14-5.魔鉱石を採りに
夏祭りから数日の後、魔鉱山への訪問が一週間後と決まり、駐屯地からやって来た自衛官との打ち合わせが行われた。
出発前日に、マコとマモルは自衛隊の駐屯地に泊まり、そのまま出発する。現地では、元が公園で建物がほとんどなかったが、自衛隊の建てた仮設の住居があるので、滞在中はそこに泊まる。ただし、寝具は用意されていないので、寝袋を人数分持って行く。これは、道中で万一野営することになった場合にも使用される。
「夏だから、薄い敷物と掛物だけでも平気じゃないですか?」
「我々はそれでも構わないのですが、堅い地面や床の上に寝ることになるので、マコさんには就寝時にはあった方がいいと思います。いざとなれば、寝袋を敷物にすればいいので」
疑問に自衛官が答えてくれて、マコはふんふんと頷く。
現場では、整備兵が自動車の構造や注意事項を伝え、マコは魔法の伝授を行う。
その間、現地の自衛官には魔鉱石を採掘してもらい、自動車の荷台がいっぱいになるまでの量を譲ってもらう。
「魔法って、どこまで教えればいいでしょう? 魔力の操作と魔道具への蓄積だけで大丈夫ですか?」
マコが質問した。
「少なくとも、光や炎の発生までは、して欲しいです」
「そうですか。解りました」
少し考え込むマコ。
「マコ、何か気になる?」
「あ、ううん、大丈夫、続けてください」
レイコに聞かれて、マコは首を横に振った。
食事は、向こうで用意してくれるので、往復の昼食と万一に備えた二食の計四食分だけを持って行く。
武器は拳銃のみ。何度か往復して確認しているので、それほどの危険はないと判断された。いざとなれば、魔法で凌ぐこともできる。
(本当にいざとなったら、あたしが魔法で物理障壁なり瞬間移動なり使えば、なんとかなるし)
それは言葉にせず、マコは心の中だけで思った。
ほかに、ビニールの木から採取した樹液や、オイルの木から採取した天然オイル、鋼板や鉄塊などの魔力機関の部品を持って行く。
「鉄関係は向こうでも用意できるでしょうが、現場と分屯地が離れているので、念のためです」
「えっと、鉄の塊は要ります? 魔力機関の本体用ですよね。採掘した魔鉱石を使っちゃえばいいと思うんですけど」
分屯地って駐屯地と違うのかな?と思いつつも、マコは必要なことを優先した。
「魔鉱石で代用できるんですか? あ、そう言えば以前言っていましたね。魔鉱石に変えれば速度が上がるはず、と」
整備員が言った。
「はい、そうです。乗って行った自動車のも、その場で交換しちゃえば」
「なるほど。魔鉱石に置き換えられるのはどの部分ですか?」
「それはここだけです」
整備員の出した魔力機関の図面を、マコは指差した。
「こちらは、そのままですね」
「はい、交換しても意味がないので」
「ふむ、それならこれは、リストから外しましょう」
他にも細かいことを話し合って、予定を決めた。そうは言っても、特に現地に着いた後は、臨機応変に対応することになる。採掘にかかる時間も判らなければ、自衛官たちの魔法の理解具合も判らないのだから。
解散した後、家に戻る道中でマモルはマコに聞いた。
「何か考えている風だったけれど、何か気になることでもあった?」
「あ、ううん、魔法を効率良く教えるにはどうするのがいいかな、って考えてただけ。……あ、そうだ、聞きたいことがあったんだ」
「何?」
「自衛隊の駐屯地と分屯地ってどう違うの?」
首を傾げるマコを、マモルを愛おしく見つめた。
「分屯地は、駐屯地や基地の一部ではあるけれど、別の場所にある施設のことだよ。魔鉱山の採掘を依頼したのは、航空自衛隊基地の分屯地だね」
「ふうん。じゃ、駐屯地と基地の違いって?」
「航空自衛隊や海上自衛隊では基地、陸上自衛隊では駐屯地だね。もう少し厳密には、移設できない施設が基地で、移設できる施設を駐屯地と呼んでいるね」
「そっか。飛行機は空港がないと駄目だし、船も港が必要だけど、戦車はどこにでも停まれる感じね」
「そう考えておけば、だいたい合っているよ」
マモルの所属は陸上自衛隊だから駐屯地、なるほどなるほど、とマコは納得する。
家の前まで来ると、マモルは報告のために自衛官の宿舎へと行った。
マモルと別れたマコは家に入り、ノートを広げて何やら考え始めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
魔鉱山を訪れる前日、自衛隊の駐屯地へ向かう娘を見送りに来たレイコに、マコはペンダントを渡した。
「これは?」
マコはレイコの耳に口を寄せて囁いた。
「それね、ペンダントヘッドが魔鉱石なの。あたしの魔力を込めてあるから、ある程度は離れても念話で連絡できるから」
練習を繰り返したマコは、離れた魔鉱石の魔力でも、十メートル程度の範囲は操作できるようになっていた。つまり、離れたままでも魔鉱石の魔力を操作してレイコの頭を包み込めば、念話での会話が可能になる。
先日の夏祭りの時のように、魔鉱石から数十メートルから数百メートル魔力を伸ばすには、マコの身体から魔鉱石に魔力を繋いでおく必要があった。それでも、一旦魔力を繋いでしまえば身体から魔力を注入することなく魔法を行使できるので、魔力と時間を節約できるメリットがある。
他にも、予め魔鉱石に魔力を注入しておくことで、自分の魔力総量以上の魔力を使うことができる。マコにとってはあまり利点にならないが。
「ありがとう。何かあれば、これで連絡してくれるのね」
「うん。レイコちゃんから話がある時は、ペンダントヘッドを額に当てて話せば通じるから」
普段、魔鉱石の外側の魔力は二・一ミリメートルしかないので、そのままでの念話はできない。
「あと、会話できる限界もあるから、現地に着く頃には話せなくなってるかも。その距離がどれくらいなのか、ついでに調べようと思って」
「ちゃっかりしているわね」
「えへ。だから、もしも通じなくても、心配はしなくていいよ。多分、距離が離れただけだから」
「解ったわ」
駐屯地までは、自動車で送ってもらった。十キロメートル近く離れているので、本来インドア派のマコには、徒歩でも自転車でもきつい距離だったから。
自動車の魔力機関を改造するために一度訪れたことのある駐屯地で一夜を過ごして、翌朝、マコたちは魔鉱山へと旅立った。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
自動車の一台は、キャリアーを牽引していた。魔鉱石を出来るだけ大量に運搬するためだ。積載量がおよそ二倍になるが、その分重くなる。重くて動かなかったりしないかな?とマコは心配になったが、実験済とのことで、問題はなさそうだ。
二台の自動車が駐屯地を出発する。
「運転する感覚はやっぱり違うな」
「そうなの?」
マコは自動車を運転した経験がないので、ガソリンエンジン自動車や電気自動車との違いは解らない。そもそも、十六歳になったばかりなので、運転免許を取得できない。運転免許制度が事実上なくなった今なら、運転することに問題はないかも知れない。
「うん。まだ開発途上ということもあるだろうけれど、運転に必要な最小限の機能しかないからね。速度計もなければ回転計もないし、ウィンカーもワイパーもない。そういう表面的なことの他にも、アクセルを踏み込んだ感じがなんとなく違うね。電気自動車に近いけれど、それとも微妙に違うし。具体的にどうと言えないけれど」
「ふうん。これからの課題だね」
「最初に必要なのは、ブレーキランプかな」
「ブレーキランプ?」
「今は速度も遅いし距離も取っているからまず大丈夫だけれど、前を走っている自動車が速度を落としたことに気付かないと、追突するからね」
「なるほど、そうか」
マコは、前を走る自動車の後ろを見た。衝突に備えてバンパーは付けられているが、ブレーキランプもウィンカーもない。そもそも、前方のヘッドライトもついていないから、夜間走行もできない。本当に、ただ走ることのみに特化している。
「電気系統が全然ないんだね」
「蓄電池がなくなったからね。それを作るのはできると思うが、充電はどうするかだよな。昔の自動車のように発電機を付けるか、魔力電池で発電して充電しておくか」
「それよりは、蓄積型魔力灯みたいに、魔力そのものを貯めておいてブレーキのタイミングで光らせるとか。……難しいけど」
「なるほど。難しいって言うのは?」
「今の蓄積型魔力灯って点きっ放しでしょ? それをどうしようかなって言うのと、あと、魔力を魔力機関とブレーキランプの両方に分割して込めないといけないから、そのままじゃ不便だなって。ヘッドライトとか増えたら、その分あちこちに込めないといけなくなるし」
「なるほど。ハードルは高いな。でも、魔法が使えるようになってまだ一年足らずだろう? 自動車は百年以上の歴史があるんだ。ゆっくりやっていけばいい」
「うん、そうだね」
『ゆっくりでいい』というマモルの言葉に頷いたマコだったが、内心では(ゆっくりなんてしていられないなぁ)と考えていた。
(何しろ、昔は文明の利器なんてなかったところに、少しずつそういうものが増えたんだもんね。でも今は、文明の利器を使っていた人たちが突然それらを奪われたって状況だし。それを、魔法で穴埋めできればいいと思う。一瞬で無くなったものの穴埋めなんだから、一瞬は無理でも、できるだけ早くやりたいよね)
二台の自動車は、荒れた道をどこまでも進んで行く。