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16-6.里帰りの終わり

「昨日も言ったけど、明日帰るね」

 昼食を食べながら、マコは祖父母に言った。

「マコがこっちに来て今日でもう十日か」

 コウゾウが頭の中で日数を数えた。

「マコがいなくなると、寂しくなるねぇ」

 ノリエが寂しさを声にも乗せて言う。


「ごめんね、ずっと居れなくて。今のあたしの生活圏はあっちだから。でも、これからは月に一回くらいは顔を見せに来るよ。レイコちゃんも連れて」

「そうしてくれるとありがたいね。この一年と少し、二人のことが心配で心配で仕方なかったんだから」

「それはレイコちゃんとあたしも同じだよ。それで今回、無理して来たんだから」

「いっそのこと、レイコも一緒にこっちに住んだらどうだ? お前たちの住んでいるマンションにも、家族と離れ離れになっている人はいるんだろう? マコとレイコだけ会いに来ていたら、白い目で見られないか?」


 コウゾウの懸念に、マコは静かに首を振った。

「心配しなくて大丈夫だよ。それに、今じゃレイコちゃんはマンションになくてはならない人だから。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがここに必要とされてるようにね」

「そうか。それなら、あまり無理を言ったら悪いな」

「でも、暮らしにくくなったら、いつでも帰って来ていいんだからね」

「うん、ありがとう」

 娘と孫娘を想うノリエの言葉に、マコは素直に礼を言った。


「今日も一度マンションに帰ってくるのかい?」

「うん。夕方になる前に戻って来るよ。そしたら、南の集落の人たちに挨拶して来る。明日は北の集落に挨拶して、それから帰るよ」

「そう。それじゃ今夜は、ご馳走にしようかね。魔法を使った調理にもだいぶ慣れたし」

「それなら、マンションに帰った時、ツノウサギの肉を少し持ってくるね」

「いいのかい?」

「大丈夫だよ。大発生した時のがまだ残ってるから」


 このコミュニティ近辺は、ウリボウモドキが多くツノウサギは少ない。別の種類の肉が増えるのは、コウゾウにもノリエにとっても嬉しいことだった。

「じゃ、少し休んだら、ちょっとマンションに行ってくるね」

 昼食を終えたマコは、食器をみんなと一緒に片付けながら言った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 翌日マコは、集落の主だった人々を、別れの挨拶のために訪れて回った。本条総本家にも、もちろん挨拶に出向いた。マンションに帰ることを総本家の人々に告げると、曾祖父亡き後の本条総本家の家長である大伯父が、マコに一つの提案を持ちかけた。

「マコ、ここに住む気はないか? いや、住め」

「はい?」

 マコは首を傾げた。そのマコに、大伯父が言葉を重ねる。


「マコはこれからここに住み、その魔法で本条家に貢献するんだ。それでここの秩序が元に戻る」

「あの、大伯父(おじ)さん、何言ってるんだか解らないんですけど」

 そう言いつつも、マコは隣やや後ろにいるマモルが緊張したことが判った。マコはマモルにちらりと視線を送って(大丈夫)と伝え、すぐに前に戻す。


 マコとマモルのやりとりに気付いたのか気付かないのか、大伯父はマコに話し出した。

「本条総本家は、ずっと昔からこの地を治めて来た。もう何百年も昔からだ。ここは本条家が見つけ、拓いたんだから当然だ。総本家が頂点に立ち、すべてを決め、みんなはそれを守る。そうしてこの土地の歴史は続いて来た。

 それが、近代になってから民主化だ資本主義だとの時代の流れで、次第に力を失って、ただの大地主と成り果てた。しかも土地自体も切り売りして地主としての力も弱くなっている始末。

 しかし、マコが魔法があれば、外から隔離されたこの土地で、再び本条一族の力を示せる。だから、マコは、ここに住め」


「いやいや大伯父(おじ)さん、何言ってるの」マコは呆れを隠さない声を出した。「それだったら、一年前に世界が変わった時に、みんなを先導すれば良かったじゃないですか。それをしなかったのに、今更何を言ってるんですか」

「いや、あの時はまだ親父が生きてたから……」

「関係ないですよ。まとめられる人がまとめればいいんですから。大伯父(おじ)さんはまとめられなかったわけでしょ? だからお祖父ちゃんが柄にもなくまとめ役を買って出たんだろうし」


「だからだよ。コウゾウの奴、俺に学がないと思って、三男の分際で親父や長男の俺を差し置いて。本当なら俺に助言だけして裏方に引っ込んでいれば上手くいったものを」

 えー、大伯父(おじ)さんってこんな野心家だったのぉ?とマコは内心で思った。

 周りにいる大伯母や伯従父(いとこおじ)を見ると、みんな目を丸くして大伯父を見ているから、彼の独断だろうとマコは見当を付ける。


「だからマコがここで俺に従えば、それだけ魔法の力があるんだ、他の者も俺に従う。本条総本家が再びこの地の頂点に立てる。そうしろ」

「お断りします」

 はっきりと断ってから、マコは盛大に溜息を吐いた。

「な……おい、そんなことが許されると……」

大伯父(おじ)さんが許すか許さないかなんて関係ありません。最初に言ったように、あたしは今日、帰宅するので、その挨拶に来ただけです。あたしはここを出て行った人間です。頼らないでください」


「そ、そんなことを言って、コウゾウとノリエがどうなっても……」

「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに何かするんなら、二人も一緒に連れて帰りますよ。そして二度とこの地は踏みません。大伯父(おじ)さんたちで何とかやってください。あ、その時はここの人たち全員の魔力を奪っていくのもいいかな」

 最後の脅しめいた言葉は独り言のように言ったが、大伯父の耳には十分に届いただろう。


「じゃ、そういうことで、みなさん、今日はこれでお暇します。今日で帰りますけど、たまにはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会いに来るので、その時はよろしくお願いします。行こ、マモル」

 マコは大伯父がそれ以上何か言う前に、さっさと立ち上がってマモルを伴い、本条総本家を後にした。


「マコ、良かったのか? 大伯父さんにあんな失礼なことを言って」

 外に出ると、マモルが囁いた。

「いいよ。大伯父(おじ)さんにあんな野心があるなんて知らなかったけど。それに、マモルも切れかかってたでしょ? マモルを不快にしたんだもん、あれくらい言って当然だよ」

「でもな、本当にお祖父さんたちに手を出すようなことがあったら」

「大丈夫。暴走してるのは大伯父(おじ)さんだけみたいだし、周りの大伯母(おば)さんや従伯父(おじ)さんたちが止めてくれるよ」

「確かにな。他の人たちは鳩豆顔だったし、呆れているようでもあった」


「でしょ? だから大丈夫。それより、本家が“本条総本家”だったなんて、初めて知ったよ。お祖父ちゃんの生家ってことくらいしか知らなかったし」

「それは仕方ないだろう。マコがここに住んでいたのは小学生前までなんだろう? そんな頃に、遠い親戚も含めた関係なんて、知らなくて当然だよ」

「そうだけどね」

 会話しながら、早く総本家から離れたいと無意識に思っていたマコの歩みは速く、すぐに次の家に着いた。もう一人の大伯父が暮らす本条家だ。


 そこでも別れの挨拶をし、続けて総本家であったことをそれとなく話すと、曾祖父の次男である大伯父は溜息を吐いた。

「兄貴も仕方がないな。時代錯誤としか言いようがない。すまんなマコちゃん、兄貴が変なことを言って」

「ううん、大伯父(おじ)さんは悪くないです。でも、本家の大伯父(おじ)さんがお祖父ちゃんやお祖母ちゃんに何かするようなことがあったら、助けてあげてください」

「マコちゃんに頼まれなくてもそうするよ」


 そんな会話をしているところへ、総本家の大伯母が訪ねて来た。

「マコちゃん、良かった、ここにいた。ごめんなさいね、ウチの人があんなことを言って」

「わざわざそれを言いに? なんかすみません」

 マコは大伯母に頭を下げた。

「マコちゃんはなんにも悪くないよ。ウチの人もねぇ、前はそうでもなかったんだけど、世の中が変わっちゃって、コウゾウさんがここをまとめるようになってから落ち着きがなくなってね。お義父(とう)さんが亡くなった後は、ますますおかしくなって。とにかく、ウチの人には変なことさせないから、マコちゃんは心配することないよ」

義姉(ねえ)さん、オレも協力するよ。マコちゃんにも言ったんだけどな」


「ありがとうね。そうそう、マコちゃんもありがとう。魔法や魔道具を広めてくれて。ワタシは覚えが悪くて魔法で料理は難しいけど、魔道具のフライパンを使えばできるようになったから」

「喜んでもらえて、良かったです。魔法も、毎日少しずつ精神集中と魔力操作の練習を続けていれば使えるようになりますから」

「そうだねぇ。時間を見つけて、やってみるわね」


 それから二言三言の言葉を交えてから、マコは祖父母の家への帰路についた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「兄貴がそんなことを言っていたか」

 総本家での出来事を聞いたコウゾウは溜息を吐いた。

「兄貴がここをまとめてくれるなら、オレは喜んで引くんだがな」

「それは駄目だね。大伯父(おじ)さんじゃ、まとめるんじゃなくて力で抑えるしかできないと思うよ」

「だろうなぁ」

 付き合いの長くないマコでもそう思うのだから、何十年も兄弟として育って来たコウゾウには言わずもがなだった。


「兄貴は惣領として甘やかされて育ったからな。威勢は良くても、実力はないんだよな」

「お祖父ちゃんから見てもそうなんだね。あの勢いだと、何してくるか判らないから、気をつけてね。釘を刺してきたし、いきり立ってるのは大伯父(おじ)さん一人だから何もないとは思うけど」

「心配はしなくてもいいよ。マコはマコの生活を大切にな。素敵な旦那さんもいるんだから」

「えへへ。そんなこと言われたら照れちゃうよ」

 マモルを褒められて、マコは舞い上がった。


 しかしすぐに気持ちを切り替える。表情は緩んだままだったが。

「それで、昨日持って来た魔力機関の説明するね。えっと、まず構造はねぇ……」

 レイコがコウゾウに約束していた魔力機関が完成したのはつい昨日だった。それについて、マコは丁寧に説明する。コウゾウも、孫娘の言葉を真剣に聞いた。


「ガソリンも電池もなしで動くとはね」

「代わりに魔力を使うけどね」

「しかし、事実上、燃料不要だろう?」

「うーん、そういうことになるかな。でも、これに魔力を充填するの、結構大変だよ? 小型にはしたけど、それでも容量凄いから」

 マコなら、数秒で充填できるが。

「少しずつ貯めるさ。すまんな、みんなに魔法を広めた上に、こんな貴重なものまでもらって」

「そう思うなら、有効活用してよね」

「そのつもりだ。何に使うかはしばらく考えるがね」


 コウゾウは笑って孫娘に応じた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 別れの言葉を告げて、目の前から三人の自衛官と自動車と共に孫娘が消えてからしばらく、コウゾウとノリエはその場に佇んでいた。

「……行っちゃったわね」

「……ああ」

「本当に良かった。レイコもマコも無事で」

「そうだな。それにマコは、旦那まで見つけて」

「ええ。幸せになってくれるといいわね」

「そうだな。……さて、オレたちも仕事に戻るか」

「そうですね。娘や孫には負けていられませんからね」

「ああ、オレたちもまだまだ現役だからな」


 孫娘を見送った二人は、日常に戻った。しかしそれは、今までの日常とは違う。娘たちの無事を心配しながら過ごした日々は終わった。これからは、娘たちが訪ねてくる楽しみを糧に生きていける。そこには、二人にとって天と地ほどの違いがあった。

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