3-7.狩猟
狩猟と言っても猟銃も無いため、仕掛けた罠の確認と回収がメインになるので、罠猟と言った方が適切だ。一応、可能ならば交番の警官が付き添ってくれるが、今までのところ腰の拳銃が使われたことはない。角兎を金属バットで仕留めたのは、かなり運が良かった。
出発前に聞いた話では、動物を見かけることは少ないらしい。鳥や、木の枝を渡る小動物を何度か見かけているし、獣道もあれば動物の糞らしきものも落ちているので、結構な数の動物が潜んでいると思われた。実際、罠を仕掛けるようになってから、何種類かの動物が掛かっている。
最初は採集と狩猟は同じチームで行なっていたが、罠猟を始めてから別チームとして編成するようになった。完全分業というわけでもなく、主としてどちらを優先するか、という程度の区分だ。
マコが子供たちと共に参加したのは大人六人の狩猟チームだ。四人で大きな箱のような罠を運び、一人は金属バットを、もう一人は何に使うのか解らない棒を持っている。他にも、縄や鉈など、狩猟に使うのだろう道具を装備していた。その六人について、マコは五人の子供たちと共に森の中を歩いてゆく。
「この辺りでいいかな」
男たちは足を止めると、四人で運んで来た罠を設置し始めた。それを子供たちと見ながら、マコは周囲に魔力を放出した。全方位への魔力の放出は、今では五十メートルは届く。半径五十メートルの範囲の様子が、マコには手に取るように判った。
「あっち、あそこに鳥がいますね」
魔力を回収し、見つけた方向を指し示す。
「鳥? よく判るな」
マコに言われた男は額に手を翳して目を細めたものの、葉が重なり合って見つからない。
「はい。三十メートルくらい先」
「全然見えないな。まぁ、見えても獲りようがないし」
「えっと、あたしが獲っていいですか?」
「あんたが?」
マコの台詞に、男は驚いたが、すぐに頷いた。
「駄目で元々だな。やってみてくれ」
マコは意識を集中し、魔力を回収した時に鳥を監視するために一本だけ残しておいた魔力の糸を通して、大量の魔力を送り込む。鳥の頭の上に魔力を集め、一気に力に変換する。遠くから、何かが落ちる音が微かに聞こえた。
「獲れました。回収しますね」
送り込んだままの魔力を操作して、五メートルほど離れた所に鳥を瞬間移動させ、そこから魔力で浮かせて引き寄せた。手元に瞬間移動させなかったのは、まだ公開する決断をしていないためだ。鳥は、男の足元にぽとりと落ちた。
「結構大きいな。死んでるのか?」
「判りません。頭を殴ったので、当たり所が悪ければ死んでるかも」
そう答えたものの、絶命しているはずだ。そうでなければ、瞬間移動はできないから。
「そうか。うーん、これからは毎日あんたに狩に来て欲しいな」
「毎日は無理ですよ。この子たちに魔法を教えないといけないから」
「そりゃそうか。しかし、魔法使いが増えれば狩に参加してもらえるかな」
「どうでしょう。みんなの成長次第ですね」
マコは断言を避けて答えた。
罠を仕掛け終わるまでにもう少し時間があったので、待っている間にマコは、鳥をどのように見つけ、落としたのかを生徒たちに説明した。
「でもそれ、できるの先生だけですよね」
「ワタシたち、魔力をモノに触れても何も感じないものね」
「獲物を見られれば、できるかな」
「それより先生、ファイアーボールは?」
「木に火が燃え移ったら大変だから、火を使うのは避けたのよ」
「なんだよー。じゃあ、ファイアーボールは狩には使えないのかよ」
生徒たちと問答している間に罠も掛け終わり、課外授業の質問時間は一旦終わりになった。次は、すでに仕掛けてある罠の見回りだ。
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移動中も時々、マコは全周囲に魔力を放出して辺りの様子を探った。獲物を見つけた時には魔法を使って捕えた。ただ、獲物が多過ぎても持ち帰れないため、それほど積極的に狩ってはいない。
その中でマコが考えたのは、獲物の探し方だ。全周囲に魔力を放出して探るのは、探索効率はいいものの、魔力の回収でどうしてもロスが出る。魔力の枯渇を感じるほどではないので無視してもいいのだが、魔力消費も効率化したい。
あれこれと考えた結果、魔力を薄い扇状にして地面に立て、それを三百六十度ぐるりと回して探索する方法を編み出した。要は艦船の水上レーダーのようなものだ。これにより魔力の無駄な喪失を避けられるようになった上、意識を特定方向に向けられるので、探索半径が倍の百メートルにまで広がることになった。
(実際に使ってみて、新しい使い方が判ることもあるね)
他人と顔を合わせるのは苦手なものの、これからも採取や狩猟に同行するのもいいかな、とマコは思った。
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「あそこだな。何か掛かっているかな?」
すでに仕掛け済みの二個目の罠へと一行は近付いていた。ちなみに、一個目の罠には何も掛かっていなかった。遠目には判らなかったものの、近寄るとがたがた動いている。罠に掛かった動物が暴れているようだ。
罠の中には、体長一・五メートルほどの、瓜坊をそのまま大きくしたような動物が掛かっていた。
「大物だな。ちょっと可哀想だが、成仏してくれよ」
騒ぎ立てる動物に向けて、男が箱の隙間から持っていた棒を入れてゆく。
「どうするの?」
イツミが聞いた。
「まあ、見てな」
男は言って、棒の先端を動物の首筋あたりに押し当てると、手元で何か操作した。一瞬総毛立った動物は、罠の中にばたりと倒れ、動かなくなった。
「……死んだんですか?」
ミツヨが恐る恐る聞いた。
「いや、多分気絶しているだけだな。このまま持って帰って、殺すことになるけど」
「可哀想……」
イツミがポツリと呟いた。
マコは腰を屈めてイツミと目線を合わせた。
「可哀想かもしれないけれど、あの子がいるから、あたしたちは飢えずに済むんだよ」
「うん、解ってる」
イツミはこくりと頷いた。彼女も理解はしているようだ。いつの間にか、他の生徒たちも二人の周りに集まっている。マコは、半ば独り言のように語った。
「動物が死ぬ場面なんて普段は、ううん、これまでは見る機会なかったものね。可哀想って思うのも仕方ないよ。でもね、あの子の命のお陰で、あたしたちは生きられる。だから、ものを食べる時には『いただきます』、食べ終わった後は『ごちそうさま』って、お肉になってくれた動物に感謝するんだよ。野菜や果物も一緒。動かないし鳴いたりもしないけど、植物だってちゃんと生きている。その生を奪ってあたしたちが生きるんだから、お野菜を食べる時も感謝するんだよ」
五人は、黙ったまま頷いた。
正直な話、マコは下の二人の女の子が情に流されて泣き出すかと思っていた。しかし、思いのほか落ち着いて、大人たちが動物の足を縛り、運ぶための準備をする様子を見つめている。みんな、強い子だな、とマコは思った。
「すみません、その棒はなんですか?」
しんみりとした空気を変えるつもりで、マコは瓜坊もどきを大人しくさせた棒を持つ男に聞いた。
「ああ、これは手元のスイッチを入れると先端に高圧電流が流れるんだよ」
「そんな道具が残ってたんですか?」
残っていても、コードなどの絶縁部分がなくなって壊れているかと思っていた。
「いや、作ったんだよ。木の棒とか銅線とか、有り合わせのもので」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
言われてみると、無線機を作った人もいる、とレイコから聞いていた。それに比べればスタンガン(スタンロッド?)は仕組みも単純なのだから、作れないことはないだろう。
「よし、罠も仕掛け直したし、次行くぞ」
続けて確認したもう一つの罠にも獲物が掛かっていた。今のところ、仕掛けた罠はこれだけだそうだ。罠を作るにも時間を要しているらしい。
罠で捕らえた大物二頭を大人二人で肩に掛けた棒に吊るし、残る二人の男が、マコが仕留めた四羽の鳥を二羽ずつ持っている。
「今日は大量だな」
「嬢ちゃんが毎日メンバーに入ってくれるといいんだけどな」
少し前に聞いたような話を聞きながらの帰路、一発の銃声が聞こえた。マコと子供たちが後ろを振り返る。
「今の、銃声ですよね?」
大人たちに聞く。
「ああ。別方向から山に入ってる奴ららしい。会ったことはないが、二日に一回くらい聞こえるな」
その時、マコの魔力レーダーに何かが引っかかった。後ろから何かが近付いてくる。獣のようだ。そう大きくはない。
「後ろから何か来ます。角兎、かな?」
マコは角兎の実物を見たことがない。レイコから聞いただけだ。それでも、魔力の捉えた動物は、想像していた姿と少し違ったものの、レイコから聞いた角兎そのものだった。
大人たちが獲物を下ろし、金属バットや鉈を構える。
「待って。ヨシエちゃん、さっきのあたしの言ったこと、覚えてるね。仕留めてみて」
マコは、生徒たちの中から選んだ一人に言った。ヨシエは驚いたように目を見開いた。
「おい、大丈夫かよ」
「大丈夫、あたしがバックアップします」
心配する大人たちを余所に、マコはヨシエを見る。
「大丈夫。あたしがついてる。失敗したら、あたしが仕留めてあげるから、思う通りにやりなさい」
ヨシエは一瞬躊躇ったが、「うん」と小さく頷いて突進してくる角兎に向けて手を出した。距離は既に五十メートルを切っている。真っ直ぐに向かってくる様は、レイコの言った通り兎と言うより猪だ。
どんどん近付いてくる角兎。その距離が二十メートルを切ったとき、ヨシエが小さく声を上げた。
「えいっ」
瞬間、角兎は頭を地面に落とす。しかし、足を止めることはなく、すぐに頭を持ち上げて向かってくる。
「えいっ」
ヨシエがもう一度魔法を使うが、角兎はまったく動きを止めず、横で土埃が上がった。焦ったヨシエの魔力が外れて、力が地面に叩きつけられたようだ。
さらに近付く角兎。ヨシエの額から汗が流れる。
角兎が五メートルまで近付いた時。
びくんっ。
飛び跳ねた角兎が身体を震わせ、地面に激突した。そのまま地面をずどどどっと滑ってヨシエの手前三十センチメートルほどのところで止まった。
「先生?」
見上げるヨシエにマコは微笑んだ。
「もうちょっと魔力を籠めて、強くした方が良かったね」
ヨシエはこくりと頷く。
「先生、今何かしたんですか?」
ミツヨが聞いた。
「鳥を取った時と同じだけどね、力じゃなくて電気に変えてみたんだ」
「そんなこともできるんですか?」
ジロウが驚きの声を上げた。
「さっき小父さんたちが動物を痺れさせてるのをみてね。魔法でもできるかな?って思ったから」
「それでやっちゃうなんて、先生凄いね。アタシなんて毎日練習してやっとだもん」
イツミが言った。
「先生の域に達するのは遠いなぁ」
ムクオも嘆息する。
「魔力操作の練習を毎日こなせば、できるようになるよ。何をするにも、魔法を使うならそれが一番の近道」
「はい」
四人が元気よく答え、ヨシエは黙ったまま頷いた。
獲物の列に角兎を加えて、十二人は今度こそマンションへの帰宅の途についた。
マコの使える魔法:
発火
発光
発熱
冷却
念動力
遠視
瞬間移動
念話
発電(new)