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4-1.臨時授業

 猟銃で撃たれた女性は、出血は酷かったものの一命を取り留めた。咄嗟に魔法を使って手術紛いのことをしたマコは、女性から御礼の言葉を述べられ、誤って撃ってしまった山向こうのコミュニティの猟師から謝罪の言葉を受け、あの時知らせに走っているところに出くわしたミツヨからも泣き付かれた。


 マコの後を引き継いで治療に当たった看護師からは御礼と同時に叱責も受けた。

「いくらなんでも危険すぎます。あなた、医師免許も持っていないのでしょう? 素人判断で命を落としていたらどうするつもりだったんですかっ!」

「はうぅ、ごめんなさいぃ……」

 マコは身を縮めるしかなかった。

「いいですか、人の生き死にに関わって何かがあったら、責任を負ってしまうんです。医師はいいんです。そのために資格もあるのですから。けれど、今回は上手く行ったものの、もしもあの方に万一のことがあったら、あなたは負いきれない責任を背負うところだったんです。無理に手を差し伸べることは無いんです。何もしなければ後ろめたくはあっても責任はありません。けれど、手を出した瞬間に責任がのし掛かるんですから。だから、今後は無理をしないように。いいですね」

「ごめんなさい……」

「謝罪はもう聞きました。今後は手を出さないと、約束できますか?」

「う……できません……」


 今後、同じようなことがあったら、自分がどうするか、それをマコは脳内でシミュレーションしたが、やっぱり手を出してしまうだろう。自分にできることがあるのに、それを行使せずに素通りすることはできそうにない。

 看護師は雄弁な溜息を吐くと、ふっと微笑んだ。

「あなたならそう言うと思いました。だから、これを読んでおきなさい」

 そう言ってマコに手渡したのは、分厚い医学書だった。

「これは……?」

「駄目と言っても、あなたのことだからまた手を差し伸べてしまうでしょう。その時に失敗したら、あなたには責任がのしかかります。だから、できる限り失敗しないように、医学知識を詰め込みなさい」

「あ、ありがとうございます……」

 怒られるだけかと思っていたマコは、思いもよらぬ激励を受けて感激した。差し出された医学書を大切に胸に押し戴く。


「本当、本条さんもだし、母娘揃ってお人好しなんだから。けれど、あなたたち母娘のお陰で、私も、マンションのみんなも、本当に助かっています。ありがとう」

 思いもかけず、女性の手当てとは別の事で御礼を言われて、一瞬マコの脳はフリーズした。

「いえ、あたしはやりたいことをやっているだけなので、御礼を言われるほどのことではないです。レイコちゃんにしても、人を使うことに慣れてるだけで」

 慌てたマコは、レイコのことを“母”と言うのも忘れてわたわたした。

「それでも、本条さんの指導力とあなたの魔法に救われているのは間違いないわ。だから、どうもありがとう」

 丁寧に頭を下げる看護師に対し、マコはあわあわするしかなかった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 その話は、それで終わりではなかった。

「先生」

 マコが水汲みから戻ろうと歩いている時に声を掛けてきたのは魔法教室一期生の一人、ジロウだった。

「なあに?」

「ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど」

「えっと、水置いてこないといけないから、ちょっと待って」

 マコは八階まで魔力を伸ばし、水筒を入れたバッグを家に瞬間移動させた。

「先生の家、何階でしたっけ?」

「八階だよ」

「相変わらず凄いですね。ボクじゃ、そこまで届きませんよ」

「練習あるのみだよ。どこで話す?」

「じゃ、広場のベンチででも」


 短い距離を、マコはジロウと並んで歩いた。もう十月も終わりになるが、広場の木々も、裏山の木々も、紅葉する気配をまったく見せない。元々は、秋になれば紅葉し冬には裸になる木々も数種類はあったはずだが、転移してきた異世界の植物に落葉樹は無いようだ。たまたま、この辺りの変容した木々が葉を染めない種類というだけかも知れないが。

 広場は以前とはすっかり様変わりしている。隅の方から建てられ始めた丸太小屋はすでに十棟ほどが並んでいる。突貫工事もいいところなので後からいろいろと不都合が出て来るだろうが、修繕するか場合によっては建て直すことも視野に入れて、今は兎に角、数を稼いでいる。

 テントは今も多数張られているが整然としており、人が通るための通路も確保されている。


 マンションの正面に走る広い歩道は、以前と変わらずに伸びている。左右の木々は様変わりしたが。アスファルト舗装ではなく石畳なので、異変の後も砂利道に変わることなく残っている。

 その歩道の両脇に置かれたベンチの一つに、ジロウは座った。マコも隣に腰掛けた。


「それで、聞きたいことって?」

 マコはジロウに聞いた。

「率直に聞きますけど、他の人も一緒に瞬間移動するのってどうやればいいんですか?」

「あれ? できないって言わなかったっけ?」

 マコはすっとぼけた。

「聞きました。でもこの間、撃たれた人と一緒に瞬間移動してましたよね?」

 やっぱり気が付いたかぁ、とマコは思った。あの日、部屋に送ってもらった時も何か言いたそうにしていたのは、このことだろう。

「うーん、そうだなぁ、実のところ、できると言えばできるのよね。ただねぇ、危ないし、ちょっと特殊な方法を使わないといけないから、できないって言うのも完全な嘘ってわけでもないのよね」

「そのやり方を、教えてください」


 熱の籠もった瞳でまっすぐに見つめるその視線に、マコは考えた。

(秘密のままにしておいてもいいけれど、それで自分でなんとかして事故を起こしたら不味いし。それなら、正しいやり方を教えておいた方がいいのかな)

 考えをまとめたマコは頷くと、ジロウを見た。

「それじゃ、瞬間移動を行う時の注意事項、覚えているかな」

「はい。えーと、転送元と先で移動するものの形を合わせておかないと切断されてしまうこと。自分の身体を移動させる時、例えば移動先が岩の中だったりすると窒息してしまうこと。空中に移動するとそのまま落下すること。これらを踏まえて、瞬間移動の時は移動先をしっかりと確認できる状況で行うこと」


「うん、そうね。それらを良く覚えておくこと。では次に、物を瞬間移動する時、どうやる?」

「移動したい物を魔力で満たします」

 マコの漠然とした質問にも、ジロウはすぐに返事をした。

「その通り。それじゃ、他人を瞬間移動できない理由は?」

「人の身体はそれぞれ個人の魔力で満たされていて、他の人の魔力を充填できないから」

「うん、そうね。では、他人を瞬間移動させたい時にはどうすればいいでしょう?」

 今までのマコの教えには無い問に、ジロウは顎に手を当てて考えた。


 しばらく石像になったように考えていたジロウは、ふと頭を上げた。

「違っているかもしれませんけど、相手に直接手を触れると、魔力を人にも流し込める?」

「どうしてそう思った?」

 マコは質問を重ねた。

「えっと、怪我した小母さんと担いでた小父さんを瞬間移動させた時、確か先生、首筋に手を当ててたから。思い返してみると、ちょっと不思議に思ったんです。腕を握ればいいのに、なんで首筋?って。あの時二人とも、長袖シャツに軍手をはめてたから」

「うん、正解。良く判ったね」

 マコが微笑むと、ジロウは照れたように頭を掻いた。


「ただし、細心の注意を払わないといけないよ。きちんと全身に魔力を行き渡らせないと、殺人事件になっちゃうから」

「はい。解っています」

「それじゃ、試しにやってみようか。ジロウくんは人間くらいの物も瞬間移動できる?」

「はい、最大で〇・五立方メートルくらいかな? もうちょっと少ないかもしれないけど。あ、距離はまだ五メートル弱です」

「それだけできれば充分ね。じゃ、やってみようか」

「いきなりですか? いつもは先生がお手本を見せてくれるのに」

「それはこの間見せたでしょ。兎に角やってみよう。距離的に、立った方がいいかな」


 立ち上がって手を差し出すマコと、躊躇するジロウ。

「あの……先生、ここで、ですか?」

「場所が悪いかな?」

「悪いって言うか……手を繋いでいるところ誰かに見られたら、恥ずかしいんですけど」

 その言葉を聞き、頭の中で反芻し、内容を理解した途端、マコの顔が真っ赤になった。

「そ、そうね。男と女が恋人でもないのに手を繋いでるとこ、見られたらまずいね。えーとえーと、あ、会議室空いてるみたい。そこ使わせてもらおう」

 マコはジロウの手首を軽く掴むと、瞬間移動した。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 会議室にて、ジロウはマコの左手を握っている。その頬はやや染まっている。以前から、二つ歳上のマコを綺麗だとは思っていたが、つい先ほどのマコの慌てた様子に(先生、可愛いっ)と思ってしまった。そのためかどうか、ジロウの心臓は激しく脈動し、魔力の制御が安定しない。可愛らしい先生に、魔力を上手く流し込めない。


「どうかな。上手くいかない?」

 マコの声に、ジロウの身体がびくっと震える。マコの頬もやや紅い。流石に外で見せた茹蛸状態ではなくなっているが。

「はい。物に注ぎ込むのに比べて、抵抗があるというか……」

「うん、そうかもね。あたしも直接触れないと送り込めないくらい、魔力のガードって強いのよ。それに、あたしってどうも他の人より魔力が濃いらしくて、そこに魔力を注ぎ込むのは難しいのかもね」

「うーん、どうすればいいでしょう」

 マコから手を離して、ジロウは聞いた。これ以上手を触れていたら、心臓が破裂してしまいそうだ。

「そうね、あたし以外の他の子を相手に練習するのがいいのかな」

 兄弟でもいればいいのだが、生憎ジロウは一人っ子だ。元々、第一期の生徒を選択する際、高校生以下の兄弟姉妹のいない子を選んでいた。


「そうですね、ムクオくんにでも頼んでみます」

「そうね。最初のうちはあたしも立ち会うから、練習の時は呼んでね」

「はい、解りました」

 臨時授業が終わる頃には、マコの顔は普段の色に戻っていた。ジロウの頬は、まだ染まっていたが。

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