15-0.情報公開
豪州の東部沿岸地域が三度目の異変に襲われた後、各国はそれまで国家の上層部のみに抑えていた異変の情報を、国連主導の元で一般市民への公開に踏み切った。某国が意図的に一部の情報を流していたこともあり、これ以上隠したところで仕方がない、それよりも正確な情報を流していざという時に備えた方がいい、という判断だった。
それでも、公表された情報に市民は困惑した。
通信ができなくなる?
石油由来の製品が消える?
ガスも無くなる?
植生が変わる?
動物が変身する?
異変はいつどこで起きるか判らない?
俄かには信じられないこと、いや、信じたくないことであったものの、合わせて発表された各国政府の方針が、事実であることを裏付けた。
現在使われている石油由来の製品を、別のものを原材料とする製品に順次置き換えてゆく。
電力供給の主体を石炭火力と自然エネルギーを基にした発電に切り替える。
それは、石油と天然ガスが突然消失してしまう状況に備えることに他ならない。その、政府の発表した政策が、異変が冗談ではないということを市民に知らしめた。
実際、各国政府は政策を公表しただけでなく、それを推進することに注力した。“原油からの脱却”と、言葉で表すのは簡単だが、実際に推進するのは困難を極めた。妨害もあった。
それでも、それらの事業は少しずつ進められていった。
さらに、異変に遭遇した人間は魔法が使えるようになることが通知された。何の準備もなく異変に巻き込まれたとしても、魔法を使えれば文明の利器を失った穴をある程度は埋めることができる。万一、明日にも異変に巻き込まれることになっても、魔法を使うことができればほとんどのことは異変前と同様にできると、この点はやや誇張されて伝えられた。
これを知らずに魔法に目覚めた人は少ないが、知っていればその数も多少は増えるだろう。
ただ、一つだけ意図的に隠蔽された情報もあった。それが知れ渡ったら、パニックが起こる。そうならないように、一般市民には事実を知らせることなく、それとなく誘導して被害を減らすくらいしか対処のしようがなかった。
幸か不幸か、各国政府が揃って口を噤んだその事実に、気付いた市民はいなかった。いや、聡い者は気付いたかも知れないが、異変で既存の社会が壊れることと魔法が使えること、この二つの大きな情報だけで、ほとんどの人々の脳は埋め尽くされていた。