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14-10.魔鉱石倉庫

 魔鉱石の採掘に魔力機関を使うようになってから、一日に二塊(ふたかたまり)の魔鉱石を回収できるようになった。それ以上増えなかったのは、大きな塊として採掘する数に限界があったためだ。この倍は取れると皮算用していたマコたちはやや落胆したものの、それを(おもて)に出すことはなかった。


 数日で、自衛官たちとテント住まいの民間人への魔法教育は終わった。しかしその後も魔法教育は続けられた。魔道具の材料を取りに街を訪れた時に魔法を知った人や、彼らから又聞きした人たちが、魔法を覚えたいとやって来たためだ。


 魔鉱山の外部の人なので対価はどうしようと思ったが、日本円で受け取ることにした。かつての日本の通貨を異変後も使用することを共通認識とする、という、レイコの目指す社会の一つの指針を、娘が実践しないでどうする、と考えて。持ち合わせのない人からは、食糧などを譲ってもらうことで手を打った。


 自動車の荷台とキャリアーが魔鉱石でいっぱいになるまでに十一日間かかった。二十個回収した魔鉱石の塊のうち、積載したのは十六個。無理をすればもう何個か載せられるが、帰途の最中に荷崩れしても面倒なので、これだけの数に留めた。

 残りの四個の魔鉱石は、自動車の魔力機関の交換に使ったほか、魔力機関を二個作った。一個は採掘した魔鉱石の回収に使っているが、残る一個の用途は現地の自衛隊任せだ。


「今回はわざわざ脚をお運び戴き、ありがとうございました」

 ここ数日で何度か顔を見せていた分屯地司令が、マコに礼を言った。ほかの三人は自衛官なので、まず最初にマコに、というところだろう。

「いえ、こちらこそ、魔鉱石の採掘をしていただいて、ありがとうございます。お陰で魔法の研究がもっと捗ります」

 マコも頭を下げた。

「いやいや、こちらこそ、全員に魔法を使えるようにしていただいて、感謝の言葉もありません。これからもいい関係を続けていただきたいものです」

「もちろんです。魔鉱石もまだまだ必要になるでしょうし、これからもよろしくお願いします」


 今のところ、魔鉱石を有効活用できるのはマコしかいない。魔鉱石の情報を秘匿していることもあるが、魔法職人たちも、まだ複雑な魔道具を作れないので、魔鉱石が必須となる魔力機関を作れるほどの人材が育っていない。結果的に、マコがいないと魔鉱石は単なる石に過ぎない。

 一つ活用できるのは、魔力タンクとしての用途だ。それについては、マンション住民への公開に先駆けて、ここの自衛官たちに伝え、小さな碁石状にした魔鉱石を大量に切り出しておいた。遠隔での念話も使えるようになるので、練習次第で無線通信の代用に使えるだろう。数百メートルとはいえ、無線通信が可能になれば、できることの幅が格段に広がる。


「こちらでも、魔道具を作れるようになればいいのですが」

「毎日の鍛錬を続けてください。あたしも、それで作れるようになったんですから」

「精進します」

 マコの住むマンションの魔法職人の数を考えると、かなりの鍛錬を要することが予想されるが、何人かは魔道具を作れるようになるだろう。


 分屯地の自衛官たちも整列して敬礼し、別れを惜しんだテント住まいの人々も周りに集まり、いくつもの視線に見送られて、一行は魔鉱山を後にした。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 キャリアーを牽いた自動車は途中で三度休憩を取って、四時間弱で自衛隊の駐屯地へと帰り着いた。そこでキャリアーを切り離し、少し休憩した後、自衛官の運転する自動車でマンションのコミュニティへ戻って来た。

 到着する前に念話で連絡しておいたからだろう、レイコはマンションの入口で待っていた。フミコも一緒だった。


「ただいま」

 マコは自動車から降りてレイコとフミコに笑顔で言った。

「おかえりなさい」

「おかえり。どうだった?」

「重畳、ってとこかな」

 マコは、迎えてくれたフミコとレイコに笑って答えた。


「無理に難しい言葉を使わないの」

 レイコは笑ってマコの頭を軽く叩いた。

「倉庫はできているんだよね」

「ええ。作ってもらったわよ。マコの望み通りにね」

「ありがとう。じゃ、これしまってきちゃうよ」

「わたしも行くわ」

「じゃ、一緒に行こ。すみません、先に行っていてください。マモル、案内してあげて」


 マコは、自衛官とマモルに頼んで倉庫に先行してもらい、レイコとフミコの二人と一緒に、家に向かった。倉庫は、マコとマモルの家の裏に作るように頼んであった。

 少し前から、近くにシュリとスエノがいるので、マモルが一時的に離れても護衛の問題はない。


「びっくりしたよ。私の知らない間に出掛けちゃうんだもの」

「すみません。今回は目的が内緒だったから。でも、特別教室の休みの予告はしてたから、勘付かれているかと思いました」

「それって、私が鈍いって言ってる?」

 フミコが頬を膨らませた。

「え、いや、そんなつもりではなくてですね……」

「ふふ、冗談よ」

 ふっと笑みを見せたフミコに、マコは胸を撫で下ろした。


「それよりマコ、収穫はあったの? 『重畳』なんて言ったからには期待していいんでしょうけれど」

「もう、虐めないでよね。成果はあれよ」

 マコは、ゆっくりと走って行く自動車を指差した。

「どこか変わったの?」

 フミコが首を傾げた。

「レイコちゃんは判る?」

「そうね……気持ち、安定したかしら?」

 レイコはずっと前を走っている自動車をじっと観察して言った。


「うん。魔力機関の出力が上がったから、前より安定していると思うよ。速度も上がったし」

「どれくらい?」

「荷物が重かったのと、車体が木製であんまり速いと耐えられないけど、五十キロは出せたよ。荷物がなければ六十キロは出せるんじゃないかな」

「それだけ出れば、異変前の自動車と比べても遜色ないわね」

「色々と足りないものはあるけどね。ライトとかブレーキランプとかウィンカーとか」


「取り敢えず、走れば上等よ。魔法も教えてきたのでしょう?」

「うん。やり方を変えた短縮授業で。あ、コミュニティの外の人にも何人か教えてきて、授業料もらって来たから、後で渡すね」

「それはマコが持っていなさい。マコが自分で稼いだのだから」

「いいの?」

「いいわよ。コミュニティとしての仕事は向こうの自衛隊との取引なのだから、それ以外はマコ個人の収益で」

「レイコちゃんがそう言うなら、あたしが持っとく」

 あまり使い道はないかも知れないが、レイコが日本円による貨幣経済を復活させようとしているのだから、持っていて損はない。と言うより、積極的に使っていくべきだろう。


 倉庫は、氷室のように半地下に作られている。

 その入口の前に自動車が止められ、荷台の魔鉱石を固定しているロープをマモルと自衛官が解いていた。

「マコ、入れるのはどうするんだ?」

 マモルが聞いた。倉庫の中は広いが、入口は狭い。人一人が通るには困らないものの、大きく重い魔鉱石を入れるのは大変だ。


「瞬間移動で入れちゃうよ。ちょっと待ってね」

 マコは、自動車と倉庫に魔力を伸ばした。自動車の荷台から四回に分けて、魔鉱石が消える。

「……もうしまったの?」

 レイコが聞いた。

「うん。見てみる?」

 答えたマコは、先頭に立って倉庫に入った。


 外の光が入らないので、マコが魔法で光を灯す。氷室より広く作られた倉庫の左右奥に四個ずつ、魔鉱石が並んでいる。

「床は石張りにしてくれたんだ、沈んだりしないかな?」

 マコが床を靴でとんとんと踏みながら言った。

「結構しっかりと固めていたから、大丈夫だと思うわよ」

 工事の様子を時々見に来ていたレイコが答えた。

「なら、大丈夫そうだね」


「倉庫を半地下に作ったのは、外から見えないようにですか?」

 自衛官が聞いた。

「はい。それと、住居みたいに高床式にすると、床が抜けそうだから」

「なるほど。ですが、これに関しては、もう隠す必要はないのですよね?」

「うーん、広める必要はないですけど、無理に隠す必要もないですかね。これから何度も取引して増やしていきますし、そしたら、隠すも何もないと思いますし」

 駐屯地に寄った時に伝えていたことではあるが、改めて答えたマコに、自衛官は頷いた。


 他にも二、三、魔鉱石について確認してから、自衛官は倉庫を出た。マモルとレイコも見送るために外に出た。

「それで、この石って何なの?」

 ずっと聞きたかったらしいフミコが、マコと二人きりになった途端にマコに質問した。

「これは、魔鉱石と言って、あ、名付けたのはあたしですけど、魔力を魔力(セルフ)のまま大量に貯め込むことのできる石なんです」

 マコは胸を張って言った。

「へえ……。でも、何に使えるの?」

 魔力を大量に貯められると聞いても、使用用途に思い至らないフミコは首を傾げた。


 マコは、そんなフミコに魔鉱石の有用性を簡単に説いた。

「へえ。イツミちゃんは喜びそうね」

「イツミちゃんが?」

 今度はマコが首を傾げた。フミコは魔法教室の第三期の生徒だが、第一期や二期の生徒たちとも良く情報交換をしている。

「ええ。イツミちゃん、遠くの友達と念話で話をしたいって言っていたでしょう? 頑張って、八十メートルくらいは魔力を伸ばせるようになったらしいけれど、まだまだ満足しないらしくて」

「あ、そうか。秘密にしてたからサンプルは少ないけど、魔鉱石を使えば数百メートルは念話も届くから、うん、喜びそうですね。頑張ればもっと遠くまでいけるかも」

 マコは頷いた。


「それに、ジロウくんも。それを使えば、魔力を繋がなくても瞬間移動できるんじゃない?」

「はい、できます。瞬間移動の距離と魔力を伸ばせる距離って一致しないから、遠距離の瞬間移動には練習が必要だと思いますけど。あ」

「どうかした?」

 口に手を当てて声を上げたマコに、フミコは聞いた。

「大したことじゃないんですけど、今回出掛けている最中に、魔鉱石を使った遠距離での瞬間移動も試せば良かったって思って」

 マンションの敷地内での実験はしていたが、せいぜい数百メートル。マコは普通に一キロメートルを超える瞬間移動ができるので、魔鉱石を使ってそれ以上の瞬間移動ができるかどうかは試していなかった。


「また機会があるわよ」

「そうですね。その時に試します。えっと、それじゃ扉閉めますね。フミコさん外に出てます? 閉めた後、家を通っても出られますけど」

 マコは扉の前に立って閂を手にした。氷室にはないが、ここには付けてもらった。

「え? 閂掛けるの? 出るのはどうするの? あ、瞬間移動か」

 納得したフミコに、マコは首を横に振った。

「それでも出られますけど、あっちの扉があたしの家に繋がっているんですよ」

 マコが指差した倉庫の奥に、もう一つ扉があった。

「あ、そうなのね。普段はあっちの扉を使うんだ」

「はい。まだ他の人が使いたいものでもありませんし、子供が間違って入っても危ないですし」

 加えて、量が少ないうちは自分で管理しておきたい、という思いもマコにはある。


「解った。じゃ、私は外に出ているわ」

「はい、解りました。あたしはそのまま、部屋で休みますので」

「うん。じゃ、またね」

 マモルも間も無く戻って来るだろう。マコはフミコが出た扉を閉じて閂を掛けると、もう一つの扉から久し振りの我が家に帰った。

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