14-1.贈り物
何だったのだ、あれは。
自動車入手のために訪れた集落に飛来した、ドラゴンのような巨大生物。空を飛んでいるところを見たことは何度かあるが、三体もまとめて、ひと所を旋回している場面など、遭遇したのは初めてだ。
その時は、宿泊に借りた丸太小屋で帰り仕度をしていたのだが、騒ぎで外に出ようとしたところを護衛の自衛官に止められ、開けた木窓から見ていた。
ここでは良くあるのかと思ったが、住民たちや駐在している自衛官の行動を見る限り、ここでも非常事態らしい。
しばらく上空を周回していたドラゴンの一体が舞い降りて来た。自衛隊が攻撃するかと思ったが、銃口を向けただけで発砲はしない。緊張の走る中、ドラゴンが着地する。あの、魔力の存在に気付き、数々の魔道具を作り出したという、少女の前に。
ドラゴンと少女が見つめ合う。何か解り合っているのだろうか? 少しするとドラゴンが空を見上げ、上空で待機していた二体の内の一体、小さな方が降りてきた。
その、子供と思しきドラゴンは、少女に頭を擦り寄せた。懐いている? それにしては、住民や自衛官の警戒感が尋常ではない。家々に引っ込んだ住民もドアを開けて顔を出しているが、外に出て来ようとはしていない。
仔ドラゴンがしばらく少女に頭を撫でられた後、親ドラゴンが咥えていた白い板状の何かを彼女に渡して飛び去った。
あれは一体、何だったのだろう。何が起きたのか。この集落は、いや、あの少女はドラゴンまで飼い慣らしていると言うのか。明らかにあの少女以外は、ドラゴンを警戒していた。しかし、ドラゴンと接触した唯一の少女には、恐れる気配も見られなかった。
魔力に魔道具にドラゴン。街の復興以外にも、ここには興味深い物が数多く存在した。
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「結局、何だったのかしら?」
マコとマモルの家に、レイコとシュリとスエノ、それに自衛隊の指揮官が揃っていた。
「マコさんは、『飛竜の恩返し』と言っていましたが、何か心当たりでも?」
指揮官の言葉に、マコは思い出しながら話した。
「良く解らないんですけど、前に何度か、米軍基地にお邪魔してたんですけど、その時に一度、飛竜に襲われたことがあったんです。その時のことを時系列を追って言うと……」
当時その場にいたシュリとスエノからの報告もされているだろうが、マコは改めてその時の状況を、出来るだけ詳しく語った。
当日、迎えのヘリコプターから降りた時に気になったことから始まり、魔法の実験中に飛来した二体の飛竜を抑え込み、卵を渡して帰ったことまで。
「米軍がどうにかして飛竜の卵を入手し、それに気付いた飛竜が卵を取り返しに来て米軍と交戦、マコさんの仲介で最悪の事態は免れた、と。その時に、卵を返すことにマコさんの力があったことを飛竜も理解して、孵った仔が飛べるようになるのを待って恩を返しに来た、とそう言うわけですか」
「色々と理解しがたいことはあるんですけど、それが一番自然な解釈かな、と思います」
マコにしても飛竜の考えていることは判らないし、言葉が通じるわけでもない。そのため、完全な推測になってしまうが、起きたことはそうとしか思えないことだ。
「不明点を時系列に沿って整理しましょう。米軍が卵を飛竜から掠め取ったことは基地に卵があったことと、当時の米軍士官の反応から事実として、飛竜は卵が米軍基地にあると、どうして判ったのでしょう?」
「卵を見た時に気付いたんですけど、卵から物凄く細い糸状の魔力が伸びてたんです。多分、巣からずっと伸びていて、飛竜はそれを辿ったんじゃないかな、と」
指揮官の質問に、マコは当時のことを思い出しながら答えた。
「なるほど。それは米軍には判らないでしょうね。マコさんは、飛竜の目的が卵だと、どうして判ったのですか? 魔力で飛竜の頭を包んでいたら判った、と言うことでしたが」
「良く解らないんですよね。念話が通じないかな、って試していたんですけど、通じる気配は全然なくて。それでも続けていたら突然、卵のイメージが頭の中に飛び込んで来たんです。イメージって言っても絵というわけでもなくて、なんて言うんだろう、概念が飛び込んで来た感じ?」
答えながら、念話で絵も送ることができるかな?とマコは考える。言葉は一次元情報で絵は二次元情報。それなら魔力の振動を全部一緒にするんじゃなくて場所ごとに変えれば……そして、さらにその先に“概念情報”がある……?
「次に今日のことですが」指揮官の声で、マコは考え事を中断した。今は飛竜の行動の検証をみんなでやっているのだから。「飛竜がここに来たのは、マコさんがここにいるから、と思いますが、異論は?」
「いえ、ありません」
他の人からも異論は出ない。飛竜が降りて来た時の目標がマコだったことから考えて、それ以外にはないだろう。
「そうすると、飛竜はマコさんの居場所をどうやって突き止めたか、ですね。どんな理由が考えられますか?」
「それは、全然解らないんですよね。あたしの魔力が伸びているわけでもないし、そもそもあたしが魔力を伸ばせるのは一キロちょっとだし」
「米軍基地でマコに飛竜か卵の臭いが付着したとか」
マモルが言ったが、マコは首を横に振った。
「ううん。あたし、飛竜にも卵にも触れてなかったし。それを言ったら、澁皮さんも矢樹原さんもだけど。それに、あれから何ヶ月も経っているんだから、臭いが着いてても、さすがに消えているんじゃない?」
「魔力って、身体に蓄え切れない分は垂れ流しなんでしょう? 卵を持ち去られた米軍基地からここまで、マコの魔力を辿って来たと言うことはないかしら? あるいは、ここの上空を飛んだ時に知っている魔力に気付いたとか」
「でも、魔力って身体から離れると魔力に変わって認識できなくなるから……あ、でも」
レイコの推測を一度は否定したマコだが、思い直す。
「あたしには感じられないだけで、飛竜は魔力でも認識できるのかも。それで居場所を突き止めた可能性はあるかな?」
「カーナビにあった、通った道を記録する機能のような感じね」
シュリが言った。そうかも知れない、とマコも思う。特定の場所に長期間滞在すれば、その場の魔力濃度が高くなる。今のところ、確認しようがないが。
「飛竜の仔がマコさんに懐いていたのは、どうしてなのでしょう?」
飛竜がマコの居場所を突き止めた理由については、それ以上の案も出なかったので、次の疑問に移った。
「これも判らないですねぇ。そもそも米軍基地でも、卵に魔力で触れてた時間は一分もなかったし」
「その程度、それも産まれる前のことで、そんなに懐きませんよね。普通は」
レイコが言った。
「刷り込みはありますが、それは産まれた後のことですからね」
指揮官も頷いた。
結局、仔竜がマコに懐いていたことに関しては適当な推測も出なかった。
「最後にこれですが、お礼、ですよね」
テーブルに置かれた巨大な卵の欠片を示して、指揮官が言った。表面は白一色に見えるが、よく見れば白地にクリーム色で複雑な模様が浮かんでいる。
「そうですよね。少なくとも、これがお礼になるくらい、飛竜にとっては大切と言うか、特別な物なんでしょうね」
分厚く、硬い殻だが、何に使えるのか解らない。砕いて石灰の代わりに使えるのか……いや、それなら鳥の卵と変わらない。これを持っていると飛竜に襲われないとか、危機に陥った時に飛竜が飛び付けてくれるとか……。
(いやいや、いくら世界がファンタジー的な異世界に取って代わられたからって、そんな都合のいいアイテムはないか。ゲームでも小説でもなくて、現実なんだし。実際、魔法だってゲームみたいに都合のいいものじゃなくて、法則もあれば限界もあるし)
ただ、呼び出せるかどうかはともかく、飛竜が卵の殻の位置を把握していることはありそうだ。この殻はおそらく、いや、確実に、あの仔竜の卵の殻だろう。それならば、飛竜が自分の卵の殻を遠隔地から認識していてもおかしくない。マコたちが、魔力を込めた魔鉱石を身体から離しても認識できるのと同じように。これも推測に過ぎないが。
「使い途は、あたしが調べてみます。もしかしたら、本当にただのお礼の品で、使い途なんてない可能性もありますけど」
「そうですね。今推測できるのは、飛竜を助けると卵の殻をお礼に貰えるらしい、ということだけですね」
後で気付いたことがあれば、その時に情報を共有することにして、その場は解散した。
卵の殻は、木材で箱を作ってもらい、それに入れて保管することにした。
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(それにしてもあの仔竜、いつ頃産まれたんだろう?)
ベッドに仰向けになったまま、マコは考えていた。
米軍基地で見た卵の大きさは、一メートルもないように見えた。飛竜の体長が五メートルほどなのだから、卵は大きくても八十センチメートル程度だろう。とすると、産まれたばかりの仔竜の体長もそれくらい……いや、卵の中で尾と首を丸めていれば一メートル強はあるだろうか。
異変の発生がおよそ十ヶ月前。異変の直後に卵を産み落としたと仮定し、さらに孵化するまでの期間を四ヶ月と仮定すると、六ヶ月でおよそ倍に成長したことになる。
(って言っても、根拠とか何もないしなぁ。卵をいつ産んだのかも判らないし、孵化するまでの期間も判らない。産まれた時の大きさも判らない。卵の大きさは米軍に問い合わせれば教えてもらえるかも知れないけど、それだけ判ってもねぇ。……いいや、そういうことは動物学者さんに任せよう。あたしは卵の殻の使い途だけ考えよっと)
夜まで仕事をしていたマモルが帰って来た。静かに寝室に入って来たマモルは、妻の様子を窺う。
「マコ、もう寝た?」
「ううん、まだ」
「寝てていいのに」
そう言いながら、マモルは服を脱いでベッドに入り込んだ。
「マモルと一緒がいいもん。それに、今日は久し振りに、ね?」
「身体は大丈夫?」
「今日は念の為に大人しくしてただけだもん、もう大丈夫だよ」
「それなら、いいよ」
「うん」
新婚の二人の夜は長い。