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15-7.中継地点

 一行が着いたのは、ビルの建ち並ぶ街だった。いや、かつては街だった、と言うべきか。今も、ビルが崩れているようなことはないが、人の気配が感じられない。マコの魔力にも、駆け回っている小型の動物は感じられるが、人間のような大きな生物は引っかからない。

 ビルの谷間──あまり高いビルはないので“谷間”は大袈裟だが──を十メートルほど進んだところで、左右前方を進む二頭の馬が止まり、マモルも自動車を止めた。


 騎馬の四人が下馬し、マコたちも自動車を降りる。

「ここから先は、猛獣も入っていかないので、護衛はもう不要でしょう。もっとも……」

 一度、言葉を切った伍関二尉は、三マコを護衛する人の自衛官の顔をさっと見てから続けた。

「先に仰られたように、我々の護衛は不要でしたね。実力を疑ってしまい、申し訳ございませんでした」

 伍関二尉が敬礼し、後ろに並んだ三人も合わせて敬礼した。


「いえ、魔法を使えると言っても信じられないのは当然です。自分も最初は疑っていましたから」

 普通はそうだよね、とマコも思う。そもそも、周囲の状況が変わったからと言って『魔法が使えるに違いないっ』と思い込むマコの方が変なのだ。たまたま、何かの弾みで魔法を行使してしまったのならともかく、使えるかどうか判らない状態で、信念だけで魔法を使えるようになった人間はそう多くないだろう。


「それで、魔法というのは我々にも使えるものなのでしょうか?」

「それは、マコさんから説明いただいても構いませんか?」

「はい」

 シュリに指名されて、マコは前に出た。

「皆さんも魔力を持っていますから、それを感じ取って操作できるようになれば、魔法を使えますよ」

「あの、失礼ですが、あなたは……三人の自衛官はあなたの護衛と伺ってはいますが」

「マコさんは、おそらく世界で最初の、かつ世界最強で最高の魔法使いです」

「最強で最高かどうかは判りませんって」

 シュリの紹介に、マコは照れた。


「最強……先程は自衛官だけが使っていたようですが」

 伍関二尉が疑問を呈した。

「あの程度なら、マコさんが出るまでもない、と言うことです。ですが、我々はずっとマコさんに守られていましたし、だから我々も、落ち着いてあれだけの数の動物に対処できたのですが」

 シュリが、戦闘の最中マコが周りに物理障壁を張っていたことや、そもそも事前に獣の群を察知したのもマコの能力であることを、説明した。

 ここの自衛官たちも、シュリたちの討ち漏らした獣が、見えない壁に追突した場面を見ているから、割とすんなり、その事実を受け入れた。


「お願いがあります。我々に、魔法を使うコツを教えていただけないでしょうか?」

 伍関二尉は、子供のようなマコに──実際、まだ十六歳の子供だ──丁寧な言葉遣いで言った。

「えっと、それより、立ち話もなんですから、座りません? ここなら、猛獣は来ないんですよね?」

 猛獣生息地帯のこちら側に猛獣が入って来ない理由は、定かではないそうだ。こちら側と言うより、都市部と言うべきか。入り組んでいて狩をしにくいからか、動物園の檻の中にいた頃を思い出すためか、単に植物が少ないからか、理由は判らない。

 とにかく、取り敢えず安全なそこに、一行は一先ず腰を落ち着けた。


「えっとですね、少し先の話になるのですが、魔法を日本に広めるために回る予定です。数ヶ月か、もしかすると一年くらい先かも知れませんけど。それを待ってはいられない……ですよね」

「数ヶ月ですか……実のところ、今は補給もなく、いつまで野獣の群に対抗できるか、心許ない状況です。可能なら、コツだけでも、ご教示願えないでしょうか?」

「うーん、急ぐ旅じゃないんですけど、あんまりのんびりもしていられないし……」

 マコは、スエノが竹筒(ホボタケ製)からカップに注いでくれた冷たい水を飲みながら、考え考え、言った。


「正直な話、コツだけ教えても、自力で魔力を知覚するのって無理だと思うんです。あたしの住んでいるコミュニティでも、三千人は住んでますけど、自力で知覚できたのはあたし一人だし」

「ですが、方法はあるんですよね?」

 そうでなければ、シュリたちが魔法を使えないはずなのだから、当然だ。

「そうですねぇ、うーん……」

 できれば、マコは先を急ぎたかったものの、魔法の有効性を見せつけようと、シュリたちに魔法で獣を退治してもらったのだ。ここの自衛隊は、魔法について学ぶより猛獣に警戒することを優先しそうに思えたから。実際に見せておけば、移動魔法教室で訪れた時も、すんなり教育を受け入れてくれるだろう、とマコは考えていた。


 しかし、それも実際に魔法を見たこの四人に限ってのこと。ここで移動魔法教室を速やかに行うなら、この四人を魔法使いにして内部で広めてもらうのもいいかも知れない。

「帰りは遅くなっても大丈夫ですか? えっと、二時間くらい」

「はい、問題ありません」

「それじゃ、四人に魔法の使い方をお教えします。本当は料金をもらうのですけど、ここまで案内してもらったお礼で、今回だけ料金なしで」

「ありがとうこざいますっ」

 シュリたちの魔法の行使を見て、その有効性を知った伍関二尉は、意気込んで頭を下げた。


 マコはその勢いに少し身体を引きつつも、「時間も惜しいので、さっそく始めましょう」と笑顔で言った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 二時間と三十分後、四人の自衛官の敬礼に見送られて、自動車は再び走り出した。今度はシュリがハンドルを握り、マモルが助手席に座って、スエノがマコの隣にいる。

「マコさん、聞きにくいことを聞いてもいいですか?」

 スエノが幌から外に注意を向けながら、マコに聞いた。

「はい、なんですか?」

 マコは快く返事をする。


「他人に魔力の覚醒を促す時にですね、両手を握るじゃないですか。あれって、嫌じゃありません? 知らない男の人と両手を繋ぐって」

 その声が聞こえたのだろう、マモルの肩がぴくっと震える。

「えっと、ここだけの話にしておいてくださいね? 正直な話、あんまり良くはないですね」

 マコは素直に答えた。

「男の人と向かい合って手を握るって言うのが、そもそも恥ずかしいですし、マモルじゃないのが、なんか()です。それに時々、物凄い汗かきの人の手とか握ると、気持ち悪くなっちゃいますし。まあ、そのお陰で身体浄化できることが解ったりもしたんですけど、あまりいいものじゃないです」


「だって。良かったわね、四季嶋くん」

 前席のマモルに声をかけるスエノ。

「自分は、いや、俺は気にしないよ。マコも仕事でやっているのは解っているし、それに、俺は特別だっていつも思えるから」

 マモルは何でもないように答えたが、耳が赤くなっている。マコも身体が熱くなって、顔を手で扇いだ。


「ふふ、妬けるわね。特別といつも思えるって、どうして?」

「それは、いつも、ま……夫婦だからね」

 揶揄うようなスエノの言葉に、マモルは言葉を濁して答えた。

「あたしが言うよ。えっと、あたし、マモルの魔力に触れてるだけで幸せな気分になるんです。って、前に言いましたっけ? それで、今もずっと魔力を繋いでるんです。マモルも、あたしの魔力は心地良く感じてくれてるから、それで、あたしが何をしてても、あたしもマモルが何をしてても、幸せな気分なんです。だから、お互いに特別だっていつでも解るんです」

 マコは、頬を真っ赤にして答えた。


「ふうん、羨ましいわね。魔法って運命の相手と言うか、相性のいい相手も判るのかしら?」

 スエノは揶揄うような口調ではなく、心底羨ましそうに言った。

「それは判りません。そういうの、まだひと組しかいませんし。でも、おんなじ推測をマンションの友達も言っていましたよ」

 あれからフミコは運命の相手を探しているのかな?などと思いながらマコは答えた。


「そうだったらいいわね。わたしも運命の男性(ひと)を見つけられるかも知れないし」

 スエノさんは男に飢えているのかな?などと、マコは少し失礼なことを考えた。


「澁皮さん、そろそろです」

「了解」

 助手席で地図を見ていたマモルが言い、シュリが自動車を止めた。

「ここが、マンションから六十キロメートル地点?」

 マコが前席に身を乗り出して聞いた。

「ああ。かなり大雑把ではあるけどな。マンションの魔鉱石はまだわかる?」

「うん、わかるよ」

 意識しなくても何となく魔鉱石に込めた魔力をマコは感じているが、意識すると、レイコに渡した魔鉱石と、家の玄関に仕込んだ魔鉱石、それに、魔鉱石倉庫に掛けた結界を、はっきりと感じられる。


「それならこの辺りに魔鉱石を……でも、近くには人の住んでいる気配はありませんね」

 スエノが後席から身を乗り出し、双眼鏡を使って周辺を見回した。

「前方に集落が見えるわね。コミュニティを形成しているかも知れない。マコさん、あの集落の五百メートルほど手前でどうでしょう?」

 スエノと同じく双眼鏡を覗いていたシュリが言った。

「そうですね。そこにしましょう」


 マコが頷くと、シュリは自動車を一キロメートルほど移動させた。

 そこでマコは、用意してきた魔鉱石に魔力を目一杯込めると、自動車から降りてそれを地面に置いた。さらに地下に魔力を伸ばし、木箱に入った魔鉱石を瞬間移動させる。マコの足元の木箱が土の塊に変わった。

「終わりました」

「大丈夫か?」

「うん。空洞とか水脈がないのを確認したから、よほどのことがない限り移動はしないと思う」

 木箱も、オイルを染み込ませた上にビニールの木の樹液で覆っている。腐って壊れることもないだろう。壊れたところで魔鉱石はあるのだから、問題はないのだが。


「じゃ、行きましょう。ここで道程の三分の二くらいかな?」

「だいたい、そんなもんだな。なんとか今日中に着けるかな」

 マモルが、傾き始めた陽を見上げて言った。

「何もなければね。澁皮さん、運転代わります」

「お願いね」

 マンションを出た時の座席に戻って、自動車は再び走り出した。

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