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16-5.テントと結界

 マコの郷里での魔法教室は順調と言えた。並行して、魔法を使うためのテキストも作っていった。これまでの指導要綱をベースに、ここでの魔法教室での結果も組み入れて改善する。

(あたしがいなくても、読んだだけで魔力を感知できるように……か。あたしは最初から感じてたから、良く解らないんだよね……他に、あたしが魔力を流さなくても知覚できるようになった人は……)


 これまでのことを思い返すものの、隣のコミュニティを襲った無法者のうちの二人、コミュニティで産まれた赤ん坊の一人、欧州の米軍基地を襲った魔法使い、くらいしか思い当たらない。敢えて言うなら、飛竜、海竜、地竜も魔力を知覚しているはずだ。しかし、竜に聞くわけにもいかない。

 かと言って、他人を襲っていた者たちと連絡を取る手段はないし、赤ん坊はまだ言葉も喋れない。

(結局、あたしの感覚を伝えるしかないってことだよね。仕方がないか)


 悩んで答えが出る類のものでもないので、マコは早々に諦めた。

 それを除けば、今までに何度か書いてきたことなので、テキスト作成は比較的スムーズに進めることができた。


 そしてもう一つ、故郷で魔法を教えている間に、マコにはやっておきたいことがあった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 かん、かん、かん、かん。


 本条家の庭に何かを打ち付ける音が響く。

「ふぅ。マモル、これでいい?」

 テントのロープを固定したペグの具合を、マコはマモルに尋ねた。

「これなら大丈夫。問題ないよ」

「はぁ、三回目でやっと合格できたぁ」

 マコはふぅ、っと大きく息を吐いた。

「あと三箇所あるぞ」

 マモルが笑みを含んだ声音で言った。


「解ってるよ。次は魔法でやってみるね」

「そっちは心配ないんじゃないか?」

 マコの魔力操作の精度を知っているマモルは言った。

「初めてやることだから、練習はしておかないとね。テントの設営だから切羽詰まった状況でやるようなことはないと思うけど、念の為にね」

 マコは、自分の魔力操作に自信は持っていたものの、過信はしていなかった。釘(状のもの)一本を地面に打ち付けるなど、マコには簡単だが、実際に試したことはない。単に、これまで魔法でやったことがないので試したい、という気持ちもある。


 このテントは、特別魔法教室でマンションに戻った時、自衛隊の駐屯地に寄って借りてきた。前日に話を通しておいたので、駐屯地に行った時にはすでに用意されていた。

 寝袋と一緒に借りて来たそれを、マモルの指導の元、マコは何とか一人で張ろうと頑張っている。

 少し離れた隣には、すでに張られたテントがある。スエノが張ったものだ。今夜は、二つのテントに四人が泊まる。


 残る三個のペグのうち、二個を魔法で、一個をハンマーで打ち込んだマコは、少し離れて出来栄えを見た。

「初めてにしては、まともに張れたな」

 マモルがマコの隣で言った。

「マモルの教え方が良かったからだよ」

「マコの覚えが早いんだよ」

「そんなことないって。あとは仕上げだね」


 マコは、テントとは別にマンションから持って来た八本の鉄パイプの中から二本を手に取った。大工に頼んで作ってもらった鉄パイプの一本の長さは一・三メートルほど。形状が微妙に異なり、一本は先が窄められて尖っており、もう一本の先は丸く塞がれている。その二本の鉄パイプを、マコは開口部を合わせて接続し、一本の長いポールにした。

「それが、結界用の道具か」

「うん、そうだよ。根元と先端に魔鉱石を仕込んであるの」

 マコは、二・五メートルほどになったポールを、瞬間移動を使ってテントから少し離れた地面に立てた。ペグと違って中空なので、打ち込むと破損する恐れがある。


 同じように、マコは、全部で四本のポールをテントの周りに、正方形になるように立てた。

「もう少し長くした方がいいかな? 二メートルちょっとだから、マモルが手を伸ばしたら上に出ちゃうよね」

「外に出たら問題があるのか?」

「うん。えっと、結界に触れると外に向かって押し出されるから、一度出ちゃうと入って来られないんだよね。結界の力以上の力で突入すれば抜けられるけど」

「マコの魔力だから、並の人間じゃ無理だろう」

 マコは首を横に振った。


「ううん、あたしのって言うより魔鉱石の蓄積容量に依存するよ。それと、結界の魔力を運動エネルギーに変えちゃうから、何度も叩かれたらその内に結界自体が消えるし」

「色々と制限があるんだな」

「うん。魔法も結局は人間の能力だからね。無制限じゃないよ。じゃ試しにこっち側だけ結界を張ってみるね」

 マコは、二本のポールに仕込んだ四個の魔鉱石を使い、魔力障壁と物理障壁を組み合わせた結界を張った。


「これで大丈夫かな」

「もう結界を張ってあるのか? 見た目は何も変わったように見えないが」

「うん。その二つのポールの間は、あっちからこっちには来られるけど、こっちからあっちには行けないはずだよ。痛いのを我慢して思い切り突っ込めば通れるかも知れないけど」

「へえ」

 マモルがポールの間の何もない空間に歩み寄り、少し手前で止まって手を差し出した。ゆっくりと前に進めてゆくと、途中で弾かれる。


「まさに“結界”だな。こんなことが現実に目の前で実現しているなんて驚きだよ」

 マモルはポールの間の空間をあちこち触りながら言った。

「苦労したんだよ。色々試して。できてみたら簡単だったんだけどね」

「そうだろうな。上の方、少し外側に傾いているのは意図したのか?」

「え?」

 マコはポールを見上げた。マコはポールを垂直に立てたつもりだ。完全な垂直にはなっていなくても、目に見えるほどに傾くとは思えない。


 マコは横からポールを見た。

「傾いているだろう?」

「……そうだね」

「ん? おい、これ、たわんでないか?」

「そんなはずは……あ」

 二本のポールはテントの外側へとゆっくり曲がってゆく。

「あわわわわわわわっ、結界解除っ」

 慌てたマコは、その必要もないのに声に出して、結界の魔力に与えていた魔力(コマンド)を解除した。反動でポールが元に戻り、ぐらんぐらんと揺れる。


「……今の、失敗か?」

「……失敗、だね……対策を考えなくちゃ」

「すぐにできるのか?」

「すぐは無理だね。今夜は魔力障壁だけ試すことにしようか……」

「野営を延期にはしないのか」

「せっかくテント張ったんだもん、やろうよ。シュリさんたちのテントも張ったし」

 マコはスエノの張ったテントを見て言った。


「それに、何日か泊まって危険はないことは確認しているんでしょう?」

 マコが眠っている間も、マモルとシュリとスエノが交代で本条家周囲の見回りをしていることを、マコは気付いていた。マンションにいる時も、三人が昼夜問わず交代で巡回していることを知っている。

「気付いてたのか」

「そりゃね。近くにいれば寝ててもマモルと魔力が繋がったままだから。夜中に眠りが浅くなった時に、ね」

 完全に目を覚まさなくても、魔力の繋がっているマモルがどこにいるのか夢現に判っていたし、眠っている間に接続が切れていれば離れていたことも判る。


「だから、いいでしょ? 物理障壁は展開しておけなくても、危険はないわけだし」

「まあ、構わないかな。いつかは全国を回るんだ、野営も経験しておいた方がいいし、ここなら試すのに申し分ないよ」

「うん」

 返事をしながらも、マコは、結界の失敗の原因と対策を考えなくちゃ、と思っていた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 翌日の目覚めは、普段ほど爽やかではなかった。

「はあ、おはよ、マモル。寝袋って寝ずらいね」

「おはよう。ベッドと布団のようにはいかないさ。眠れなかったか?」

「いちおう眠れたけど、普段の七割程度な感じ?」

「そうか。まあ慣れるしかないな」

 そんな会話をしつつ、本条家の母屋に入り、祖父母たちと朝食にする。


 朝食の後は魔法教室、昼食、マンションでの特別魔法教室とやることは多い。マコがテントをたたみ終わった頃には、陽は西の空に傾いていた。マモルたちの誰かに頼んでも良かったのだが、一人で回収まで試してみたかったマコは、夕方までテントをそのままにしてもらっていた。


 その後で、ようやくマコは、結界失敗の原因と対策について検討した。結界を張った時にポールがたわむ理由は、少し考えただけで予想がついた。

 マコが結界に使う改良型の物理障壁は、《固体あるいは液体が触れると運動エネルギーに変わる》という魔力(コマンド)を与えられている。つまり、魔鉱石を地上二メートルの位置に固定するためのポールに触れた魔力が、常に運動エネルギーに変わってしまうわけだ。

 それがポールをテントから離れる方向へと移動させる。しかし、ポールの下部五十センチメートルほどは土に埋まっているため動くことができず、土から出ている部分は障害物がないために移動してゆき、結果、ポールが傾き、たわんだ。


「だけど、結界の物理障壁は魔鉱石には反応しない。と言うことは、ポールにあたしの魔力を込めておけば……魔鉱石じゃないと魔力(フリー)になっちゃうから無駄か。うーん、ポールを魔鉱石で作ればいいけど、それだと重いし、多分強度的にも不安……ポールに魔鉱石を詰めれば強度は何とかなるけど、重いのは変わらないし……うーん……」

 考えたものの、すぐには対策方法が思い浮かばない。


「まあいいや。すぐにどうにかしないといけないものでもないし。帰ってから色々試してみよう。それより今は、テキストの続きを作らなくちゃ」

 マコの故郷の小さなコミュニティの人々の希望者への魔法教室も、終わりが見えていた。

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