14-3.魔力障壁
マコがレイコから相談を受けた日の夕方には、自衛隊の駐屯地から自動車がやって来た。魔力機関の作製に必要な材料を積んで。
数日後に受け取りに来ると言う自衛官に、「一時間もあればできますよ」と言って驚かれ、完成を待ってもらうことにした。
材料がバラされた状態であれば、組み立てて擦り合わせることを考えると二、三日は必要だが、自衛隊が用意した材料は既に魔力機関として組み上げられていた。これなら、魔鉱石を組み込んで魔力を与えて試運転するだけで済むから、大して時間はかからない。
三十分で魔鉱石と魔力を仕込み、十五分で試運転を終え、自衛官にも見せて問題なさそうなことを確認してもらい、持ち帰ってもらった。これで数日後には、魔力で動く三台目の自動車ができるだろう。
「自動車が出来たら、マコには魔鉱石の採掘現場に同行してもらうけれど、少し後になるそうよ」
マコが魔力機関を作製している間に自衛官たちと今後の打ち合わせをしていたレイコが言った。マコの他に、マコの護衛を担っている三人も同席している。
「いつ頃かな?」
「一ヶ月は掛からない予定だそうよ。三週間から一ヶ月の間と見ておけば充分と思うわ」
「それで、あっちに行ったらあっちのコミュニティの人たちに魔力を知覚させて、魔鉱石を受け取って帰って来ればいいわけね」
レイコの言葉を受けて、マコが言った。
「そうね。ただ、コミュニティと言えるほどの集団は形成されていないそうだから、魔法を教授する相手は自衛隊が中心になりそうだけれど」
マコの依頼で現地に行ったことのある自衛官の話では、油田の跡地──涸れてはいないが採掘は終わっている──は公園になっていて、少数の人々がテントを張って住み着いていただけらしい。今は、マコの要望で自衛隊が常駐し、魔鉱石の採取の準備を細々とではあるが続けてくれているそうだ。
少し先のことなので調整は入るだろうが、四人が二台の自動車に分乗して現地に向かい、魔鉱石の採掘と魔法教室を行なった後、一台の自動車で帰って来る。自動車の速度が時速三十キロメートルほどと遅く、距離は百五十キロメートルほど離れており、路面の状態も良好とは言い難いが、途中で休憩を取ったとしても、朝出発すれば陽の落ちる前には到着する見込みだ。これまでも何度か自転車や馬車、自動車で往復していることもあり、道に迷う可能性は低い。
障害になりそうなのは、野生動物だ。飼い犬や飼い猫が野生化している例もあれば、元々の野生動物もいる。特別に凶暴化しているわけではないものの、それでも肉食動物は、獲物を見つければ襲い掛かることは珍しくない。また、可能性は限りなく低いが、ここで起きたツノウサギ大発生のような現象に道中で遭遇しないとも限らない。
朝、早目に出発するのは、そのためでもある。明るい中ならまだしも、夜中、野営中に襲われたら無事でいられるとは限らない。実際、今までは自転車や馬車での移動で一晩野営することがあったが、野生動物に襲われた例もあるそうだ。
(あたしが誘拐犯から逃げた時も、野犬?の集団に囲まれたもんね)
あの時には突入してくる野犬に対して、タイミングを合わせて展開した魔力を力に変えていた。今なら魔力を、改良した物理障壁として展開するだけで防ぐことができるし、魔力濃度を高めれば、自衛官たちが石を投げただけでも拳銃弾並の速度にはできるだろう。
(寝てると駄目だけど。無意識に魔力を展開できるようになればいいんだけどな。結界みたいに)
しかしマコは、無意識のうちに余剰魔力をエネルギーに変換することはできるものの、広範囲に魔力を展開したままにしておくことはできない。日々、鍛錬はしているのだが。
しかし、油田に行く時には問題はないだろう。陽の出ている間の移動になるし、夏なので日も長い。何度か往復している道でもあるし、朝早く出立すれば、よほどのことがない限り、暗くなる前に到着できるはずだ。
現地に赴くのは、マコとマモル、それに駐屯地の自衛官二人。一人は現地を何度か訪れている自衛官で、もう一人は自動車を作製した技師(整備員)だ。マコの警護がマモル一人になってしまうため、シュリとスエノのどちらかでも同行すべきでは、とも考えたのだが、帰路は自動車が一台になることに加えて、大量(の予定)の魔鉱石を積んで帰るため、マモルが一人で警護に当たることになった。
「概ね、この予定ね。まだ時間があるから、懸念点があればそれまでに相談することになるわ」
レイコがそう締め括って、その日の話は終わった。
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マコは毎日の日課となっている精神集中と魔力操作練習や、魔法の特別教室などをこなしながら、引き続き魔力生成に取り組んでいる。魔鉱山(もう石油は出ないので、“油田”でなく、こう呼ぶことにした)に行くまでに、物理防御だけでなく魔法防御も可能なようにしておきたかった。
既に協力関係にある自衛隊の隊員が何度か往復しているから、敵対的な魔法使いがいる可能性はほぼゼロだが、備えておくに越したことはない。単に、マコがやってみたいだけ、という理由の方が大きかったが。
(ちょっと基本に戻って、と。そもそも魔力とは何か? 身体を覆う魔力の一種で、他の人の魔力の侵入を防いでくれる。ただし、指で直接触れると突破できる。魔力が侵食する感じなんだろうな。
で、魔力と魔力や魔力との違いは……これが判らない。
違い、違い……魔力は体内、魔力は体外、魔力はその間、皮膚の上……それかな?)
早速マコは、魔力を前方に展開した。
(えーっと、命令を与えるんじゃなくて、魔力に《そこに皮膚がある》と思い込ませる……やり方は魔力にするのと同じ感じでいいのかな……?)
お前は皮膚に張り付いているぞ~と命ずるように、魔力に念を込める。
「んん、魔力になった、のかな?」
何となく変わったような気もするが、良く判らない。
「魔力があるのは判るんだけどな。元々、魔力と魔力の区別って良く判らないし。誰かに手伝ってもらおうかな」
マコはうーんと考えると、外へと魔力を伸ばして廃木材の置場から長さ五十センチメートルほどの角材を四本、瞬間移動で切り出した。それを組み合わせて額縁のような木枠を作る。
「これでいいかな。誰かいるかなっと」
マコは、その木枠を持つと家から出て、ぶらぶらと歩き出した。マンションの敷地には何人かの人が出ていて、水を汲んだり伸びた草を刈ったり歩道を整備したりと働いている。午前中で、小学生は授業中のため、子供の姿は少ない。
(そう言えばそろそろ夏休みの時期だけど、どうするのかな。どこかに遊びにも行けないし、ずっと授業かな。夏祭りとかやるのかな)
以前、レイコが『たまには息抜きにイベントをやりたい』と言っていたことを思い出し、そんなことを考えながら敷地内を歩く。
少し先の共用トイレから、ムクオが出て来たのを見つけたマコは、彼を呼び止めた。
「ムクオくん、ちょっといい? 魔法の実験を手伝って欲しいんだけど」
ムクオは、トイレの扉を閉めてマコを振り返った。
「あ、先生。いいけどちょっと待った。手を洗わないと、どやされるから」
「うん。井戸まで一緒に行くよ」
マコは、ムクオと一緒に一番近い井戸まで歩いた。少し離れてマモルがついているのを感じている。探査すればシュリとスエノもいるだろう。あまり気にしないように井戸まで歩くと、ポンプを動かして水を出した。
「先生、ありがと。それで、何?」
マコの汲んだ水で手を洗い少し水を飲んだムクオは、改めてマコを見た。
「うん、これなんだけどね」
マコは木枠をムクオに向けて差し出すと、木枠の中に魔力の膜を張り、魔力に変えた。いや、きちんと変えられているかどうかはこれから確認するのだが。
「そっち側から、この枠の中をこっち側まで魔力を伸ばしてみて欲しいの」
「いいよ」
ムクオは質問することなく、右手を上げて掌を木枠に向けた。しばらく黙ったまま意識を集中する。
「……先生、何かした?」
「どうして?」
ムクオの疑問に、質問を返した。
「なんか、その木の枠を魔力が通らないんだけど」
「そう? 木枠の外を回り込ませるならできる?」
ムクオは少し手を横にずらした。
「……うん。枠の中だけ通らない」
「やったね。成功したみたいね」
マコは顔を綻ばせた。
「先生、何したん?」
ムクオは手を下ろしてマコに聞いた。
「えっと、人が操作できる状態の魔力が三種類あるのは覚えてるよね」
「うん。魔力と魔力と魔力だろ?」
「そう。それで、それぞれの違いは?」
ムクオは頭を掻いた。
「オレ、そういうの苦手なんだよな。えーっと……」苦手と言いながらも考えるムクオ。「……魔力は身体の中に貯めてる奴、魔力は身体の外でも消えてない奴、魔力は皮膚と重なってる奴、だっけ?」
「うん、そうだね」
マコはムクオの頭を撫でた。
「先生、恥ずいって」
「あはは。ごめんごめん。それで、魔力には他にない特徴があったよね。覚えてる?」
「んー、なんだっけ。……他人の魔力を通さない、とか?」
ジロウの、魔力を他人の身体に流す練習に付き合っていただけあって、ムクオは覚えていたようだ。
「はい、正解。正確には『通し難い』だけどね。そうすると、これの正体も判るでしょう?」
「……枠の中に魔力を張った?」
「正解っ」
マコは、木枠を腋に挟んで拍手した。
「でも先生、魔力って皮膚の上でなくても作れんの?」
「それが苦労したのよね。普通はできないから。何日もかかっちゃったよ」
「それ、オレもできる?」
「どうかな? あたしもさっきできたばっかりだし。頑張って練習すればできるようになるかもね」
魔道具を作れる魔法職人ならば比較的簡単にできるだろうが、ムクオには難しいかも知れない。
「まずは自分で考えてみて。そうだなぁ、明日まで考えて判らなかったら、聞きに来て」
「解ったよ。考えてみる」
「頑張ってね」
マコは激励して、ムクオと別れた。
マコの使える魔法:
発火
発光 ─(派生)→ 多色発光
発熱
冷却
念動力 ┬(派生)→ 物理障壁
├(派生)→ 身体浄化
└(派生)→ 魔力拡声
遠視
瞬間移動
念話
発電
魔力障壁(new)
マコの発明品(魔道具):
魔力灯 ─(派生)→ 蓄積型魔力灯
魔力懐炉
魔力電池
魔力錠
魔力枷
魔力機関 ─(派生)→ 魔力機関・改
魔力冷却版
魔力扇風機