3-8.弟子たちの希望
色々と考えた挙句、マコは瞬間移動と念話も含めて、生徒たちに教えることにした。しかし、ここでマコと生徒たちのさらなる違いが明らかになる。
「まずはミツヨちゃんの希望の空を飛びたいって言うのは、今までに覚えた魔力の使い方の一つでできます」
「力、運動エネルギーに変える、ですか?」
「うん、そう。見ててね」
マコは答えたミツヨに頷くと、五人からよく見える場所に立って身体を覆う魔力を力に変えた。マコの身体が重力を無視して、五十センチメートルほど浮き上がる。
「わあ」
イツミがぱちぱちと手を叩き、他の子たちも拍手する。マコはゆっくりと床に降りた。
「一種類の魔力変換だから、比較的簡単ね。ポイントとしては、身体の一箇所じゃなくて、全身を持ち上げること。例えば足だけ持ち上げると、バランスを崩して転んだりしちゃうから。
それと、充分気を付けること。浮かんだまま魔力を使い切ったり、魔力が残ってても集中力が切れたら、落ちちゃうからね。
最初は一センチだけ浮くところから始めてみよう」
これは、全員すぐに覚えることができた。時間的には一秒から数秒程度しか浮いていられないが、瞑想と魔力操作を毎日練習している生徒たちなら、すぐに慣れるだろう。
魔力と集中力の枯渇については安全に関わるため、マコは何度も繰り返し注意した。
「次はムクオくんのファイアーボールね」
「待ってましたっ」
ムクオの元気な声にみんな笑う。
笑いが収まるのを待って、マコは続けた。
「最初にやるのは光球、ライトボールね。火を点けると危ないから。ライトボールは、三つの魔力の使い方でできます。ムクオくん、解るかな?」
「えーっと、光に変えるだろ、魔力操作で動かすだろ、後は……何?」
「じゃ、ジロウくん、あと一つは解るかな?」
「うーん、魔力を身体から離す、かな?」
「はい、正解」
ぱちぱちと手を叩いて、すぐに説明を続ける。
「ムクオくんとジロウくんの言ったように、三つの魔法を使います。魔力球を作って、内側に集めるようにして、外側から内側に向かって光に変えながら、魔力を弾くように動かします。やってみるよ」
マコが出した手の上に光が灯り、それが壁に向けて飛んでゆき、一メートルほどで消えた。
生徒たちも、すぐに使って見せた。複数の魔法の組み合わせとはいえ、それぞれの使い方を今までに何度も練習し、さらに複数の魔法の同時使用も練習していたから、それほど難しくはない。まだまだ飛距離も光っている時間も短いが、今後の練習次第だろう。
「ただ、これって魔力を遠くまで伸ばせるようになると、あまり使う必要はなくなります。魔力を伸ばして直接光らせた方が早いからね」
「じゃ、これって無意味?」
イツミが首を傾げた。
「そうとも言えないよ。魔力を五メートルしか伸ばせなくても、そこから魔力を飛ばせば更に先に届くから」
「オレにぴったりだな。あんまり魔力伸ばせねーし」
ムクオが言った。
「それは、身体から離した魔力をもっと維持できるようになってから自慢しなさい。二秒も保たないんじゃ、飛距離も伸びないよ」
「解ってるよ。これでも毎日練習してんだから」
「それならよろしい」
またみんなの顔が綻ぶ。
「あと、みんな言わなくても解ってると思うけど、火球、ファイアーボールを人に向けたり燃え広がりやすいものに向けちゃ駄目よ。危ないから」
これも、しっかり注意しておく必要がある。魔法は人を傷付けるためのものではないのだから。
「次は、イツミちゃんの遠くの人とお話しするのと、ミツヨちゃんのテレパシーね。ただ、遠くの人とお話しするのは難しいかなぁ」
「ええっ、どうして?」
イツミが不満の声を上げる。
「訓練次第だけどね。えーと」
マコは黒板に向かい、チョークを手に取った。黒板に二人が向かい合った絵を描く。体表の魔力も一緒に。
「まず、自分の魔力をお話ししたい相手に向けて伸ばして、相手の頭を魔力で包みます」
片方の人形から魔力の線を伸ばし、もう一方の頭部を包む円を描く。
「こうして、自分と話したい相手を魔力の線で繋いで、後は頭の中で言葉を思い浮かべるだけ。言葉をできるだけはっきりと思い浮かべた方が伝わりやすいわよ。まずはあたしがやってみせるね」
マコは自分の頭から伸ばした魔力を五方向に分岐させ、五人の頭をそれぞれ包み込んだ。
〈はい、繋げたよ。聞こえる?〉
「わっ。聞こえたっ」
ムクオが思わず声を上げた。
〈ムクオくん、声を出さなくていいよ〉
〈割とはっきりと聞こえますね。もっと聞こえにくいかと思いました〉
ミツヨが言った。声に出していないので“言った”とは言えないかもしれないが。
〈先生、わたしの声、聞こえる?〉
これはヨシエだ。
〈ヨシエちゃん、聞こえてるよ〉
〈でも、みんなの声は聞こえない〉
〈え? そう? ジロウくんとイツミちゃんも?〉
〈聞こえてますが、何ですか?〉
〈先生の声は聞こえるよ。他の人は黙ってるけど〉
マコは、何でだろう?と思ったが、ふいに納得した。
〈全員の声が聞こえないと授業は不便だから、一度切るね〉
魔力を回収したマコは、黒板に書いた絵をチョークで示した。
「念話って、伸ばした魔力を通して相手の頭の周りにある魔力を震わせて声を伝えているの。で、相手が頭で言葉を思い浮かべるとその人の魔力が震えて、それを覆った魔力で感じ取っている」
レイコに頼んで何度か練習台になってもらった結果、こういうことだとマコは理解している。
「だから、あたしからみんなに魔力を繋いだ場合、あたしの声はみんなに届けられるけど、みんなの声はあたしにしか届かないのね」
「じゃ、先生がワタシたちの間も魔力で繋いだら、聞こえますか?」
「うーん、みんなの頭を覆っている魔力があたしのだから、聞こえないと思うけど、実際に試してみようか」
そうして、全員の頭と頭を魔力で繋いでみたが、マコの予想通り生徒たちの間での相互通信はできなかった。
「みんなが念話を使えるようになったら、みんなで魔力を繋ぎ回して会話できると思うよ。まずはそれぞれ、やってみよう」
ミツヨとイツミ、ジロウとムクオを組にして、念話の練習をさせる。ヨシエの相手はマコだ。
ヨシエから伸びてきた魔力が自分の頭を包むのを、頭の周りの魔力で感じ取る。しかし、いつまでたっても声が聞こえない。
〈ヨシエちゃん、聞こえる?〉
自分から言葉を伝えてみるが、ヨシエからの応答はない。
「ヨシエちゃん、聞こえない?」
「……うん。わたしの声も?」
「聞こえないね。他の子はどうかな」
難しい顔で睨めっこをしている四人に聞いたものの、誰も成功していない。
「う~ん、考えられるのはアレかなぁ……」
心当たりと言えば一つしかない。
「先生、アレってなんですか?」
ジロウが首を傾げた。
「うん。あのね、あたしは自分の魔力でみんなの魔力を感じることができるんだけど、みんなは判らないんでしょ?」
「はい」
マコは黒板に描いた絵を示しながら続けた。
「相手に言葉を伝えたり相手の言葉を読み取ったりするのは、相手の頭の魔力を自分の魔力で感じる必要があるんだと思う」
「じゃあ、アタシたちには、無理?」
イツミが聞いた。普段より元気が無くなっているように見える。ヨシエも気を落としているようだ。
「うーん、必ずしもそうとは言えないかな。今のところどうやればいいか判らないけど、他人の魔力を感じられるようになればできると思う。だから、どうすればそれができるか、考えていこう」
「はい」
最初の授業でマコが言ったように、ここはマコから一方的に教えるだけでなく、みんなが考える場でもある。今までにはあまり無かったが、全員で真剣に考える最初のものになるかも知れない。
「最後に、ジロウくんの言ってた瞬間移動ね。これは魔力を二箇所に同じ形に纏めて、これを交換します」
例によって黒板に絵を描きながら説明するマコ。
「ただし、人間や動物は瞬間移動できません」
「どうしてですか?」
「うーんとね、人間だけじゃなくて動物も魔力を持っているって前に言ったよね。瞬間移動させるためには、対象の物にも魔力を満たさないといけないんだけど、元々魔力を持っている身体には別の魔力を満たせないのよ」
これはもちろん、事実とは異なる。けれど、下手をすると人を殺しかねない魔法だから、マコとしてはすべてを教える気になれなかった。しかし、生徒の希望も叶えたい、という思いから、妥協策として意図的に一部を隠すことにした。
「ただ、自分の身体なら瞬間移動できます。元々自分の魔力で詰まってるからね」
それに、今の生徒たちは目視できる範囲でしか瞬間移動を使えない。何しろ、魔力で周囲を見ることができないから、移動先を目で見ておかないと危なっかしい。
注意事項も充分に伝えて、実例を見せてから、実践に入る。マコが最初に試した時のように、消しゴムを右手の前から左手の前に瞬間移動させるだけだ。しかし、念話と同じように、みんな苦戦した。と言うより、出来なかった。
「うーん、なんで出来ないんだろう……」
マコは頭を捻ったが、今度は理由を思い付けなかった。
「みんな光や火や力に変えるのはできたから、魔力をエネルギーに変換するのはできるけど、そうでないのは難しいのかな……あたしもどうすればいいか考えるから、みんなも考えてみて」
「はい」
授業の開始時に比べてみんなのテンションが下がっている。今日の授業は失敗だったな、と思った。マコとしては、自分がそれほど苦労せずにできたことなので、子供たちも同じと思っていた。考えてみれば、子供たちは魔力で他人の魔力や物体を感じ取れないのだから、できないことがある、と言う事実は解っていたはずなのだが。
(でも、一人だけ出来ないんじゃなくて、みんな揃って出来ないんだから、まだ良かったかも)
そこだけは安堵しつつも、次はどうしよう、とマコは考えていた。