16-2.一家団欒
久し振りに再会した家族の団欒は、夕方まで続いた。途中、集落の住民が祖父母を訪ねて来たり、使っていなかった布団を干したり、昼食の支度をしたりと、間が空くことはあったが、互いの無事も判らなかった状況が解消されて、家の中はほのぼのした雰囲気で満たされた。
シュリとスエノは時々交代で中座し、家の周りを警戒していた。ここではそこまでしなくていいのに、とマコは思ったが、人の目が少ない分、返って危険だと、シュリは譲らなかった。
マモルも警備の交代を申し出ていたが、義祖父母に良く知ってもらいなさい、とシュリが警備担当に入れなかった。
マコが誘拐された話で、祖父母は孫娘の身を心配すると共に、自衛官が三人も護衛についていることにも納得した。異変前であれば、ただの一民間人に過ぎないマコに三人もの護衛は過剰としか考えられないが、今の日本ではマコは重要人物だ。しかも、狙って来たのが国家機関レベルのプロともなれば、三人でも少なく感じてしまうコウゾウとノリエだった。
マコもレイコも、マコの生物学上の男親であるミノルと会ったことは、言葉の端にも乗せなかった。マモルはそのことに気付いたが、それについて口を出すことはしなかった。
マコにとってもレイコにとっても、あの男は自分たちの生活に“いない”存在であり、視界に入って来ない限り、あるいは誰かが意図して話題に上げない限り、意識はおろか無意識にすら上って来ない、まさに路傍の石のような存在だった。
マコを護衛している三人は、ミノルが焼肉パーティーを前にひっそりとコミュニティを立ち去ったことを知っていたが、マコとレイコはそれすら気にしていなかった。誰かが口に出さなければ、彼がコミュニティを訪れたことすら、思い出すこともないだろう。
それほどに、今のレイコやマコにとって、ミノルは、どうでもいい、存在すら忘れられた存在だった。誘拐されたマコが偶然遭遇しなかったら、一生思い出されることもなかっただろう。
話は弾み、気付いた時には陽は西に沈みかけていた。
「そうだ。お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、魔法を使えるように教えておこうか? 色々便利になるよ」
ノリエが夕食の用意をしようと立ち上がりかけた時、思い出したようにマコは言った。
「そんなに簡単に使えるのかい?」
コウゾウが首を傾げた。
「使えるようになるには練習が必要だけどね。魔力を感じるだけなら。あ、でも、きちんと魔法教育のカリキュラム通りにした方がいいかも」
「付け焼き刃で覚えるより、きちんと手順を踏んで覚えた方が後々いいだろうな」
「だよね。じゃ、お夕飯はあたしが作るよ」
マコはにこにこと言った。
「こっちに帰って来た時くらい、休んでなさい」
ノリエが言う。
「あ、ううん、そうじゃなくて、あたしが魔法でお夕飯作るから、お祖母ちゃん見てて欲しいんだ。そうすれば、魔法の便利さが解るから」
「そお? それなら見せてもらおうかしら」
そう言うわけで、夕食はマコが作ることになった。スエノも護衛がてら手伝う。レイコはマモルと一緒に、夕食が出来上がるまで、コウゾウとの近況報告を続ける。シュリは周辺を見回るためにまた外に出た。
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「それにしてもすごかったわね。あなたも見ていたら良かったのに」
ノリエは上機嫌で箸を進めた。
「包丁も使わずに肉や野菜が切れるし、火も起こしていないのにお湯は沸くし、お肉も焼けるし、魔法が使えたら竃もコンロもなくても料理できるわね」
「落ち着きなさい、お客さんたちの前でみっともない」
コウゾウは、興奮する妻を窘める。
「あら、ごめんなさいね。でもあなた、本当にすごかったんだから、マコも、矢樹原さんも」
「それは解るよ。おまえたちが台所に行った後、ずっとこれだったんだから」
コウゾウが箸で指した天井には、丸い光の輪が室内を照らしている。
「ご飯を作っている最中もよ。これは今は、マコが? それともマモルさん?」
「今はあたし」
「俺はまだ、長時間魔法を使い続けるのは無理なんですよ。これはマコには敵いません」
「マモルさんだけでなく、誰もマコには敵わないけれどね」
「これくらいなら、それほどでもないんだけどね」
マモルとレイコに褒められて、マコは照れた。
「これは、誰にでもできるようになるものなのか?」
「うん、異変の起きた時に日本にいた人なら誰でも。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにも魔力はあるよ」
コウゾウに聞かれて、マコはあっけらかんと答えた。
「あ、それで聞きたいことがあるんだけど、今ここのコミュニティってか集落、誰が纏めてるのかな。ここの人たちに魔法を教えたいんだけど」
マコの質問に、コウゾウは妻と顔を見合わせてから口を開いた。
「一応、オレがここのまとめをしているが」
「え? そうなの? 隣組長さんとかは?」
「あの人は町から来た連絡を伝えることと、集落の要望をまとめて町に上げることしかできないからな。指導者をやるのは無理だよ」
「そうなの。それじゃ、大伯父さんや、本家の曾祖父ちゃんは?」
「……あっちはあっちで、自分の家を守ることで頭がいっぱいだったからな」
「そっか。でもそれなら話は早いや。あたし、このコミュニティの人たちに魔法を教えたいの。ここだけじゃなくて日本全国回るつもりだけど」
マコの提案に、コウゾウはふむ、と考える。
「魔法の有用性を知れば、みんな嫌とは言わないだろうが……最初にどう説明するかだな。年配の人には保守的な人も多いから、新しいことを受け入れられない人も多いんだよ」
何かを思い出したように、コウゾウは溜息を吐いた。
「生活が一変しちゃったんだから、そんなことも言ってられないと思うんだけど。まあ、それは置いといて。できれば全員、あ、小学四年生以上にしてるけど、その全員に魔法を覚えて欲しいとは思う。って言っても、希望者だけのつもり。嫌だって人に無理強いするつもりはないよ」
「そうか。しかしどう集める?」
「うーん、そうだなぁ……そうだ。ここって魔力懐炉とか魔力灯ってないの?」
コウゾウは顔に疑問符を浮かべてノリエを見た。ノリエも最初は『?』な顔をしていたが、すぐに手を打った。
「あれじゃないかしら。街から何個か戴いて来た、触ると温かい板と、光る空缶」
「ああ、あれか」
ノリエの言葉で、コウゾウも思い出したようだ。
「魔法の鍛錬を積めば、ああいう魔道具も作れるようになるよ。自動車のエンジンに使ってる魔力機関は特殊な材料が必要になるけどね」
「あれ、マコが作っていたの?」
「うん、そうだよ」
マコは祖母に自慢気な笑みを向けた。
「マコは他にも、魔力電池や魔力扇風機も作っているんですよ。そのお陰と、レイコさんの采配もあって、マンションでの生活はかなり豊かになっています」
マモルが補足した。
「そのことを広めれば、魔法を習いたいと思う人もいるかも知れないな」
コウゾウが考えながら言う。
「それと、あたしがパフォーマンスをやってもいいかもね」
「パフォーマンス? どんな」
「見映えがいいのは、これくらいなんだけどね」
マコは、二人の注目を集めるために掌を上に向けて手を前に出し、天井の光を弱めて掌から何本もの色取り取りの光の柱を立てて見せた。
「あらぁ、綺麗ねぇ」
ノリエが感嘆の声を上げる。
「とまぁ、こんなことをやれば人が集まるでしょ? それで周りの温度を温めるなり冷やすなりすれば、魔法を覚えたくなるんじゃないかな」
マコは掌の光を消し、天井に光を灯した。
「そうだな。それなら場所は、集会所を使ってもらうか」
「集会所って、北と南の集落の間にある建物だよね?」
「そうだ」
「うん、解った。明日は人集めして、明後日から、一日三十人ずつくらいかな。ここって人口五百人くらいだよね」
「いや」
コウゾウは首を横に振った。
「三百人と少しだな」
「あれ? そんなに少なかったっけ」
コウゾウは、ほうっと息を吐いてから言った。
「異変が起こってから、オレがみんなをまとめ出したのが気に入らなかったんだろうな、結構な人数が出て行ったよ。それに、冬の寒さに耐えられなくて亡くなった人もかなりいる。親父もそれで、な」
「え……曾祖父ちゃん、亡くなってたんだ……」
それだけ言って、マコはしばらく口を閉ざした。
「……マコ、マコ、大丈夫か?」
気付くと、マモルが心配そうな顔で肩を掴み、マコの身体を揺すっていた。
「あ、うん、だいじょぶだいじょぶ」
近しい人の死亡を知ったマコは、自分で思ってもみなかったほどに動揺していることに気付いた。振り返ってみると、マコが近しい血縁者を失ったことは、これまでになかった。曽祖母は物心つく頃にはこの世の人ではなかったし、病や事故で亡くなった人もいなかった。
ここに来るまでは、祖父母が無事でない可能性も覚悟していたはずなのに、良く知っている血縁者が実際に亡くなった時の心への衝撃は、マコが予想していた以上に大きかった。
心配そうに見つめるマモルを振り返り、その手を握って「大丈夫」ともう一度言うマコ。
「お茶を淹れ直して来るわね」
「お手伝いします」
ノリエが食器を片付けるのを、スエノが手伝う。
「お父さん、お葬式はしたの?」
レイコが父に聞いた。
「ああ、一応火葬して、お袋と同じ墓に納めたよ」
「そう。マコ、明日一緒にお墓詣りしましょう」
「うん」
母の言葉に、マコは素直に頷いた。