14-7.魔法教室新指導要綱
魔鉱山は、鉱山という趣はまったくなかった。以前は石油を汲んでいたのであろう場所に木組があり、少し離れた場所に五棟の丸太小屋が並ぶ。他には数多くのテント。マコの依頼で魔鉱石の採取を本格的に始めるようになってから、ここにも自衛官が常駐するようになったらしい。
丸太小屋は住居目的ではなく、倉庫としての使用や、怪我人のための診療所に使われていて、普段はテントで休んでいるようだ。
聞いていた通り、自衛官だけでなく民間人もここにテントを張って生活しているようで、聞いていた自衛官の人数から考えるより、テントの数はずっと多い。自衛隊が使っているのはテントと言うより“天幕”で、その見た目だけで使っているのが自衛隊か民間人か判る。
マコたちが到着したのは間も無く夕暮れが迫ってくる刻限だったので、その日は顔合わせだけをして夕食となった。食材は現地の自衛官や民間人が用意してくれたので、お返しにとマコは見たことのない鳥の肉を魔法で調理した。現地自衛官はもちろん、民間人も驚いていたが、ここにも配布されていた魔力灯や魔力懐炉の発案者であることを伝えると、納得顔をされた。
一緒に来た二人の自衛官は天幕で眠ったが、マコはマモルと共に、診療所代わりに使われている丸太小屋を充てがわれた。自分だけ特別扱いも悪いと思ったマコはそれを固辞しようとしたのだが、押し切られた。客人の、それも女性を、天幕で他人と一緒には寝かせられない、と。
そのおかげかどうか、最近の夜に気になっていた虫の羽音に悩まされることなく、ぐっすりと眠ることができた。
翌日から、作業が開始された。
マコは、朝になって分屯地からやって来た自衛官や、テント住まいの民間人の有志を相手に、魔法教室を開く。これまでは人数を絞っていたが、そうも言っていられないので二十人ほどにまとめて講義することにした。マモルはマコの近くで、目立たないように護衛の任に就いている。
二人の自衛官は現地の自衛官たちと一緒に魔鉱石の採掘作業を行う。基本的に採掘は現地の隊員だけで行うが、魔法を使えるので、魔法で坑道を照らしたりと協力する。
今回の魔法教室に当たり、マコは、これまでの指導要綱とは違う方法を試すことにしていた。
以前は、魔力と魔法についての基本的な説明を一通り行なった後で魔力を知覚させていたが、今回は、最初の説明を『人は魔力を持っている』ことと『魔力を本人の意思で操作できる』ことだけに絞って行い、魔力を知覚させてゆく。人数が多いので時間はかかるが、先に終わらせた人には魔力操作の練習をしていてもらった。
全員に魔力を感知させるのに三十分以上の時間を費やした。その後は休憩を挟んで、本格的に魔法の指導を始める。
「魔法の行使に当たって大切なのは、一にも二にも魔力の操作です。魔力をどれだけ遠くまで伸ばせるか、思い通りの範囲にどれだけ正確に素早く広げられるか、それによって魔法の精度や威力に影響が出ます。
魔力を操作できるようになるだけでも、魔道具を使えば日常生活が飛躍的に便利になります。例えばこれ、魔力灯ですね」
教室用に使わせてもらっている天幕の中で、マコは魔力灯を持った。魔力灯に懐中電灯のように、僅かに光が灯る。
教室として、青空教室ではなく、天幕を使わせてもらうことにしたのは、陽射しが強いこともあるが、このためでもある。日中の外では、魔力灯の光は暗すぎて見えない。しかし、陽の光の遮られた天幕の中なら、昼間であっても辛うじてではあるものの発光を確認できる。
「この魔力灯は、触れた魔力を光エネルギーに変換するように魔力が込めてあります。つまり、光っているのは今触れているあたしの魔力が光エネルギーに変換されているからなんですね。異変の後、あたしたち人間は身体に魔力を纏う体質に変化しているので、魔力を操作できるかどうかに関わらず、魔力灯を使えるわけです。これが、魔力を操作できることによって……」
マコは魔力灯をテーブルに置いて、手を離した。
「……魔力灯に触れることなく、使うことができます。このように、ですね」
マコは魔力灯に向けて手をかざし、魔力を伸ばした。魔力灯に微かに光が灯る。
「さらに、魔力灯に触れる部分の魔力の濃度を上げます」
魔力灯の僅かな光が、目に見えて強くなる。といっても、最大で魔力灯を直接手持ちした程度の光度だ。
感心するような溜息がそこここから聞こえた。
「こんな風にですね、魔力を操作することによって、魔力灯を手に持たずとも使えるようになりますし、明るさを調整することもできます。これだけでも、日々の生活が楽になります」
「質問」
男性の一人が手を上げた。自衛官ではなく、テントに住んでいる民間人だ。
「はい、どうぞ」
「魔力灯はむしろ手に持っていた方が使いやすいので、メリットはそれほどないように思うのですが」
「魔力灯だけだとそうですね。でも、魔道具は魔力灯だけではありません。例えば、魔力懐炉もご存知ですよね」
「はい」
「魔力懐炉は光エネルギーでなく熱エネルギーに変えるだけで魔力灯と同じ仕組みなのですが、この『魔力を熱エネルギーに変える』機能をフライパンの底面に仕込んだら、どうなります?」
「……火を使わずに料理ができる?」
質問したのとは別の、民間人女性が答えた。
「はい、そうです。もちろん、魔力懐炉程度の温度では調理は無理なので、魔力濃度を高めるように操作する必要はありますし、人によっては魔力が足りなくて連続した調理ができない人もいます。
でも、あたしたちのコミュニティでは魔力フライパンを使っている人も結構いますよ」
何人か参加している女性たちが、やや色めき立った。
「その、魔力フライパンって、温度調整はできるんですか?」
マコは苦笑いした。きっと、調理に使う火力の調整に苦労しているのだろう。
「魔力操作の精度次第です。フライパンに魔力を流すと、どんどん熱エネルギーに変換されますからね。連続調理するには継続して魔力を補充する必要がありますし、温度は魔力濃度に寄るので濃度も操作できるようにならないといけません。
でも、魔力操作さえ精密にできるようになれば、かなり自由に温度調整できるようになりますよ。自在に扱えるようになるには、かなりの練習が必要ですが」
女性たちが、いや、男性も、目の色を変えた。よほど調理に苦労していたのだろうか。異変から間も無く一年、もう今の生活に慣れているものとマコは思ったが、ガスコンロやクッキングヒーターの恩恵は、一年足らずでは忘れられないようだ。
「その、ほとんどの人は、って仰いましたけれど、使っていない人もいるんですか?」
女性の一人が質問した。
「ごく一部の人は竃で火を焚いて調理していますが、普通のフライパンに通した魔力を自分で熱エネルギーに変えて使っている人もいます。つまり、魔道具を使わない代わりに魔法を使っているわけですね。むしろ、魔法を使えない人が魔道具を使っているのですが」
その後も、質問が相次いだ。
魔力操作だけで使える魔道具にどんなものがあるか、魔法にはどんなものがあるか、魔道具は誰でも作れるのか、などなど。
質問が多くなったところで、それについては後回しにし、魔法の残りの説明を順にしていった。ただし、参加者たちに一つ一つの魔法を使わせることはしない。魔法の試行は後回しにして、魔法でできることをすべて伝えることだけに特化した、詰め込み型の指導要綱だ。実践は、マコなしで行なってもらう。
マコも、ゼロから始めてここまでできるようになったのだ。魔力を操作できて、魔力で何をできるか判っていれば、自主学習でも魔法を収めるのにそれほど苦労することはないだろう。完全とはいかないかも知れないが。
「エネルギーと炎への変換は、だいたい誰でも使えるようになります。それも苦手としている人もいますが、できないわけじゃありません。でも、それ以外はかなりの訓練を必要とします。念話を使える人は何十人しかいませんし、瞬間移動できる人や魔道具を作れる魔法職人は十数人くらいですね。
身体浄化も、使えない人もいますが七割方の人は使えますね。これが使えるとお風呂に入らなくてもさっぱりしますから、これは是非にも覚えて欲しいです」
身体浄化の魔法を広めたことで、マンションの人々の清潔レベルが上がった。それまでも、魔法で温めたお湯でタオルを絞って身体を拭ったり、たまには風呂を沸かす家庭もあったので、コミュニティの清潔さはある程度は保たれていたものの、それも限界があった。それが、身体浄化を広めたことで、異変前に近いレベルにまで戻った。
実のところ、マコは、マンションでの清潔向上を意識してはいなかった。しかし、ここに来て天幕の中に多くの人数が集まったことで、マンションの人々とここの人々の体臭の違いに気が付いた。ほんの僅かな違いなので、或いは単なる生活臭の違いだったのかも知れない。
それでも、身体浄化を覚えることは無駄ではない。タオルで身体を拭くだけより、効率的に身体を清潔に保てるのだから。むしろ今の世の中では、火を起こす魔法や光を灯す魔法よりも、ずっと有益だ。
「これで、あとは鍛錬を積めばいろんな魔法を使えるようになります。皆さん、練習に励んでください。最初に言ったように、魔力の操作を優先することが魔法習得の近道です。
そうそう、魔法を悪用したら、その人の魔力をあたしが封印しに来ますので。実は、あたしの住んでいるマンションにもすでに五人、魔力を封印された人がいます。そうなったら魔力灯も使えなくて不便な生活を強いられるので、くれぐれも注意して下さい。
魔法教室はこれで終わりますが、あたしはしばらくここに滞在しますので、質問がある方は聞いてくださいね。あたしも魔法が使えることに気付いて一年も経っていないので判らないことも多いですが、そういう時は一緒に考えましょう」
そうしてマコは、魔鉱山での最初の魔法教室を終えた。午後にも一度、そして明日からも二回ずつ教えていくことになる。
(これで、短い間にたくさんの人に魔法を広められるかな)




