんな上まで届くの?」
レイコがマコを気遣うように聞いた。
「大丈夫。それくらいなら全然余裕」
マコは笑った。
今のマコは魔力を一キロメートル近くも伸ばすことができる。飛行高度がそれに満たないなら、注意を引くには魔法でどうとでもなりそうだ。
「そろそろですかね」
男性が北の空を見上げた。マコも立ち上がった。他の人々もレイコの指示で、SOSの文字を囲むように円形に立つ。
空に機影が見えた。
「じゃ、やるね」
マコは宣言すると、他の人からの答えを待たずに意識を集中する。マコの頭上、一メートルほどの場所に光が灯り、それが上空へと斜めに伸びて行く。出現させた全長一キロメートルほどの光の棒をぐるぐると回転させる。光の軌跡が逆円錐を描いた。
米軍機も気付いたようだ。少し離れたところを通り過ぎる航路を取っていたそれが、マコの魔法に引き寄せられるように進路を変える。マコの周りを取り囲んでいる人たちが両手を大きく振り回した。
「おーいっ」
声も上げる。どうせ聞こえないだろうから声出す必要ないのに、とマコは思いつつ、光の柱を振り回し続けた。
飛行機は小学校の上空を何度か旋回し、それから飛び去った。マコは光を消し、残っている魔力を回収した。
「マコ、疲れてない?」
レイコは中央に歩いてくると、娘を労った。
「うん、今はあれくらいなら楽勝。あれで気は引けたよね」
「確実にこっちを意識していましたね」男性が歩いて来て言った。「あれを無視することはできないでしょう。確実に部隊を派遣しますよ。早ければ一時間もかからないんじゃないですかね」
「それなら、ここでしばらく待ちましょうか。皆さんもありがとうございました。後は管理部で対応します」
いつの間にか『管理部』なんて名前が付いてたんだ、などとマコは思った。
「マコも帰っていいわよ。後はわたしたちで対応するから」
レイコは娘にそう言ったが、マコは首を横に振った。
「来た時、魔法の説明できないと困るでしょ。あたしもいるよ」
「そう? 悪いわね」
円陣を作っていた人々の半分ほどはマンションへと帰ったが、残りはレイコやマコと共に小学校に残った。
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飛行機が飛び去ってから二時間。小学校上空にヘリコプターが現れた。集まっていた住民たち(マンションの住民だけでなく、マコの単色のネオンサインもどきを見た近所の住民も集まっていた)が開けた校庭に、砂を撒き散らしながらゆっくりと降りて来る。
スキッドが接地し、ローターの速度が落ちてから扉が開き、中から四人の人物が降りて来た。
二人の男性軍人が、手に持った小銃の銃口を上に向けたまま扉の左右に立ち、別の男と女の軍人がヘリコプターから住民たちに向けて歩いてくる。その二人に、レイコと管理部の住民たちが向かい合った。
《呼び掛けに応じて戴き、ありがとうございます》
レイコが英語で言ったが、英語の苦手なマコには解らない。辛うじて、“Thank you”を聞き取れた程度だ。
「コンニチハ。ナゾの発光ゲンショウを観測シタとレンラクヲ受けテ、調査にキました。あれはヨビ掛けだったのデスか?」
女が片言の日本語で言った。ここに来るに当たり、日本語のできる人物を選んだのだろう。
「日本語ができるのですね。その方が皆にも解るのでありがたいです。わたしも英語は苦手ですし」
レイコが礼を言うと女は微笑んだ。
それからは、レイコと女が話を進めた。が、その途中でマコが呼ばれた。
「マコ、この方々に魔法を見せてあげて」
そりゃそうよね、と思いながら、マコはレイコの隣に進み出て、出した掌の上に光の乱舞を披露する。
「Oh,スゴいでスね」
女は目を見張り、隣の男も驚いている。ヘリコプターの前で控えている兵士たちにも見えているはずだが、彼らは微動だにしない。
男と女は二人で何かを話してから、レイコに向き合った。
「アナタ方がお望ミノ情報はお教えデキます。代わりとイッテはナンですガ、マコさんにゴ協力イタだきたいのデスが」
「えっと、どんな協力、ですか?」
マコは恐る恐る聞いた。最近は魔法教室の生徒を相手にしているお陰か、以前よりは他人との付き合いのハードルが下がっているマコだが、見知らぬ外国人を相手にするのはまだ気が重かった。
女はレイコからマコに向き直ると、安心させるように笑みを浮かべた。
「難シイことはアリマせん。マコさんに基地に来テいただいテ、身体ケンサをさせてイタだきたいのデス」
マコはびくっと震えた。
「あの、それ、時間かかります?」
「ソウですネ、短くテモ何日間かハかかります」
それはマコにとって容認できない条件だった。自由に連絡を取れるなら兎も角、まともに通信のできない状況でレイコと何日も離れることなど、考えられなかった。
「何日もは、ちょっと……」
マコはレイコの陰に隠れるように後退った。
「それに、この子も仕事があるので、何日も取られてしまうと困るのですが」
レイコもマコが長期間不在になることに懸念を示す。
「宿泊が無理ナラ、迎エにキマスので、通いでモ構いまセンが」
「それでも、毎日は厳しいですね。それでは宿泊しているのと変わりませんから、こちらでのこの子の仕事が滞ってしまいます」
「ソコはこチラも考慮しマス。ソレに、すぐとイウ訳にもいきまセン。ジュンビもありマスから」
レイコは、後ろに身体半分隠れているマコを振り返った。
「マコ、それならどう? 一週間に一日か二日、日帰りで米軍基地に行って協力するのなら」
マコは少し考えてから頷いた。
「うん、それくらいなら。でも、泊まりは絶対しない。泊まることになったら逃げてでも帰ってくるから」
「ありがとう。ごめんね、無理言って」
「ううん、レイコちゃんに協力できるなら」
レイコは安心させるように娘に頷きかけてから、米軍人に向き直った。
「聞こえたかと思いますが、この子も週一、二日、日帰りでしたら協力できるそうです」
「解リマシた。それでは詳シイことを詰めまショウ」
「はい。立ったままでは何ですから、こちらへ」
レイコは軍人たちを小学校の校舎へと誘った。一階の教室を臨時で会合の場にしてある。異変後しばらくしてから、使える物を持ち出すために開放されているらしい。本当なら、教室の使用にあたり学校側の許可が必要なのだろうが、連絡の取りようがないので仕方がない。
軍人たちは、交渉役らしき男女二人が、小銃で武装した内の一人を伴って、レイコたちとの会談に臨むことになった。




