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16-7.教科書と米軍基地

 マコがコミュニティに帰って来て三日後、米軍基地から女性士官が再び訪れた。その時には、マコも魔法学習のためのテキストを完成させていた。

 レイコはいつものように、マンションの一号棟二階の会議室に、技官を二人と兵士を二人伴った士官を迎え入れた。

「これが作ったテキストです」

 マコが原稿を女性士官に差し出す。

「思ったヨリ、ウスいですネ」

「長くすると読むのも大変なので、ポイントを絞りました。えっと、大きく四部に分かれてて……」

 マコは、作ったテキストを女性士官に説明する。二人の技官も、一緒にマコの説明を聞く。


 マコは、魔法のテキストを、入門編、基礎編、応用編、魔道具編の四部構成とした。テキスト作成のために色鉛筆も持ち出したが、使ったのは赤色と青色の二色のみ。最初はもっと多くの色を使ったものの、色数を多くすると重要な点が曖昧になることに気付いて二色だけに抑えた。


 入門編は、魔力についての説明と、魔力を感知するための方法、魔力操作の重要性とそれを伸ばす方法など、これだけ知っていれば取り敢えず後は独学でも魔法を習得できるだけの内容を纏めている。

 もっとも、これに関しては推測も多い。何しろ、マコは最初から魔力を知覚していたし、精神集中、瞑想についても『魔力操作が上手く出来るようになる、気がする』だけで実践しているのだから、実際のところは正直、判らない。


 基礎編は、魔力でできる基本的なこと、つまり、エネルギーや炎への変換について記している。魔力操作についても一歩踏み込み、エネルギーへの変換は身体から離した魔力で行うように、特に炎や電気は危険なので、最初は光エネルギーへの変換から習得するように、警告も含めて記載した。自分の書いた内容で怪我をされては、マコも寝覚めが悪い。

 また、魔力(ストア)魔力(フィルム)といった、魔力の種類についても魔力(セルフ)の分だけ説明している。


 基礎編に書いたのは、魔力さえ知覚できれば誰でも比較的容易にできることだが、応用編は、個人差のある魔法、地道な鍛錬が必要な魔法の使い方を纏めた。具体的には、身体浄化や念話、瞬間移動などだ。他人に強制的に魔力を知覚させる方法も、ここになる。

 他人を瞬間移動させる方法は、考えた末に、書かなかった。元々、瞬間移動を会得できる人は少ないし、そこまで至れるなら後は自分で考えろ、だ。同じ理由で物理障壁なども省略した。


 魔道具編は、その名の通り魔道具の作り方を説明している。魔力(セルフ)以外の魔力の区分についてもここに書いた。魔道具を作らない限り、知っている必要はあまりない。

 魔道具にしても、基本的には魔力灯と蓄積型魔力灯だけだ。それ以外は、基礎編と合わせて考えれば簡単に辿り着ける。


 テキストの内容から判るように、マコはすべてを事細かに教えるつもりはなかった。単に時間がかかるというのも一番の理由だが、なるべく少ない知識から各自が自分で応用を利かせた方が、魔法の研究の幅がより広がるという考えもあった。

 何しろ、魔法について判っていることは少ない。多くの人が様々な方面からアプローチした方がいいだろう、とマコは考えている。

 それを考慮して、テキストの内容は必要最小限のことに抑えた。(書きすぎたかな?)とも思うものの、内容が薄すぎて役立たずになっては本末転倒だ。


 一通りざっと説明した後、女性士官は今度はゆっくりとテキストを最初から最後まで読んだ。それから徐に口を開く。

「タニンの魔力を知カクさせる方法デスが、例えバ、ワタシに対して行うコトは可能デスか?」

「できなくはありません。でも、前にも言いましたが、無駄だと思います」

「試すだケデモ、やってイタダけませんか?」

「……いいですよ」


 無駄だと思うけどなぁ、と思いつつも、マコは椅子から立ち上がり、テーブルを回り込んだ。女性士官も立ち上がってマコと向かい合った。

「手を握ってください」

 マコが差し出した両手を女性士官が取る。マコは右手から魔力を流し込み、相手の身体を通して左手へと繋いで循環させる。

「……どうですか?」

 マコは聞いた。

「……何モ感じマセンね」

「やっぱり、駄目みたいですね」

 マコは女性士官から魔力を回収してから手を離した。


「それデハ、こチラの者はどうデショう?」

 士官が技官の一人を指して言った。その男性技官は、部屋にいる五人の米軍人の中で、唯一魔力を持っている。

「その方は、異変の時に日本にいたんですね。それなら、大丈夫だと思います」

 以前であれば、初対面の男性と両手を繋ぐなど恥ずかしくてできなかったマコだが、これまでに何度もやって慣れた。とは言っても、恥じらいはあるが。


 護衛のために壁際に立っているマモルをいつものように意識しつつ、マコは男性技官と両手を繋いだ。

「Oh……」

 男性技官が目を見開いた。

「解ります?」

「Oh,yes……すみまセン、つい英語デ」

「いえ。驚きますよね」

 そう言うマコは、最初から何となく感じていたので、魔力を知覚した衝撃を経験したことはないのだが。


 マコは、男性技官から魔力を引き上げて手を離した。

「後はテキストの入門編をよく読んで、その後で基礎編を読めば魔法を使えるようになります」

「……試してみマス」


 続けて、今後の予定を話し合う。

 情報の対価としての日本語版テキストの印刷は、女性士官が少し考えただけで簡単に承認された。数は、悩んだ挙句、十万部を要求した。内容をごく少量に絞ったので製本したとしても極めて薄いが、あまり大量では保管に困る。しかし、魔法を教えるために全国を回る際、このテキストを数人に一冊程度で配布するつもりなので、少なくても困る。その辺りを勘案しての数だ。場合によっては、増刷してもらうことも、約束した。

 まずマコが手書きしたテキストを米軍で清書し、それをマコが校正してから大量印刷する。同時に英訳も行うが、それは米軍・米国にすべて任せる。


「モウ一つ、お願イシたいのデスが……」

 女性士官が控え目に言った。

「何でしょう?」

 レイコか促した。

「米軍基地に残ってイル軍人、民間人に、魔力を感知させてイタダけないデしょうか?」

 レイコはマコを見た。回答は任せるようだ。

「えっと、何人くらいいます?」

「一部ハ本国にキカンしたノデ、六千五百人ほどデス」

 ちょっと多いな、とマコは思う。少し考えてから、マコは米軍士官に頷いた、


「はい、解りました。ただし、条件が二つ。一つ目に、まずこのテキストの入門編を理解してもらうこと。二つ目に、誰かが他人の魔力感知能力を引き出せるようになったら、あたしの仕事はそこで終わり。どうでしょうか?」

「それでカマイません」

 士官はすんなりとマコの条件を受け入れ、大枠はそれで合意した。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 魔法テキストの校正は、マコが米軍基地に赴いて行うことになった。印刷したものをいちいち空輸して確認していたら時間がかかりすぎるし、ヘリコプターの燃料も無駄だ。自衛隊が琉球国を経由した情報によると原油価格は下落しているそうだが、そもそも世界の市場全体が混乱しているので、一概に安価になっているとは言えない。


 マコは、特別魔法教室やほかの細々とした仕事を調整して、米軍基地に足を運び、テキストの校正を行なった。フミコも同行して、生徒の視点から意見を出した。


 数日後には米軍から、上質紙に印刷され製本されたテキストが届けられた。テキストは、マンションの敷地内に専用に建てた倉庫に収納された。専用といっても、人の住む丸太小屋と大して変わらなかったが。


 英語版のテキストは少し構成が変わり、他人に魔力を知覚させる方法が、応用編から入門編へと移動された。各個人の魔法の習熟よりも、全体の魔法使いの数を増やすことを主眼に置いた形だ。そもそも自力で魔力を知覚できる人がどれくらいの数になるか判らないが、それができる人ならば、他人の魔力知覚を促すこともできるだろう。おそらく、ではあるが。


 日本語版テキストは、マコの全国行脚の計画も立てられる前から、当初予定より大幅に増刷されることになった。増刷分は、自衛隊のネットワークで全国のコミュニティに配布される。マコが国内を回る時にも持って行く必要はあるだろうが、その数量は大幅に削減できることになる。


 コミュニティでは、特別魔法教室の回数を減らしていた。希望者に限って教えていたが、希望者自体が少なくなったためだ。また、内容的にもテキストの応用編と変わらないので、近いうちに完全に無くす予定だ。

 通常の魔法教室も縮小傾向にある。周辺のコミュニティの人々へも魔法が浸透しつつあるからだ。こちらも、遠方から希望者が来た時に開くか、あるいはテキストを有償あるいは無償で譲渡する形式へと移行していく計画を立てている。


 テキストが出来上がって数日後、マコは米軍人や民間人に魔力知覚を促すために米軍基地を訪れた。対象人数が多く、毎日往復するのも大変なので、数日の予定で泊まり込むことにした。

 米軍基地に魔鉱石を仕掛ければ一回の瞬間移動で通える距離だが、魔鉱石の採掘が本格化したとはいえ、量は十分とは言い切れないので、まだ隠している。


 米軍基地へは、もちろんマモルが護衛として同行した。マモルかレイコがいないと、相変わらずマコの精神は不安定になる。いや、試したわけではないが、その危険は極力排された。

 護衛にはスエノも付き、フミコも通訳として一緒に行くことを譲らなかった。


 もっとも、魔法教室を開くわけではなく、米兵によって一列に整列された人々の手を順番に握って行くだけなので、通訳の必要はほとんどなかった。必要があったとしても、在日米軍であるから日本語に堪能な兵士も一人二人ではないし、マモルとスエノも英語を話せる。

 マコの前に一列に並んで、順番にマコに手を握られては立ち去ってゆく米国人の姿を見ながら、フミコはじっと何かを考えていた。

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