14-2.母と娘
飛竜の卵の殻の使い途は、判らない。マコは、殻の隅を瞬間移動で切り取り、魔力を込めたり、魔力で探ったりとしたが、判らない。もらったばかりだし、その内に何か判ることもあるだろう、と、卵の殻については後回しにした。
他にもいくつかマコは試している。
(魔力を力に変えるのを、もっと効率良く、魔力消費を抑えるには……)
普段、運動エネルギーで動物を狩ったり突進を防ぐ時、マコは目標の進行方向前方に魔力を方形ないし円形に展開して、纏めて力に変換しつつ魔力を補充して運動エネルギーを継続的に生み出している。そのため、魔力消費は無駄に多い、要するに燃費が著しく悪い。
それをなんとか改善しようと考えたのは、ツノウサギの大発生があったからだ。
たとえ巨体であっても、海竜は一体しかいなかったから魔力を大量消費して叩きのめすことができた。飛竜にしても二体を抑え込んでいただけだから、地上に引き摺り下ろした後は同じ場所の魔力を力に変えているだけで良かった。
しかし、無数の小動物が襲って来たあの時は、纏めて叩きのめすにしろ感電させるにしろ、大量の魔力を何度も無駄に消費した。
ピンポイントで、狙った瞬間に狙った場所の魔力だけをエネルギーに変換できれば、魔力消費を抑えることができる。
魔力量が尋常ではないマコにとって、実のところ魔力の燃費が多少悪くても大した影響はない。しかし、魔力の展開・エネルギー変換・魔力の追加供給と連続して行なっていると、気力を大量に擦り減らしてしまう。
それが、ツノウサギ大量発生事件の時、マコが結果を見届ける前に意識を失ってしまった原因になった。
魔力消費を抑えることは、気力を抑えることにも繋がる、とマコは考えた。
ただ、エネルギーへと変換する時と場所を脳内で意識して行なっていたら、余計に気力を擦り減らしてしまう。展開した魔力の一部を変換するより、全部をまとめて変換する方が楽なのだから。
それを解決するために、マコは改良した魔力機関に使った方法を応用することを思いついた。
最初の魔力機関は、燃料(魔力)タンク兼動力源となる円柱と、魔力を運動エネルギーに変換する魔力を込めた円筒の、二層構造から成っている。(魔力タンク中央に《魔力を外側に移動させる》魔力の棒があるので、厳密には三層構造だが)
それを改良した二世代目の魔力機関は、その二層のさらに外側を、魔力を込めた円筒で包んで三層構造とし、中央の円筒に込める魔力を《外側に魔力があれば内側の魔力を運動エネルギーに変換する》としている。
それまでに作っていた魔導具に与えていた魔力は、謂わば常時発動型だったが、改良型魔力機関は条件付きで発動するタイプであるという違いがある。
(魔力も魔力にできるから、展開した魔力を魔力にしてしまえばいい)
マコは部屋の中で、自分の前方一メートル離れた場所に壁状に魔力を展開し、《固体・液体が触れたら運動エネルギーに変わる》と命じた魔力に変える。
「あ。何か物がないと試せないや。えっと」
マコは家の外に魔力を伸ばして、小石を三個、瞬間移動で取り寄せた。その一個を手に持って、目の前に展開している魔力に向けて軽く放る。石の当たった部分の魔力が力に変換され、石が弾き返されて床に転がった。
「やったっ。できたっ」
その後も、何度か小石を投げて実験する。勢いを付けると厚く展開した魔力が奥まで力に変換されてしまうし、さらに力を入れて投げつけると、速度は落ちるものの弾き返せずに突き抜けるが、それは魔力濃度を上げることで対応できる。
これなら、いちいち相手の動きに合わせて魔力を変換する必要もなく、気力の削減を抑えることができる。
「それから、これもできるよね」
マコは、展開したままの魔力に与えた命令を一旦解除し、変換後の運動エネルギーの向きを逆にした、新たな命令を与える。そこにもう一度小石を投げると、魔力を通過した小石が速度を上げて壁に当たった。
「うん、できた」
魔力に固体ないし液体が接触すると、特定方向への力、運動エネルギーが発生する。その運動エネルギーと逆側から飛んで来た物体は魔力によって防がれるが、運動エネルギーと同方向に移動する物体は速度を増すことになる。
「これを使えば、石でもなんでも、レールガンみたいにいくらでも加速できるかな。でも……あたしにはあんまり使い途はないかなぁ……」
動物の襲撃を防ぐ目的、すなわち防御用途としては有用な使い方だ。しかし、攻撃用途では、マコにはあまり使い途がない。高濃度の魔力で相手を包んで力なり電気なりに変えてしまえばいいのだから。
「でも、他の人なら使える……かな? 魔力濃度を高めるのが苦手でも遠くまで伸ばせるなら、例えば弓矢の威力を上げられるし、軌道修正もできる……」
それでも、かなりの魔力操作の鍛錬が必要だろう。単純に弓矢の腕を磨くのと、どちらが効率が良いか。
現状、コミュニティでの狩猟は罠が主流で、動物が突進して来た時に槍や棍棒を使う程度だ。弓矢も使われているが、ほとんど成果を上げていない。むしろ、魔法で仕留めることの方が多い。
(そう考えると、無理にこの方法を他の人に教えるのは混乱の素かな。ノートに書いておくだけにしよっと)
そう決めて、マコは異世界ノートに書き付けた。
魔力による物理障壁の改良に成功したマコだが、まだ完璧とは考えていなかった。
(物理的な攻撃は防げるけれど、これだと魔法を防げない……)
魔力は固体でも液体でもないので、《固体や液体に接触したら力に変わる》方法で防ぐことはできない。これまで二回、隣のコミュニティと欧州米軍基地で敵対的な魔法使いと遭遇したマコとしては、魔法への対抗策の必要性も感じている。
その方法に、マコは心当たりがあった。魔力だ。自分の魔力は自由に動かせるものの、他人の体内に入れることはできない。その理由をマコは、体表面状の魔力が防いでいると考えている。
(それなら、物理障壁と魔力を重ねて展開すれば、物理攻撃も魔法攻撃に対しても効力を発揮する、無敵の防壁を作り出せる)
当初、マコが体外で魔力を再現しようとしたのはそのような目的があったわけではなく、単に「何かに使えそうな気がする」程度の理由だったが、ツノウサギの大群による襲撃から魔法による物理防御(の高効率化)の必要性を切実に感じ、その延長で魔法防御も考えるようになった。
魔力を生成しようと試行錯誤を繰り返すマコだったが、家の扉がノックされたことでその試みは中断された。
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マコを訪ねて来たのはレイコだった。
「レイコちゃん、どうぞ」
マコは母を迎え入れて、果実水(水にカボス似の果実の汁を絞ったもの)を出した。レイコは喉の渇きを癒してから、口を開いた。
「さっき自衛隊から連絡があったのだけれど、魔力機関をもう一つ作って欲しいそうなの。できるかしら?」
「うん、一個なら魔鉱石にも余裕があるから作れるよ。あ、本体の鋼鉄の塊とかはないけど」
「材料は自衛隊で用意したそうだから。魔鉱石以外は」
「それがあるなら大丈夫。新しい自動車を作るのかな。それとも別の用途かな」
「自動車ですって。車体はもう作り始めているそうよ。それでその後、マコにお願いがあるのだけれど」
「なあに?」
聞きながらも、マコは、いよいよ来たかな?と思う。
「自動車と交換で魔鉱石を譲ってもらうそうなのよ。それで、向こうの人たちが魔法を使えるようにして欲しいらしいわ」
「やっとだね。これで魔鉱石が大量に手に入るね」
マコは内心、飛び跳ねるように喜んだ。
「そんなに喜ぶようなこと?」
レイコは首を傾げた。
「うん。まず、魔力機関の改造よね。魔力機関の本体を魔鉱石に代えれば、自動車の速度を上げられるはず。それから、他の魔道具、魔力蓄積型の魔道具の性能も上げられるはずだよ。それに、今までは秘密にしていたから、実験もこっそりとしかできなかったけど、大っぴらに出来るようになるから、研究も進むよ」
うきうきと話すマコを、レイコは微笑ましく見つめた。マコがその視線に気付く。
「レイコちゃん、なぁに?」
「何って?」
「変な風に笑って」
「魔法について考えているマコって楽しそうね、と思ってね」
「何よそれ~。楽しいのは確かだけどさ」
「こんなこと、大っぴらには言えないのだけれど」
レイコは、肘をテーブルに乗せ、組んだ両手に顎を乗せて、しみじみと言った。
「?」
「世界が変わってしまって、生活が突然大変になったけれど、マコにとってはいいことだったのかな、と思ってね」
優しい瞳で言うレイコの言葉に、マコは思いを巡らせた。
「うーん、そうかも知れない。スマホもネットも家電も使えなくなっちゃったけど、今までにないほど友達や知り合いができたし、魔法を教えたりでみんなから感謝もしてもらえるし、前だったらあたし、こんなにたくさんの人たちの役には立てなかっただろうし、確かにそうかも。でもね」
マコはレイコを見つめ返した。
「何かしら?」
「レイコちゃんが早くから動いてみんなを纏めてくれたからだよ。あたしがみんなに貢献できるようになったのは、世の中が変わったことよりレイコちゃんがみんなを纏めてくれたことの方が大きいよ。だから、あたしにとって本当に良かったのは、レイコちゃんが母親であることだよ。ありがと、あたしを産んでくれて」
娘に笑顔でそう言われたレイコは、目を見開き、それから優しく微笑んだ。
「マコこそ、わたしの娘に産まれてくれて、ありがとう。マコの親で、わたしもとっても幸せよ」
「えへ。お互い様だね」
照れたマコは、冗談めかした口調で笑った。




