3-10.治療
その日、マコは狩猟チームと一緒に裏山に入っていた。魔法使いはマコ一人だ。現在、マコは三期目の五人の生徒を相手に魔法を教えている。一期目と二期目の計十人にはすでに教えられることはすべて教えて自主的な訓練のみをさせ、時々その成長具合を確認するだけだ。実力が実用に足ると認めた中学生以上の生徒には、裏山の探索メンバーにも加えさせてもらっている。マコとは違い、必ず二人以上を組にして。
十五人の生徒に魔法を教えて来たマコだが、まだ自分以上の魔力を持つ子供とは巡り合っていない。今は生徒の上限を高校三年生にまで広げているので、“子供”と言ってもマコより歳上の生徒もいるが、誰一人として、マコの足元にも及ばない。それに、マコと同じだけの種類の魔法を使える者もいない。前々からなんとなく思っていたことだが、マコの魔力は人一倍多く、魔法の精度もずば抜けているらしい。
そうなってくると困るのは、後継者の育成である。マコとしては教師役を誰かに任せて、自分は一人、魔法の探求に没頭したいと考えている。しかし、現状、魔法を教えられるのはマコしかいない。魔力量はともかくとして、教えるからにはすべての魔法を使えないことにはどうしようもない。しかし、今までにマコの使えるすべての魔法を使えるのは、ヨシエ一人だ。マコ以上に人見知りで小学生の彼女が教師役を務められるのは、ずっと先になるだろう。
それにもう一つ、他人に魔力を知覚させることができるのがマコ一人しかいない、と言う問題もある。魔力を感じられないことには、魔法を教えるも何もあったものではない。
(いやいや、魔法ごとに教師役を分ければいいか。あたしは魔力を覚醒させるだけの教師ってことにすれば)
そうするにしても、今はまだ無理だ。何しろ、一通り教えた生徒が十人に、教えている最中の生徒が五人。科目を分担するにも人数が足りない。
(ゆっくり考えていくしかないなぁ)
溜息を吐きつつ、魔力による探知で捉えた鳥を電撃で仕留め、手元に瞬間移動で引き寄せる。
「やっぱり嬢ちゃんと来ると狩が楽だな。罠以外にそれだけ獲れるんだから」
一緒に罠を見回っている男性に言われて、マコは照れ笑いした。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
罠を一通り見回り、マンションへ戻ろうと裏山を出たところで、裏山への別の入口からも人が出てくるところだった。向こうは採集チームかな、とマコは思いながら、てくてくと歩いて行く。が、採集チームと思しき人影の様子がなんだかおかしい。八人組だったはずなのに一人しか姿が見えないないし、それにかなり慌てている。その、慌てているのがミツヨらしいことを確認すると、マコは念話で呼び掛けた。
〈ミツヨちゃん、何かあった?〉
びくっとミツヨの足が止まり、マコを振り返る。距離があるので目には見えないが、念話のためにミツヨの頭部を魔力で覆ったマコには、彼女が顔をぐしゃぐしゃにして目から大粒の涙を流しているのが判った。
〈先生、先生、助けてっ〉
涙ながらにマコに方向を変えて駆けてくるミツヨ。
〈落ち着きなさい。何があったの?〉
今までに見せたことのない威厳を見せて、マコは言った。
〈はい、ぐす、おばさんが、ぐす、銃で撃たれたの〉
〈え?〉
一瞬何のことか解らなかったマコだが、以前裏山に入った時に聞いた銃声を思い出した。銃を持つ別のコミュニティの誰かが、動物と間違えてこちらのマンションの住民を撃ってしまった可能性が、すぐにマコの頭に浮かんだ。
〈ミツヨちゃん、マンションに向かって。管理人さんでもレイコちゃんでも誰でもいいから、とにかく連絡して寝床を確保してもらって。あたしもすぐ行く〉
〈ぐす、解り、ました〉
ミツヨが向きを変えて駆け出すのを待たずに、マコは狩猟チームのリーダーを振り返った。
「すみません、あたし、先に行きます。採集チームでトラブルがあったみたいなので」
返事も聞かずに、マコは採集チームが出てくる裏山の入口に向けて瞬間移動した。木々の生い茂る、獣道に毛の生えたような道の向こうに、人が見える。マコはそこまで駆けて行った。先頭を男性が歩き、その後ろに女性を背負った男性がいる。
「すみません」マコは先頭の男性を呼び止めた。「事情は聞きました。怪我してる人と背負ってる人をマンション前まで運びます」
とにかく急いだ方がいい。
「あんたは本条さんとこの……でも、どうやって」
「失礼します」
マコは女性を背負っている男性に歩み寄ると、二人の首筋に手を当てて魔力を注ぎ込んでゆく。同時にマンション前まで魔力を伸ばし、準備を整える。
「では、行きます。ほかの皆さんは後から来てください」
その台詞を言い終わると同時に、マコは二人と共に瞬間移動した。
「おわっ」
男性が思わず声を上げた。一瞬で景色が変わったのだから当然だ。しかし、構っている余裕はない。
「早く中へ」
「あ、ああ」
ちょうど、ミツヨが入口から飛び出して来た。
「あ、先生っ。管理人室にお布団用意してもらいました。あと、看護師さんを探してもらってます」
まだ目に涙が溜まっているものの、少しは落ち着いたようだ。マコは頷き、男性を促して管理人室の奥の和室に敷かれた布団に、怪我人を横たえてもらった。
女性は荒く息を吐いている。腹部には血に染まった布があてがわれていて、傷の深さを感じさせる。このまま看護師を待っていては危ない気がした。
マコは、深呼吸すると、意を決した。
「管理人さん、マスクまだあります? それください。それと手拭いも。それからミツヨちゃん、洗面器に水を汲んできて。それと空の洗面器も。三個ずつくらい」
「俺も持って来よう」
患者を運んで来た男とミツヨが部屋を出て行った。マコは管理人から受け取ったマスクで口を覆い、頭に手拭いを巻いて、さらに鋏を要求する。ミツヨが持ってきた水を魔法で沸騰させて鋏を煮沸消毒し、自分の手も熱い湯にさっと浸す。女性に向き直り、腹部を覆っている布を取って女性の服を切り裂いた。
布は誰かのシャツらしかった。それを、用意された空の洗面器に入れ、もう一つの洗面器を片手に持って、別の手を晒された腹部に当てる。魔力を流し込むと、女性の体内の様子が見えた。思わず込み上げてくる吐き気を、辛うじて堪える。
(えっと、これが多分動脈。これを摘んで血を止める。あと、銃弾は……散弾だよね。お腹の傷、一つじゃなかったし。これね。これを取り除いて……)
マコが持っている洗面器に、女性の腹部から瞬間移動させた散弾が転がった。一個、二個、三個……全部で六個。洗面器を置いて別の空の洗面器を取り、思い付いて、もう一つの洗面器の水を沸騰させる。
「タオルを固く絞っといて」
誰に共なく言い、今度は腹部に溜まった血液を瞬間移動させる。手に持った洗面器が一杯になった。散弾の洗面器の隣に置き、硬く絞ったタオルで腹部の血を拭う。
(あとは血管を……えっと、えっと、確か前に読んだ漫画で、糸の代わりに髪の毛でいいって……)
それが本当のことなのか判らないが、医療漫画だったから大丈夫だろうと、マコは女性の頭から髪の毛を一本引き抜く。お湯に通したそれを体内に瞬間移動、漫画で読んだ知識を元に、念動力で糸を動かしつつ、切れた動脈を繋いでゆく。
「すみません、遅くなりました。患者さんは……」
ようやく、マンションに住んでいる看護師が駆け付けた。しかし、マコはそれどころではない。慎重に、血管に髪を通してゆく。看護師も、マコの鬼気迫る様子に、今声を掛けては不味いと感じたらしく、マコを見守っている。
しばらくして、マコは血管を繋ぎ終わり、血管を押さえていた力を解除した。血液が動脈を流れ始める。幸いにも、漏れたりはしていないようだ。女性の身体から手を離すと、ほっと息を吐いた。これで大丈夫がどうかは判らないが、できるだけのことはやった。あとは外傷の手当てだ。
「どうされたのですか?」
声を掛けられて、マコがびくっと振り向くと、覗き込んでいる看護師と目が合った。
「あ、はい、この方が猟銃で撃たれたとのことで、出血が激しかったので銃弾を取り除いて、中に溜まってた血液を抜いて、傷付いていた動脈一本をこの人の髪で縫合しました。これで持ち直してくれるといいんですけど……」
勢いに任せてやってしまったものの、失敗したらどうしよう、とマコは不安だった。そのマコの不安を取り除くように看護師は力強く頷いた。
「聞く限り、あなたの処置は適切だと思うわ。ごめんなさい、遅くなってしまって。後は私が引き継ぐわ」
「よろしくお願いします」
マコは立ち上がり掛けたが、身体に力が入らず尻餅をついてしまった。
「あっ」
そのまま仰向けに倒れそうな身体を、背後から支える手があった。
「お疲れ様。後は任せましょう」
「先生、ぐす、ありがとう、ございます」
マコの身体を支えてくれたのは、レイコとミツヨだった。一度は泣き止み掛けていたミツヨは、また泣いていた。
「うん。でもまだ、助かったとは言い切れないけど」
マコは二人に抱えられながら、不安そうに言った。
「あなたは精一杯できることをやったんだから、胸を張っていいのよ」
レイコはそう言ったが、そうそう割り切れるものではない。マコは、女性が回復することを切に願った。
管理人室の入口には人だかりができていた。
「あの、さっきの女性はどうなりなした……?」
人々の中にいた見覚えのない二人の男性のうちの、一人が言った。おそらく、銃を撃ってしまった別のコミュニティの人だろう。
「まだ判りません。でも、やるだけのことはやりましたから、回復するよう祈ってください」
力の入らないマコに代わって、レイコが対応してくれた。その場を母に任せると、マコは、ミツヨと、彼女と一緒に採集チームに入っていたジロウに肩を貸してもらって、自分の部屋へと戻った。ジロウは何か言いたそうだったが、マコの様子に結局何も言わず、部屋に送るとミツヨと共に帰って行った。
翌日、目を覚ましたマコは、女性が意識を取り戻したと聞いて安堵の溜息を吐いた。医者でもない自分が勝手なことをして寿命を縮めていたら、と不安に思っていたから。
結果的にマコの処置はプラスに働いたが、この連絡を聞くまで生きた心地もしなかった彼女は、もう二度と人の生死を別けるような場面には立ち会いたくないな、と思うのだった。
すみません、毎日更新が厳しくなりました。
次回から週三回、火曜日・木曜日・土曜日の朝8:00に更新します。
次回、「4-0.広がる通信障害」は、9/4(土)08:00の投稿です。




