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15-8.寂れた街

「ここはなんだか、寂しい所ですね」

 幹線道路から外れた、片側一車線ほどの道幅の道路に入ってまもなく、そのコミュニティに入って数メートルで、マコは囁くように言った。

 道路の両側に家が連なっていて、数人の人の姿も見えるのだが、一瞥しただけで活気がないことが伝わってきた。一年ほど前まで学校に通うほかは家に籠っていることの多かったマコですらそう感じるのだから、同乗している自衛官も感じているだろう。

 どうしてそう見えるのかと、マコは後席から顔を出して観察する。家は薄汚れていて、一見、人が住んでいるようには見えない。そして、その家から出てくる人も、残らず疲れ切った表情をしている。


「異変で変わった生活に疲れちゃったんですかね」

 誰にともなくマコは言った。

「そうかも知れませんね。ここまで活気がない街は初めてですし、それだけにしては少し不自然な感じもしますが」

 隣に座っていたスエノが答えた。

 異変からすでに一年以上、マコたちはレイコのお陰で新しい生活システムへと移行することができたし、これまで通って来たコミュニティも、慣れない世界で生き抜こうという意思が見えた。


 けれど、ここにはそれがない。それならば、それこそ廃墟になって、人々ももっと惨めな生活に堕ちていそうだが、そこまでは行っていない。にもかかわらず、みんな何かに諦めたような表情をしている。

 かと言って生きることまで諦めたようではなく、農作業をしていたようで、鋤を持っている人も歩いている。

 その割に、道路はがたがたでアスファルトが消えてから手が入ったようには見えない。建物と同じだ。


 こういう所だと魔法を教える前の問題だよね、とマコは思う。この雰囲気では、何かを学ぼうという気持ちになれるとは思えない。

(魔法を教える前に、人の意識を変えるとなると、あたしの手に負えないなぁ。教えるだけならともかく、意識改革となると一朝一夕ってわけにもいかないし。まずは、こういう所は飛ばすことになるかなぁ。それも考えないといけないかな。レイコちゃんにも相談してみよう)


 そんなことを考えているマコを乗せて、自動車は低速で立ち並ぶ家の間を走って行く。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 コミュニティの中の道路の途中の三叉路を前に、自動車は停止した。休憩というわけではない。三叉路の右手側の道からやってきた三騎の騎馬が、道を塞いだためだ。


「おっ、本当に自動車じゃんか」

「だから言ったろうがよ」

「でも随分と不細工だな」


 馬に乗ったまま、三人の男たちが大声で話している。

「何ですかね、あれ」

 マコはスエノに聞いた。

「おそらく、自分たちが強いと勘違いした連中でしょう。さっき家の陰を馬が走って行きましたから、仲間を集めて戻って来たんでしょうね」

「そう言えば、高速で動いている人が一人いましたね。すぐにあたしの魔力の範囲から出て行っちゃったから気にしませんでしたけど」

 猛獣地帯を抜ける時ほど広範囲ではないが、マコは周囲に魔力を張り巡らせていた。警戒の意味もあるが、魔力を広げたままにしておく練習だ。

「マコさん、自動車から降りないでくださいね」

「はい」


 男の一人が馬から降り、馬の鞍からバットを取って、二人から離れて自動車に近付いてくる。

「先を急いでいるので、馬を退けてくれません?」

 ハンドルを握っているシュリが男に向けて言った。同時に、シュリの魔力が自動車の前席と後席を覆う。

〈相手の出方次第では私と四季嶋くんが降りて彼らを制圧。マコさんは自動車から降りないように。矢樹原さんはマコさんを護衛〉

 シュリの念話が四人に届くと、シュリの魔力が引っ込む。マコは頷いて、座席の横に置いておいた、六十センチメートルほどの木の棒を手に取り、外から見えないように膝の前で両手で掴んだ。


「悪いが、ここはオレたちの縄張りだ。そいつから降りて、こっからは歩いて行け。その自動車は、通行料代わりにオレたちが戴いてやるからよ」

 男は、バットを肩に担いでにやにやと笑いながら言った。

「そっちのねーちゃんは置いて行きな」

「後ろの二人の女の子もな」

 馬に乗ったままの二人が声を張った。


「悪いが、それはできない相談だな。さっさと道を空けてくれないかな」

 マモルが自動車から降りて男の前に立った。シュリも降り、マモルとアイコンタクトを取って彼のやや後方に立つ。

 スエノは前席に移動して、自動車をいつでも発車できるようにハンドルを握り、マコは棒を握ったまま後席の中央に移動する。両手を左右に引くと木の棒が左右に分かれ、金属光沢を持った内部が覗く。滑らかに引き抜けることを確認したマコは、手を戻した。刀の刀身が鞘に納まるように、元の棒に戻る。

 そうしながら、魔力の範囲を広げ、警戒も怠らない。


「てめえの意見なんざ、聞いてねぇよ。解ったらさっさと消えな」

 男はバットで肩をとんとんと叩きながら言った。

「聞いていなかったのかな。それはできない」

 マモルが余裕を持った口調で答える。

「だったらくたばりやがれっ」

 いきなり振りかぶったバットを、マモルに向けて勢いをつけて振り下ろす男。思わずマコは息を呑む。結果が解っていても、心臓に悪い。

 マモルはバットを避けもせず、右手を上げるとバットを掴み止めた。


「なっ!?」

 男は驚愕に目を見開いた。

 周囲を自分の魔力で覆っている──そうしていなくてもマモルに魔力を繋いでいるが──マコは、男がバットを振りかぶる前から、マモルが右手に魔力を集めているのを知っていたから、この結果を予想できていた。

 いくら訓練した自衛官でも、大の男が力一杯振り下ろす鈍器を掴み取ることなど不可能だ。しかしマモルは、右手に集めた魔力を力に変えて、バットの勢いを相殺していた。


 そんなことを知らない男は、しかしいつまでも驚愕しているばかりでなく、すぐに第二撃を加えようと、バットをもう一度振りかぶろうとする。しかし。

「くっ、動かねぇっ」

 マモルがしっかり握ったバットを、両手を使っても動かせない。

 マモルは右手を引いた。バットを掴んでいた男は当然引き寄せられて、バランスを崩す。すかさず、その鳩尾に、マモルの左の拳が捩じ込まれる。

「ぐぼっ」

 男はその一撃で地に伏した。


「てめっ」

「やろっ」

 二人の男も馬から下りて、マモルに殴り掛かる。マモルは今度は身体を沈めつつ自ら前に出て男の一人の腹に膝蹴りを入れる。

「ごふっ」

 その間にシュリがもう一人の男の背後に素早く回り込み、手刀を首筋に当てて意識を刈り取った。

「かはっ」


 ほんの一瞬の出来事に、マコはほへぇと目を丸くする。

「さすがは自衛隊ですね。そこらのチンピラじゃ全然相手にならない」

 マコが素直な感想を口にする。

「専門の訓練を受けていますからね」

 答えながらも、スエノは油断なく周囲の警戒を怠らない。マコも魔力を広げたままではあるものの、マモルとシュリが三人の男を容易く調伏したことで、気を抜いていた。


 シュリとマモルは、倒れた男たちを道の端に引き摺っていった。二人ともよほど強く当身を入れたのか、男たちが意識を取り戻す様子はない。

 二人は馬も道路の端に引っ張っていき、そこに放置して自動車へ戻って来る。

「スエノさん、なんか人が近付いて来てます」

 マコの魔力に、人が掛かった。

「ええ。敵意はなさそうだけれど」

 スエノも気付いているようだ。


 シュリとマモルが自動車に乗り込んだ。スエノは速やかに後席に移動し、降りる前と逆にマモルが運転席に、シュリが助手席に座る。

「長居は無用のようね。すぐに出ましょう」

「了解」

 ハンドルを握ったマモルがサイドブレーキを外し、アクセルを踏み込もうとする。

「ま、待ってくださいっ」

 突然、住民の一人が自動車の前に身を投げ出し、土下座した。マモルは急いで、踏みかけていたアクセルから足を離してブレーキを踏む。


「危ないですよ。退いてください」

 先ほどの馬に乗った三人と違い、この住民からは敵意を感じられない。しかし、そろそろ陽も傾きかけていることもあって、先を急ぎたいマモルは言った。

「先に行く前に、話を聞いてくださいっ。話を聞くだけでもっ」

 一度頭を上げた住民はそう言うと、再び頭を地面に擦り付けた。


「聞くだけで済むなら、話す必要もないでしょう?」

 シュリが助手席から言った。

「そうかも知れませんが、この街の苦境をどこかに知らせてくれるだけでもいいんですっ。どうか、話を聞いてくださいっ」

 いつの間にか、ほかの住民たちも自動車を遠巻きに囲んで、状況を見極めようとするかのように、成り行きを見守っている。

 溜息を吐いたシュリは、後席を振り返った。

「マコさん、どうします?」


 この四人の中で、マコは一番幼い。しかし、この旅はマコの旅であり、自衛官の三人は護衛であるから、シュリもマコの意思を最優先に考えてくれる。そうでなければ、自衛官として国民の声を無視するような言動はしなかっただろう。

「聞かなくても、だいたいの事情は推測できますけどね。自動車の前に居座られても困りますし、話を聞くだけでもしましょうか」

「解りました。問題はないと思いますが、気を付けてください」

「はい」


 マコは、椅子の下に戻していた木の棒を握り、それを持って自動車を降りた。先に降りていたマモルとシュリの間に立って、『今は江戸時代かっ』と思うような土下座をしている住民を見下ろす。

「とりあえず立って、話してください」

「は、はい、ありがとうございますっ」

「いや、だから、立ってくださいってば」

 また頭を上げたものの、再び平伏する住民に、マコは内心(やりにくいなぁ)と溜息を吐く。


 なんとか立たせて道の端に寄り、話をさせたところによると、マコの予想した通り、先ほどの騎馬の男たちが、ここの住民から食料を奪い乱暴を働きと、好き放題しているらしい。数はおよそ二十人、馬は十頭程度。

「それで、そのことを誰かに伝えればいいですか?」

「は、はい……その、できれば、奴らを懲らしめてくれれば、と……」

 おどおどと言う住民。マコは今度は内心でなく溜息を吐いた。


「無理ですよ。そりゃね、懲らしめることはできるでしょうけれど、あたしたちはここに永住するつもりはないんです。そいつらをのしたとして、あたしたちが立ち去ったら元の木阿弥じゃないですか」

 自分たちが襲われれば、先ほどのように返り討ちにするし、誰かが襲撃されている場面に遭遇したら、考えるのは後回しにしてとりあえず助けるだろうが、誰かに頼まれて無法者退治をする気はない。


 マンションの隣のコミュニティから助けを求められた時は、まさに襲撃を受けた時点での救助要請だったし、放置しては自分たちにも火の粉が降り掛かる可能性があったから、マンションをあげて救助した。

 その時と今とは状況が違う。


 普段なら対価をもらえるなら協力も吝かではないものの、今は帰郷の途中なので、対価を示されて依頼されても受けるつもりはない。


「だから、あたしたちに頼るよりも自分たちで何とかする方法を考えてください。誰かに知らせるくらいはやりますけど」

「自分たちでと言っても……荒事は苦手な者しか残っていないので……」

「いや、できることはあるでしょう。たとえばそこの三人」マコはまだ転がったままの男たちに視線を向けた。「何で放ってるんですか。縛り上げるなり何なりできますよね? 拷問して残りの奴らの見せしめにするなり、罠を張っておびき寄せる餌にするなり、やりようはあるでしょう」


 なかなかに鬼畜なことを言うマコを、住民は恐ろしい者を見るような目で見た。

(そんな目をしなくても)とマコは思いつつ、相手が震えている間に立ち去っちゃおう、とマモルとシュリにアイコンタクトを取った。

「そう言うわけで、あたしたちには何もできませんので、失礼します」

 マコはさっさと自動車に乗り込んだ。マモルとシュリも乗り込み、ハンドルはそのままスエノが握って、呆然とした様子の住民たちを後に走り出す。


「マコ、あれで良かったのか? 移動魔法教室でここに来た時、気不味くならないかな?」

「仕方ないよ。ここにずっと留まるわけにはいかないし。まあね、残りの奴らがあたしたちを襲ってきたらぶちのめすくらいなら、やるけど」

 マコは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「マコ、何か考えてる?」

 マコの表情に、マモルは聞いた。

「うん? 別に。あ、スエノさん、街を出てもしばらくはスピードを出さないでください」

「はい? はい、解りました」

 首を傾げながらも、スエノはマコに従った。

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