15-1.一年の思い出
魔鉱石を大量に入手しても、生活のすべてが突然劇的に変わるわけではない。マコは相変わらず特別魔法教室で希望者に魔法を教え、魔法の鍛錬と更なる探究に勤しんでいる。
もちろん、一時的に増えた仕事もある。まず、入手した魔鉱石を持って海辺のコミュニティを訪れ、漁船の魔力機関を、魔鉱石を使って改良した。マンションや自衛隊で使っている自動車と異なり、漁船の船体は異変前に製造されたものを使っているので強度の問題はなく、最大船速は三倍以上になり、今までより遠方まで漁に行けそうだと漁民たちは喜びに顔を綻ばせていた。
マコも、食べられる魚の種類が増えるかな、と期待した。しかし同時に、改めて海竜や他の生物に気を付けるよう警告することも忘れなかった。
他に、魔鉱山での魔法教室用に作った指導要綱を推敲して、これまでの標準コースの他に簡略コースを用意した。標準コースでは複数日に渡って講義があるので、毎日の往復に苦労するか、数日の泊りがけになるので、一日で終われるコースも作った形だ。今後は、簡略コースの受講者が増えていくことだろう。
希望者に、魔鉱石の小片を配ろうかとも考えたが、それをすると希望者が殺到しそうな気がしたマコは、しばらくは“作った魔道具の効率が上がる石”というだけにして、知っている数人の人間には口止めした。魔鉱山の人々には伝えてしまったが、離れているので彼らから伝わることはないだろう。
魔力機関も新しく作り、まず二台目(自衛隊の分も含めると四台目)の自動車の作製も始まっている。数が増えたら、近隣のコミュニティへの販売も視野に入れられるだろう。
魔鉱石を入手したこととは関係ないが、遅ればせながら、冷風を送る魔力扇風機を作った。羽根の枚数を増やし、半分を動力に使い、残りの半分は冷気を生み出すようにしただけだ。すでに秋口に入っているので、今やそれほどの需要はないが、まだ暑い日はあるし、来年は数を増やすことになるかも知れない。
複数の魔力を使う魔力冷風機のような魔道具を作れる魔法職人はまだ少ないが、今後は増えていくだろう。
魔法の探究の方も少し進んだ。海辺のコミュニティへ行った時に、家の玄関に仕込んだ魔鉱石を使って長距離の瞬間移動が可能なことを確認した。
その後、再び魔鉱山を訪れる時に、その限界距離が魔力を込めた魔鉱石の感知距離である約九十八キロメートルまで伸ばせることが判った。
マコは、近隣のコミュニティ各地や自衛隊駐屯地を訪れ、木製の小箱に納めた魔鉱石を、各コミュニティの近くの地下五メートルほどの場所に埋めた。木箱は、オイルを染み込ませた上でビニールの木の樹液で覆ったので、朽ちることもないだろう。
これにより、マコは各地への移動を瞬時に行えるようになった。
魔鉱山へも、中間地点にも魔鉱石を埋めることで、片道二回の瞬間移動で移動できるようになった。
コミュニティでは、周囲の丘を削って平地にし、宅地へと変える工事が進んでいる。合わせて、下水道の拡張、再整備も進められている。上水道はまだ手漕ぎ式の井戸に頼っているが、元の防災用の井戸以外に新しく掘っている。
マコも、コミュニティも、慣れてきた新しい暮らしをさらに快適にすべく、日々努めている。
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いつの間にか、日本が異変に呑まれてから一年が過ぎていた。広場の万年カレンダーを見てそのことに気付いたマコは、カレンダーの見えるベンチに座って、この一年のことに想いを馳せた。
(最初は、何か変だな、くらいだったっけ)
朝起きたら、カーテンが床に落ちていて、部屋の中のものが色々と無くなっていて、そこへレイコがやって来て、見たことのない大きな動物が部屋にいることに気付いた。
(タマがあんなになっているなんてねぇ。そりゃ驚くよ)
それからレイコは状況の把握に努め、完全に把握しきる前から対策に駆け回った。
(多分、レイコちゃんが日本で一番早く対応したよね)
確認しようもないが、異変の起きたその日のうちに動き出し、翌日には人々を集めて事態への対応のためにマンションの全住民を巻き込んだのだから。
(最初は一号棟だけだったけど。それでも、他の棟との連絡は取っていたし)
その頃マコはと言えば、部屋から外を観察して動植物の変異を確認し、異世界がその理だけ転移してきたのではないか、という突拍子もない推測を立てた。その延長で、他の動植物が変わったなら人間も変わっているはず、という信念の元、魔法を使えることに気付いた。
(朝起きた時から、魔力を薄々感じられていたこともあるかな。魔力を感じられなければ、魔法を使おうにもどうすればいいのか解らなかっただろうし)
視線の先を、スズメリスが二匹、駆けて行った。
(今ではすっかり、リスっぽくなったね)
駆けて行く小動物を視線で追いながらマコは思った。スズメが変化したと思われるスズメリスは、異変の直後は後足で跳ねるように歩いたり、空を飛べずに戸惑っている様子を見せていたが、今では変化した身体に慣れたようで、四本の脚を器用に動かして敷地内を駆け回っている。それを愛おしそうに見つめながら、マコは思い出に戻った。
(キヨミさんを迎えに行ったのも、異世界転移が起きてからあまり立たない内だったなぁ。あの時レイコちゃんが行かなければ、キヨミさん、くたばってだだろうな)
そして、レイコの親友でビジネスパートナーで生活能力のないキヨミをマンションに連れて来て、一緒に暮らすようになって。
レイコの要求で、人々に魔法を広めるために魔法教室を開いて、それで他人との付き合いもするようになって。
簡易的な住居も建って、マンションの上階の人たちが住むようになって。
足りない分は下階に同居するようになって。ヨシエの家族とも、それで一緒に暮らすようになった。
他にも、米軍の魔法研究に付き合ったり、魔法を使う無法者を退治したり、欧州まで民間人救出に赴いたり、その過程で飛竜や海竜や地竜や魔法使いを調伏したり。
(自衛隊と協力するようになったのは、最初に米軍基地に行った頃からだっけ。シュリさんとスエノさんが、通訳とあたしとフミコさんの護衛に付いてくれて)
それから魔力懐炉を日本中に広めたいという彼らとの交流が深まり、魔法も教えることになってマモルと出会った。
(マモルと最初に会った時、って言うか触れた時、全身に電流が走ったかと思ったものね。一目惚れ、じゃない、一触惚れだったよね)
当時を思い出すと、自然と口元が綻ぶマコ。今も、目立たないように警護しているマモルに、魔力を繋いだままだ。最近はマモルの魔力にも慣れて、人前ではほわほわすることはないが、今のように一人で、あるいはマモルと二人でいる時は、油断するとほわほわとしてしまう。
「先生、何してるんですか」
マモルとの出会いを思い出してほわほわしていたマコは、後ろからかけられた声に、びくっと身体を震わせて現実へと引き戻された。
「あ、ヒルミちゃん。ちょっと思い出してたの」
声をかけたのは、第三期の魔法教室でフミコと一緒に魔法教育を受けた、紅棋ヒルミだった。今では魔法職人の一人として、魔道具の作製を行なっている。
「思い出していたって、何をです?」
ヒルミはマコの隣に腰掛けて、首を傾げた。
「カレンダー見てたら、異変が起きてからもう一年過ぎたんだなぁ、って思って」
「そう言われてみると、そうですね。あの日は確か、学校に行ったんですよ。すぐに帰って来ちゃったけど」
「中学生も行ったんだ。あたしは高校休んで窓から見てたよ。小学生もみんな、行くだけは行ったみたいね」
「そうですね。先生も自動車通勤が多かったから、ほとんど誰も来てなくて、おまけに連絡も取れないしで、何人か来た先生だけですぐに下校を決めたみたいですね」
「授業にならないもんね」
高校は、教諭はおろか、生徒も集まらなかっただろう。マコは、レイコの指示で引き籠っていたので目にしたわけではないが、容易に想像できる。学区が決まっている小中学校とは異なり、自転車通学や電車通学の生徒も多いのだから。かく言うマコも電車通学だったので、レイコが引き止めなくとも高校までは行けなかっただろう。
「それにしても、アタシが魔法使いになるなんて、あの時は思いもしませんでした。魔法少女アニメ好きだから、その主人公になれたみたいで。まあ、誰でも使えるから主人公にはなれませんでしたけどね」
ヒルミはマコを眩しそうに見つめた。その目は、『主人公は先生ですっ』と雄弁に語っていた。
しかしマコは、軽く首を振った。
「ヒルミちゃんが主人公じゃないってことはないよ。アニメでもマンガでも小説でも、弱い主人公が努力を重ねて強い登場人物を超えたり助けたりする話もあるでしょ? 主人公になれるかどうかはヒルミちゃん次第。やる気になれば、主人公にだってなれるよ」
“人間は誰でも自分の人生の主人公だ”などという一般論ではなく、マコは自分の言葉で語った。それが、ヒルミの心に響いたのか、彼女は崇拝するような目でマコを見る。
「そっか、そうですよね。アタシもアニメみたいな主人公になれますよね」
「努力次第でね」
「はいっ。頑張ってみますっ」
返事をするヒルミを、マコは笑顔で見た。その目は生徒の成長を見守る教師の瞳だった。
(もう一年だもんね。ここもそれなりに落ち着いてきたし、それならそろそろ……)
ヒルミからカレンダーへと視線を戻しつつ、マコは以前から気にしていたことを、改めて考えていた。
ちなにみ、紅棋ヒルミちゃんは5-6でも登場しています。
マコの使える魔法:
発火
発光 ─(派生)→ 多色発光
発熱
冷却
念動力 ┬(派生)→ 物理障壁
├(派生)→ 身体浄化
└(派生)→ 魔力拡声
遠視
瞬間移動
念話
発電
魔力障壁
マコの発明品(魔道具):
魔力灯 ─(派生)→ 蓄積型魔力灯
魔力懐炉
魔力電池
魔力錠
魔力枷
魔力機関 ─(派生)→ 魔力機関・改
魔力冷却版
魔力扇風機─(派生)→ 魔力冷風機(new)