14-4.夏祭り
結界とも呼べる魔力障壁を展開できるようになったマコだが、まだ完成形だとは考えていなかった。
自分の周囲を囲むように魔力を広げ、魔力障壁かつ物理障壁として魔力にすれば、動物の突入も魔法使いの攻撃も防ぐ、正に結界と呼ぶべきものにできる。しかし、広範囲に魔力を展開し続けることが苦手なマコは、結界を張っている間ずっと、意識を集中して展開した魔力を維持し続けなければならない。
(隣のコミュニティを襲った魔法使いの一人は苦も無くやってたから、練習次第で寝てても広げたままにしておけるはず)
あの時の魔法使いは、警戒のために魔力を周囲五百メートルほどにも広げていたが、上方向にはそれほど広げていなかった。つまり、あの魔法使いの魔力保持能力が人並外れていたわけではなく(それなら魔力が球形に広がるはず)、意図して魔力を広域展開し、眠っている──意識を落としている──間もそれを維持していたことになる。
そう考えたマコは日々、魔力操作の鍛錬を続けているが、効果はなかなか出ない。魔力保持能力は、二一・三ミリメートルから、二四・二ミリメートルに成長したが、例えば半径一メートルの球状に展開した魔力を維持するには、ずっと意識を集中している必要がある。
「魔力操作の練習だけじゃ駄目かなぁ。個人の能力差かなぁ」
個人差は確かにあるだろう。魔力量に関係なく、魔道具を作れる人と作れない人はいるし、他人の魔力を感じる人と感じない人がいるのだから。
「空間に固定するイメージとかしたらいいのかなぁ」
ぶつぶつと呟いたり呟かなかったりしながら、マコは試行を続けた。
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暑い日が続く中、コミュニティの敷地内のあちこちにある掲示板に、夏祭りの予告が貼り出された。
「やっぱり計画してたんだね。んー、それならアレも欲しいかなぁ」
貼り紙を見ながらマコは考えた。マコなら容易なそれをレイコが依頼して来ないのは、ツノウサギ騒動の後に倒れちゃったからだろうな、とマコは思った。
必ずしも必要なものではないが、せっかく夏祭りをやるならそういうものもあった方がいいだろうと考えたマコは、その日の特別教室を終えた後に、レイコを探した。
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八月十四日。夏祭りが開かれた。広場の中央に舞台が設えられ、楽器の演奏が行われている。その周りには屋台が並び、食材の種類は少ないものの、調理法を色々と変えた様々な料理が振舞われている。
マコも、マモルと一緒に夏祭りを楽しんだ。異変の前は、人の多いこういう催しは苦手だったマコだが、魔法を通じて人との触れ合いに少なからず慣れてきた今は、苦手意識も減っていた。最愛の夫が共にいることが、最大の要因なのだろうが。
「マモル、ずっとあたしについてていいの? 嬉しいけど、警備とかしなくて」
「大丈夫。俺の任務はマコの護衛だから。今日はごった返しているからね。常に傍にいないと」
夏祭りの報は周辺のコミュニティへも通知されていたので、敷地内は普段より多い人で溢れている。全体を見れば『ごった返し』ているほどではないが、中央の舞台の周辺はそう言っても過言ではない。
それもあって、自衛隊にはこの日に限って警備の増強を依頼してあり、周辺のコミュニティへと繋がる道路も、常に見回りの自衛官が往復している。
そんな中、マモルはずっと、マコに張り付いている。
「それにしても、アレは驚いたなぁ。もう、あたしが教えることは何もない感じ」
マコが言ったのは、少し前に舞台で演奏していたロックバンドのことだ。アンプの電源はどうやったのだろう?と思ったが、魔力電池を使っているようだった。石油由来の部品が消えて壊れたアンプを修理して、魔力電池を繋いでいた。電源用に人を用意していたわけでなく、演者が足首に魔力電池を巻き付けていたようで、足元から細いケーブルが伸びていた。
「マコしかできないことも、まだまだあるだろう? まだまだマコは必要だよ」
「うん。でも、最近思ってるんだけど……」
「何を?」
「うん……えっと、まだいいや。後であたしの考えがまとまったら、マモル、聞いてくれる?」
「もちろん。マコの言うことならなんでも聞くよ」
マモルは即答した。
「なんでもって。それじゃあたしが駄目人間になっちゃうよ」
「聞きはするけれど、それが人の道から外れるようなことなら諌めるよ。俺はマコのイエスマンではなくて、夫なんだから」
「うん、ありがと。マモルは最高の旦那様だね」
「褒めても何も出ないよ」
「いいよ。今夜も優しくしてくれれば」
「それは頼まれなくてもするさ」
甘い会話を交わす二人が、賑わう広場の中央を抜け出してベンチに座って身体を休めていると、レイコがやって来た。
「二人とも、楽しめているかしら」
「はい。レイコさんも、無理はなさらないでください」
「ええ。適当に休んでいるから大丈夫よ。それよりマコ、本当に大丈夫なのよね」
「大丈夫大丈夫。一時間程度だし、やること単純だし、仕込みもしてあるから」
心配するレイコに、マコは気安く請け合った。
「本当に気を付けてよ。マモルさん、マコが無理しないように、良く見張っていてくださいね」
「任せてください。今日はずっと傍についていますから、無理はさせません」
マモルは力強く請け合った。
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広場の大時計の針が十八時を過ぎて、太陽が裏山の陰に入った頃、敷地内にマコの声が響いた。
「皆さん、夏祭りを楽しんでいますか? これから、夏祭りに華を添える、光のイリュージョンを行います。どうぞ、お楽しみください」
マコのアナウンスが終わるとほとんど同時に、西の空に光の華が咲いた。次いで、東の空にも。さらに、四方八方の空に開く、光の華。人々は、夏祭りの予告にはなかった光のショーに、歓声を上げた。
マコは、夏祭りの予告を見た後、レイコにこのことを提案していた。夏祭りをやるなら、花火も上げない?と。実際には、マコが魔力を空に展開して光に変えているだけなので、“花火”とは言えないのだが。
レイコは、先日ツノウサギの大群を処理した後、マコが丸四日以上も意識を失っていたこともあり、いい顔はしなかったが、マコはみんなの気持ちを高揚させるために、と押し切った。無理をしなければ大丈夫だから、と。
花火、いや、花魔法を使うに当たり、マコは事前に準備をしていた。魔鉱石に魔力を込め、敷地の周りに何個も置いておいたのだ。
魔鉱石の存在は、ほとんどの住民にはまだ秘密なので、マコは一人でそれを行なった。瞬間移動を使えば手間はかからない。野生動物に持ち去られる可能性も懸念して土の中に埋めたものもあるが、少しだけ魔力を残しておけば、回収も一瞬で済む。
四方八方の空に順番に光の華が咲き、同時に花開き、地上から光が立ち昇る。光が龍のように、人々の上空を駆け巡る。小さな光が降って来て子供たちと戯れ、消えてゆく。それを、演出しているマコも楽しんだ。
レイコには『やることは単純』と言っていたが、実のところそれほど単純でもなかった。単色ならともかく、魔力を同時に様々な色の光(電磁波)エネルギーに変えるには、結構な集中力を必要とした。
それでも、マコは普段に比べて疲労を感じなかった。すぐ傍に立つマモルが肩に掛けた手から、気力が無限に注入されているような気がした。それ自体は気のせいだったかも知れないが、マモルが傍にいることでマコに気力が満ちていることは確かなようだった。
一時間ほどの時間をかけて、断続的に光のショーを展開したマコは、締めに入った。
広場の中央、舞台の上空五メートルほどの所に生まれた光の玉から、七色の龍が飛び出し、人々の頭上を飛び回る。龍たちは徐々に高度を上げながら舞い踊り、中央に集まって身体を絡み合わせながら上空に昇り、光の点になって四方に弾け、辺りに光の雪を降らせた。
今までで一番大きな歓声が上がる。
「皆さん、お楽しみいただけたでしょうか?」マコの声が広場に響く。「これにて、光のイリュージョンは終了です。ご鑑賞いただき、ありがとうございました。明日からまた、頑張りましょうっ」
そう告げて、マコは肩に掛かっている大きな掌に身を預けた。
「マコ、疲れた?」
「うん、ちょっとだけ。でも、いい疲労感かな。やりきった感じで」
「それなら良かった。今日の片付けはみんなに任せて、帰って休もう」
そう言うと、マモルはマコの身体を軽々と抱き上げた。
「わっ、マモル、恥ずかしいよ」
「いまさら恥ずかしがることもないだろう」
「そうかもだけど、恥ずかしいものは恥ずかしいよ」
「いいから。マコは休んでいろ」
マモルはしっかりとマコを抱き締めて、人の少ない道を選んで家に向かった。
マコは、抵抗は無駄だと諦め、マモルの首筋に抱き着いて大人しくなった。
(忘れないうちにやっとこ)
マモルの心地良い魔力に包まれながらもそれに溺れる前に、マコは魔鉱石に残った魔力を意識して、それらを家に回収した。
広場は、魔法使いたちが灯した光で明るくなっていた。今日は皆、久し振りに夜更かししそうだ。