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16-10.旅立ち

 季節は秋から冬へと変わってゆく。敷地の周辺地域の造成と住居の建設も、当初予定よりは遅れているが、少しずつ進んでいる。

 クリスマスには一年前と同じく、敷地中にイルミネーションが灯された。人数の増えた魔法職人の手によって様々な色の魔力灯も増え、夜になると煌びやかな光がコミュニティ全体を照らした。

 地上の木々だけでなく、マンションの建物にも色とりどりの光が灯っているのは、誰かが魔法で光を灯しているか、それとも蓄積型魔力灯を使っているのだろう。


「去年もこうやって話してたね」

 広場の隅のベンチに腰掛けたマコが、隣に座っているマモルに凭れながら言った。

「そうだったな。あの時はマコから魔法を教わるために駐屯地から来ていたんだよな」

「そうだったねぇ」

 一年前を懐かしむように、二人は寄り添ったまま語り合った。


「正直に言うと、俺は最初、魔法を使えるなんて信じてなかったんだよ」

「それは仕方ないよね。でも魔法教室の参加って志願だったんでしょ? 信じてないのに志願したの?」

「まあ、最初は『魔法なんてまやかしに決まってる。どんなもんか暴いてやる』ってつもりだったからな」

「そうなんだ。それが魔法を信じる気になったのはなんで?」

「って言うか、魔法のことはどうでも良くなった。魔法教室の初日にマコに手を触れられた時の衝撃は忘れないよ。あの時、俺はマコを守るんだ、と思った、いや、決めた」

「あたしも、マモルに触った瞬間に気持ち良くなっちゃって、ちょっとぼうっとしちゃったよね、あの時。今思うと、運命の人を見つけた感覚だったよ」


 あの時、二人が手を触れた時から、二人の時間が始まった。あれから一年。マモルが駐屯地からの輸送任務に必ず入るようになり、マコの誘拐事件を経て自衛官がコミュニティに駐留するようになり、マモルはマコの護衛として常駐することになった。

 それからはずっと一緒だ。海辺のコミュニティに行った時も、欧州で人命救助をした時も、ツノウサギの群に対抗した時も、いつも一緒だった。


「これからも、ずっと一緒にいてね」

「もちろん。何があっても離れないよ」


 クリスマスの夜は、新婚夫婦を優しく包んだまま更けていった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 年が明けてしばらく経ってから、全国に魔法を広めるためにマコが日本を巡る旅に出ることが公表された。数日ならともかく、数ヶ月単位で留守にするとなると、公表しないわけにはいかない。何しろマコは、コミュニティの要となる人物の一人なのだから。

 それからしばらくして、魔鉱石の情報も開示した。


「先生、どうしてもっと早く教えてくれなかったんですかっ」

 魔鉱石についての情報を公開した後、真っ先に文句を言いに来たのはイツミだ。

「これがあったら、もっと遠くまで念話が届くんでしょっ?」

「ごめんね。数が十分じゃなかったからね」

 マコは笑いながら謝り、さらに言葉を続ける。

「でもね、感知できる距離は、百メートルから五百メートルくらいだよ。それだと、距離が足りないんじゃない?」

 ほとんどが、魔鉱山に詰めている自衛官から得た情報だ。マモルのような一キロメートル以上の感知距離を持つ人は今のところいないし、四百メートル強の感知距離のシュリやスエノも優秀な部類に入る。


「でも、先生はもっと遠くでも判るんでしょ? どうせ」

「どうせとか言わない。その通りだけど」

「やっぱりね。それで、先生はどれくらい離れても判るの?」

「百キロ近くはいけるね」

「へ?」

 イツミは口をあんぐりした。

「他の人たちはせいぜい五百メートルなのに、先生は、百キロ?」

「百キロにはちょっと足りないんだけどねー」

「それだけ差があったら、それくらいの違いは大したことないよー。でも、先生がそれだけ離れてても判るんなら、アタシも二キロくらいは頑張れば届くよね?」

「練習次第でいけると思うよ」

「よしっ。頑張るぞっ」

 イツミはふんすと両手を拳にして力を込める。


「距離もだけど、魔鉱石に込めた魔力の操作もできるようにならないと駄目だよ。ペンダントとか指輪にしても、頭まで魔力を届かせないといけないから」

「それはなんとかなると思うよ」

「どうして?」

 マコは悪戯っぽい笑みを浮かべて聞いた。

「形には拘る必要ないんでしょ? だから、ヘアバンドとかバンダナとか帽子に魔鉱石を仕込めばいいもん。ヘアピンでもいいし」

「うん、そうだね」

「ってか先生、判ってて聞いたでしょ」

「まあね。イツミちゃんがどれくらい魔力のことを理解しているか、テストしてみたんだよ」

「じゃ、今のテストは合格?」

「もちろん」

「やったっ。これからも頑張るぞっ」

 イツミは握り拳にさらに力を込めるのだった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 マコが長期不在になることが公表されてから、出発の前に面倒ごとは片付けてしまおうと、マコへの作業依頼が増加した。その数は、異変前のブラック企業もかくやというほどで、さすがに根を上げたマコはレイコに相談し、マコへの作業依頼の窓口を管理部に請け負ってもらうことにした。これで、以前より作業は増えたものの、マコの魔法探求の時間を圧迫するほどにはならなくなった。


 忙しい日々を送るマコの元へ、フミコが訪ねて来たのは二月も半ばを過ぎた頃だった。

「マコちゃん、ちょっといいかな」

「はい、どうぞ、入ってください」

 マコは快くフミコを迎え入れた。


 マコは、最近コミュニティ内に広まっている、どくだみ茶っぽいお茶を淹れて、フミコに薦めた。

 フミコはお茶をゆっくりと味わって飲んでから、テーブルの向かいに座ったマコに真っ直ぐ視線を向けた。

「マコちゃん、マコちゃんが魔法を伝えに日本を回る時について行くかどうか、考えておくって、前に言ったでしょ?」

「はい」

 その結論を出したってことかな、と思いつつも、余計な口を挟まずにマコは頷くだけに留めた。


「それなんだけど、わたしはここに残ることにする」

「そうですか……。理由を聞いてもいいですか?」

 頷くだけでは素っ気なさすぎるかな、と思ったマコは、理由を聞いた。

「うん。えっとね、去年、米軍基地にマコちゃんと一緒に行ったでしょ? その時に思ったの。わたしがついて行っても役に立てないなぁって」

「まったく役に立たないってことはないと思いますけど」

「確かにね、基本的にはテキストを見てもらうからと言ったって、質問はあるだろうし、それに答えることはできると思うけど……それはわたしでなくても、一緒に行く四季嶋さんでも出来ることでしょう?」

 それはその通りだ。マコには否定できない。


「それなら、わたしはついて行かずに、ここで出来ることをやりながら魔法の練習を重ねた方がいいと思って。それで、マコちゃんが一度帰って来るまでに、わたしが助けになるくらいの魔法を使えるようになっていたら、その時は改めてついて行かせてもらおうかなって」

 フミコは、自分の想いを、悲観するようでもなく、淡々と言った。

「そういうことなら、はい、解りました。最初は北に行って、それから西に行く前に、一度戻って来るつもりですから、その時までに魔法の鍛錬に励んでください」

「うん、そうする」

 そう言うフミコの目には、やる気が漲っていた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 三月に入って、マコは一号棟の会議室で、護衛の自衛官たちの訪問を受けた。レイコも一緒にいる。また、マコの知らない自衛官も一人いた。

 その、初対面の自衛官が最初に挨拶をした。

「初めまして。自分は、澁皮ゴウキ一尉であります。本日より、矢樹原二尉からマコさん護衛の任を引き継ぎ、魔法拡散の旅にも同行します。よろしくお願いいたします」


 事前の連絡は何もなかったので、マコは驚いた。レイコを窺うと、彼女も聞いていなかったようだ。

「えっと、澁皮と言うことは、もしかして……?」

 マコは質問しつつ、ちらりとシュリを見た。

「はい、自分たちは夫婦です」

 にっこりと笑顔を見せるシュリ。やっぱりそうなんだぁ、とシュリとゴウキをちらちらと見比べるマコ。階級も同じということは、年齢もそう変わらないのだろう。

 美女と野獣の夫婦だね、とマコは失礼なことを思った。ゴウキは隊服の上からも判るほど筋骨隆々とした男だが、野獣は言い過ぎだ。


「今回の配置転換には意味があるのですか?」

 レイコが、マコよりずっと実際的な質問をした。この質問にも、シュリが答えた。

「はい。マコさんが旅に出る際、護衛が四季嶋二尉だけでは不安があります。自衛官と言えど休息は必要ですし、四六時中気を張っているわけにもいきませんので。

 ですので他に何人か護衛をつけたいのですが、自分と矢樹原二尉では、男女のバランス的にトラブルを引き寄せることになってしまうのではないか、と。

 それを考慮しての交代です」


 なるほど、とレイコは納得した。

「それ以外にも、可能なら夫婦があまり長期間離れるな、という駐屯地司令の計らいもありますが」

と、シュリはやや照れながら付け加えた。その言葉に、場も和んだ。

「解りました。矢樹原さんも、ここの警備任務には当たるのですよね?」

「はい。交代制なのでずっとではありませんが、ここの警備も任務の一つです」

 レイコの質問に、スエノは笑顔で答えた。


「解りました。澁皮さん、あ、ゴウキさん、これからよろしくお願いします。シュリさんとスエノさんも、これからもよろしくお願いしますね。あ、マモルもね」

 マコが自衛官たちに言い、レイコと自衛官たちも最後の挨拶をして、マコの護衛の変更の件は終わった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 時は過ぎ、四月になった。コミュニティの住民たちが広場に集まっていた。その中心にはマコと三人の自衛官がいる。

「先生、気をつけて行って来てね」

「マコちゃん、元気でね」

 日本全国を巡る旅に出るマコたちを見送りに来た多くの住民たちが、ひと時の別れを惜しんでマコたちに声をかける。散歩に連れ出される以外はいつも部屋に引き籠っているキヨミも、今は外に出て来ていた。


 みんなに挨拶し、握手を交わしたマコは、最後にレイコと向き合った。

「マコ、気を付けて行ってらっしゃい」

「うん。レイコちゃんも無理しないでね。身体壊したりしちゃ駄目だよ」

「マコに心配してもらうほど、歳食ってないわよ」

 母娘は軽く抱き合ってから身体を離した。


「タマも元気でね。レイコちゃんをよろしく」

「グワァゥ」

 腰を屈めたマコは、レイコの足元にいたタマの首筋を抱き、しばらくそのもふもふを楽しんでから立ち上がった。


「それじゃ、行って来るね」

「気を付けて」

 喧騒の中、マコは、三人の自衛官が先に乗った自動車に乗り込んだ。数代目となった自動車は、外見こそ初代から変わらないものの、構造が細々(こまごま)と進化している。

「では、出発します」

 ハンドルを握るゴウキが言って、自動車は静かに走り出した。手を振る住民たちと敬礼する自衛官たちの間を、ゆっくりと進んで行く。


 マコは座席から荷台に移動して幌から顔を出し、離れて行くみんなが見えなくなるまで手を振った。



最期までご拝読いただき、ありがとうございました。

このあと、あとがきを投稿します。

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