16-3.魔法教室の下準備
その日の夜、あまり遅くなる前にマコはレイコをマンションに送り届け、マコたち四人は祖父母の家に泊まった。
「マコの故郷か。いい所だな」
隣で寝ているマモルがマコに言った。
「畑と田圃しかないけどね」
「やっぱり農家が多いのか?」
「うん。お祖父ちゃんは街の工場に働きに出てたけど」
「そうか。“おじさん”とか“本家”とか言ってたのは?」
「北側の集落に、お祖父ちゃんのお兄さんたちが住んでるの。あ、だから、“おじさん”って呼んでるけど血縁的には大伯父が正しいんだよね」
「なるほど。先祖代々ここに住んでいるのかな」
「いつからかは知らないけど、そうらしいよ。本家も伯父さんの家も結構な広さの農地を持ってるし。お祖父ちゃん家の畑は家の周りだけだけど」
「ってことは、本条家はこの辺りの地主なのか」
「そうなのかな? 考えたことなかったけど、そうかも。本条家って言っても、ここの半分くらいは“本条”だからね。多分、どっかの本条さんが地主なんだと思うよ」
「田舎あるあるだな。みんな親戚とか?」
「だと思うけど、良く解んない。あたしが血縁と思ってるのはお祖父ちゃん家と本家と、本家から別れた大伯父さんの家だけ」
実のところ、その辺りはマコも良く解らない。住んでいたのは小学生前までだし、その後は年に数回訪れるだけだったから、気にしたこともなかった。
本家が他の家に田畑を貸しているのかも知れないし、あるいは本家の土地と思っている農地が借り物かも知れない。
祖父の住むこの家と敷地にしろ、祖父の名義なのか借地なのか、マコは知らなかった。
「でも良かったよ。人は少なくなってたけど、来る途中にいたような“世紀末ヒャッハー野郎”に牛耳られたりしてなくて」
「そういう可能性もあったからな。三方を山に囲まれていて、残る一方も川だから、孤立していた感じなのかな」
「そうだね。唯一の橋も壊れちゃってたし、山は険しくはないけど、獣道しかないし。街が平気だったから、孤立してなくても大丈夫だったとは思うけどね」
「そうだな。ああいう奴らはどちらかと言えば都市部で発生しているようだから、ここまでは来ないのかもな」
「田舎だもんね」
「いい所だよ」
マモルは、最初に言ったことを繰り返した。それが、マモルの本音であると感じて、マコは嬉しくなる。それほど長い間住んでいたわけではないが、自分の生まれ育った故郷だ。“いい所”と言われて嬉しくないわけがない。
「マモル、一緒に寝ていい?」
「一緒に寝てるだろ?」
マモルの返事に、マコは頬を膨らませた。
「意地悪言わないの。いいでしょ?」
「夜の営みは無しだぞ?」
「うん。一緒に寝てくれるだけでいいの」
マコは、マモルの布団に潜り込むと、ぴったりと寄り添って眠りに就いた。
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翌日、マコは朝早く起きると、早めの朝食を摂って集落の集会所へと行った。マモルと祖父も一緒だ。
集会所に着くと、昨夜のうちに作っておいた魔法教室生徒募集の貼紙を、掲示板に貼る。それからマコは、七色の光の輪を空に作った。
「こんなに大きな光を作れるのか」
コウゾウが感心した。
「目一杯やれば一キロメートルは伸ばせるよ。そこまでやる必要ないから今は二十メートルくらいだけど」
「誰でもそんなに使えるようになるのか」
「多分、誰でもってわけにはいかないと思う。個人差があるし、あたしは特別魔力が強いみたいだから」
しばらくの間、空に魔力を送り込み、光を維持する。光らせるだけでなく、動かしてもみる。
「集まってくれるかな?」
「注目はしているな」
朝の早い人たちは、もう畑仕事に出て来ている。その人たちが足を、あるいは作業の手を止めて、マコの作る光を見ている。
「やっぱり光るだけじゃ弱いかな。大声を出したら迷惑だろうし……文字を出そうかな。読みにくいかも知れないけど」
マコは魔力の光の形を変えて、空中に文字を描いた。夜ならともかく、朝の陽射しの中でどれほど読み取れるかは判らないが、ただ光っているだけより注目度は高いだろう。
[マホウ キョウシツ 明日 アサ9ジ カラ]
さらにしばらく待っていると、ちらほらと人がやって来た。
「え? あんた、コウゾウさんとこのマコちゃんかい? どうやって?」
「あ、小母さん、お久し振りです。 魔法で来たんです。正しくは、魔法も使って作った自動車で、ですけど」
「魔法? 確かにこの光とか不思議だけど」
「オレから説明するよ」
祖父が相手を代わってくれる。マコは、またやって来た同年代の少女の相手をする。
「マコちゃん……どうやって来たの?」
「久し振り~。魔法を使ったんだよ。明日からここで魔法教室やるから、興味あったら来てよ。あ、一日三十人だけど、一週間か十日くらいやるからね。生活が便利になるよ」
「便利って、たとえば?」
「ほら、これ」
マコは頭上を指差した。魔法教室のアナウンスの光が灯っている。
「今は蝋燭か懐中電灯を使ってるでしょ? 魔法を使えればこういうのもできるし。他にも火を起こさずに料理できるし、お風呂に入らなくも身体を綺麗にできるし、あと知ってるかな? 魔力懐炉や魔力灯も作れて便利だよ。みんなにも伝えておいて。詳しいことはそこにも貼っておいたから」
その後もぽつぽつと人がやって来て、マコが来ていることに驚いたり、魔法教室のことを聞いたりした。知り合いには、マモルを紹介もした。
もともと人口五百人程度の小さな集落だが、マコが住んでいたのは六歳の頃までだから、知っている人はそう多くない。しかし、集落の人たちはみんながマコを知っていた。レイコが妊娠して高校を中退したことはすぐに集落に広まったから、その産まれた子供であるマコのことも知れ渡っていたし、注目もされていた。
だから、マコは話し掛けてくる人々の半分も覚えていなかったが、魔法教室を経て体得した対人スキルを最大限に発揮して、卒なく相手をした。
小一時間ほど経過してから、マコたちは集会所前での案内を終了した。後は口コミで広がるだろうし、明日以降になれば魔法教室を受けた人からも広まっていくだろう。コウゾウも、昨日はほとんど仕事をしなかったので、今日は仕事を片付ける必要がある。
午後は特別魔法教室のためにマンションに戻るが、それまでの時間を使って、マコはマモルに集落を案内することにした。
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午後には予定通り、特別魔法教室のためにマンションに戻った。それを終えてからコミュニティ周辺で花を摘んで小さな花束を作り、レイコの時間が空くのを待って祖父母の家に舞い戻る。
マコとマモルとレイコは三人で、北の集落の外れにある墓地に、曾祖父の墓参りに行った。マコが物心ついてからの親族の死者は曾祖父が初めてだったが、墓地には法事でマコも何度か来たことはあった。
墓地は、思いのほか綺麗に整備されていた。マコは、日々の生活で墓地まで手が回っていないことを予想していたのだが、それは良い方に外れた。ウリボウモドキの大発生の時にここも被害を受けたらしく、角の欠けた墓石や灯籠が多かったが、倒れたままになっている物はほとんどなく、雑草も綺麗に刈り取られている。
『本条家代々之墓』と彫られた墓石に花を供え、祖母に持たされた線香に魔法で火を点けて上げ、掌を合わせた。
墓地から帰る途中で本条本家にも立ち寄った。マコは、祖父の生家なので『本家』と呼んでいるだけだったが、実のところ、この集落の半数を占める本条一族の総本家なので、ここではかなりの発言力を持っている。集落を一歩出れば、単なる一市民に過ぎないが。
レイコは、マコの知らないその事実を知っていたから、魔法を広めるなら本家にも一言伝えておいた方が話がスムーズに進むだろうと考えていたのだが、反応は芳しくなかった。苦言を呈されたわけではなく、勝手にやってくれ、という態度だった。
以前は本条総本家として大きな顔をしていたが、どうも今は、コウゾウが北の集落も含めて仕切っているらしい、とレイコは伯父の態度を見て思った。
異変の前の仕組みのままだったら今も顔役として振る舞っていたのだろうが、新しい仕組みへの乗り換えに手間取り混乱するところを、コウゾウが一気にまとめ上げたというところだろう。昨日コウゾウに聞いたことと合わせて、レイコは状況をそう判断した。
その日も、せっかく来たのだから、とレイコは夕食時まで生家で過ごした。自衛官たちも一緒に小さな畑を手伝い、縁側に座って冷たいお茶を飲む。
「まとめ役なんて、オレには荷が重いんだけどな」
レイコが本家に行った時に感じたことを補足するような言葉を、コウゾウは口にする。
「かと言って、ほかにやってくれる人もいない。数十人ならともかく、百人単位で人がいると、誰かがまとめないと崩壊しかねないから、誰かがやらなきゃならないんだけどな」
「お父さんは上手くやっていると思うわよ。外から隔離された環境でみんなを一年もまとめてきたんでしょう?」
レイコが父を労うように言う。
「しかし、レイコはもっと上手くやっているんだろう? 昨日、レイコの話を聞いて、ここももっと上手くやれたんじゃないかと思うとな」
「わたしが上手くやれたのは、お父さんが大学まで出してくれたからよ。お陰で経営学を正しく学ぶことができたし、それを応用しただけ。専門教育を受けていないのに三百人からの人をまとめているんだから、お父さんにはその才能があるのよ」
「ありがとうよ。レイコにそう言ってもらえると、まだまだやれる気になって来るよ」
「その意気よ。マコの言うことが正しければ、今わたしたちは、これまでと違う異世界で生活していることになるんだから。その異世界の生活を新しく作っていくと考えれば、意欲も湧いてくるでしょう」
「そうだな。そう思うことにするか」
「そうそう。そうだ、お父さん、マコたちが乗ってきた自動車には興味あるかしら? あるわよね、元々技術者だし」
「技術者と言っても、工作機械の製造だがな。自動車は専門外だよ」
「それでも、エンジン、と言うよりモーターに近いのかしらね、わたしは良く解らないのだけれど、自動車に使っている魔力機関があったら、それで何か作ってみたいんじゃない?」
「それはまあ、そういうものがあればな」
「自動車じゃなくても、耕運機とか、水汲みポンプとか、洗濯機もいいかしら、そう言うものがあれば便利でしょ?」
「まぁ、そうだな」
「それなら、マコに言って一つ作ってもらいましょう。使うには魔法、と言うより魔力操作が必要だけれど、それもマコが教えてくれるから」
「しかし、いいのか? マコが特殊な材料が必要と言うようなことを言っていたが」
「身内へのプレゼントなら、一つくらい構わないわよ」
「まあ、そう言ってくれるなら」
マコの知らないところで、魔力機関が一つ増えることで話はまとまっていた。




