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13-10.恩返し

「それじゃ、あの人たち、今日の内に帰るのね」

 マコにその報を齎したのは、昼食を摂りに戻って来たマモルだった。

「ああ。後でまた来るかも知れないな。ここを復興のモデルケースとして扱いたい、みたいなことを言ったそうだから」

「ふうん。モデルケースになんてなるのかな。ここって魔法が生活の基盤に組み込まれているでしょ。せめて魔力操作はできないと真似できないんじゃないかなぁ」

 マコは首を傾げた。


 幼い妻の可愛らしい仕草に頬を緩めつつも、マモルは続けた。

「いや、魔法以外にも見るべき所は色々あるよ。短期間でこれだけ家を建てたり、トイレと下水を整備したり、広い氷室をいくつも作ったり、小学生への教育の徹底、周囲のコミュニティとの連携、これだけ大人数なのに大きな混乱もなくまとまっていること、他にも色々」

「そっか。レイコちゃんの功績だね。みんなの協力があってのことだけど」

「そうだな。マコと出会う前、他のコミュニティにも行ったことはあるけど、ここほどしっかりしている所はないな。良くて農業と畜産業だけ、そこまでも至らず採集と狩猟だけという所もある。この辺りにはないが、秩序を保てていない所もあると、他の部隊の報告もある」


「それは前にも言ってたね。欧州(ヨーロッパ)は結構広い範囲でそんな感じだったよね。空から見ただけだけど」

「確かにね。国民性の違いもあるんだろうけど、災害があった時に欧米じゃ暴動が起こることも珍しくないから。日本じゃコソ泥がいいところだ」

「ニュースになるくらいだもんね。でもここも、そろそろなんとかしないと、暴動は起きなくても疫病とか流行りそうだなぁ。あたしが思い付くくらいだから、レイコちゃんはとっくに考えているだろうけど」


「疫病?」

 今度はマモルが首を傾げた。

「うん。公衆トイレは川に流しているけど、マンションのトイレってまだ下水に流しているじゃない? あれ、下水処理場に流れてるとしたら、まともに処理されないで放置されてるんじゃない? もうすぐ一年になるから、溢れてるって言うか、どっかで下水道が詰まってたりしないかな?」

「それは確かに。それでかな。裏山以外にも山というか丘が周りにかあるだろう? そこを整地して住宅地にする計画をマンションで立てていると、先日の報告にあった」

「そうかもね。単に、高い部屋に住んでいる人の引越し先かも知れないけど」

「そうだな。もっと具体化したら、詳しい話も出てくるだろう。マコへの協力依頼も含めて」

「そうだね。一応、今日まで大人しくしてるけど、もう身体もすっかりいいし」

 箸を置いたマコは、両腕を曲げ伸ばしして見せた。


「食事中にそういうことはやらないように」

「はぁい」

 マモルに窘められて、マコは苦笑いを浮かべて素直に食事に戻った。

「午後はどうするんだ?」

 マモルは病み上がりの妻に聞いた。

「いつもと一緒。魔法でやりたいことの研究してるよ。特別教室もそろそろ再開したいなって思ってる。マモルは警備だよね」

「ああ。家の近くにはいるよ。マコの警護が最重要任務だから」

「いつもありがと」


 今では、マモルとシュリとスエノの三人は、マコの警護専任だ。今も形ばかりの巡回には参加しているが、その実、交代で休憩を取る時を除けばマコから五十メートル以上離れることはない。本当に“形だけ”の巡回だ。

 他の住民との待遇の違いに少し罪悪感を感じるが、マコは気にしないようにしている。何しろ、一度誘拐された身であり、犯人も捕縛されていないのだから。


 新婚夫婦二人きりの楽しい食事を終えた後、マコはマモルを見送ってから食器の後片付けをした。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 居間の椅子に座って、マコは身体の前に薄い板状に放出した魔力を、魔力(フィルム)に変えようと四苦八苦する。

「うーん、できない。って言うか、できたかどうか判んない。魔力(フィルム)って、魔力(ストア)魔力(ホールド)と微妙に違うから、できたら判りそうなものだけど」

 それならば、やはり出来ていないのだろうと、マコは色々と試してみる。

魔力(ダスト)には簡単に変えられるのになぁ。魔力(ストア)魔力(フィルム)魔力(ホールド)は、同じ魔力(セルフ)の括りだから出来ないのかな……)


 考えていると、突然強い風が、開けてある木窓から吹き込んで来た。特に気にせず考察を続けていると、また風が吹き込んでくる。

 今日は突風が多いなぁ、午前中は静かだったのに、などとマコが考えていると、扉がノックもされずに勢い良く開かれた。

「マコさんっ、すぐに来てくださいっ。飛竜の襲撃ですっ」

「はい?」

 飛び込んで来たスエノの言葉に、一瞬脳内を混乱させるマコ。


(飛竜ってあの飛竜だよね? 普段は空を飛んでいるだけの。それが襲って来た? 米軍基地の時は多分、卵を盗んだからだし。誰か卵を盗ってきたり……してるわけないよね。でも、欧州(ヨーロッパ)の飛竜は割と攻撃的だったかな。でも日本では、ってかこの辺りでは聞いたことないよね。何があったんだろう?)


 考えていたのはほんの一瞬で、マコはすぐに椅子から立ち上がった。

「すぐ行きますっ」

 玄関に駆け寄り、靴に足を突っ込んで、スエノの後に着いて外に出る。飛竜が三体、敷地の上空を舞っていた。

「マコっ」

 マモルが駆け寄って来た。シュリもすぐに来る。二人とも、自動小銃で武装している。シュリは二丁持っていた自動小銃の内の一丁を、スエノに手渡した。

 他の自衛官たちは、全員が武装し、広場に半円を描くように展開している。銃口は下げている。


 空を見上げてはしゃいでいる子供たちが、大人に引っ張られて家の中、あるいはマンションの中に連れられて行く。

「マコも家に入っていろ」

「ううん、大丈夫。いざとなったら一人で瞬間移動で逃げるから」

 避難を促すマモルに、マコは否定の返事を返した。マモルは内心で舌打ちをするが、言い合っている暇はない。愛妻とその魔力を信じることにする。


「何でしょう。今まで飛竜がこんな行動に出ることはありませんでしたが」

 いつでも銃で狙えるように身構えながら、シュリが言った。飛竜に五・五六ミリ弾が通用するとは思えなかったが、ここに持ち込んでいる武装ではこれが最も強力だ。

「あの、この飛竜たち、前に米軍基地を襲った飛竜では?」

 同じように空を警戒しながら、スエノが言った。

「あの時の? 確かに、卵が孵っていれば数は合うけれど……でもどうして?」

 確かに、三体のうち一体は、他の二体に比べて小柄だ。二体が体長五メートルほどあるのに対し、体長二メートルほどだろうか。宙に浮いていて比較できるものがないので、はっきりとは判らないが。


「マコっ」

 マモルが叫び、小銃を構える。飛竜の一体が、マコに向けて急降下して来た。スエノとシュリ、それに他の自衛官たちも一斉に銃口を上げる。

「待ってっ」

 マコは叫び、それでは声が届かないかも知れない、と魔力を急速に展開、自衛官全員に念話で呼び掛けた。

〈攻撃はしないでっ。大丈夫っ、敵意はないっ〉

 飛竜に敵意はないと、どうしてそう感じたのかはマコにも解らない。炎による攻撃をしてこないからか、急降下といってもそこまでの速度はなかったからか、飛竜の体勢が“着地”に見えたからか。


 マコの思いに応えたかのように、飛竜はマコの上空五メートルほどの所で巨大な翼を羽ばたかせて降下を停止する。飛竜を中心に、また突風が吹き荒れた。

 両手を上げて風から顔を守り、両足を踏ん張って飛ばされないようにするマコ。すぐに、前方に魔力を展開、力に変えて風圧を相殺する。

 飛竜は二度、三度と羽ばたきながら高度を落とし、着地した。マモルがマコの前に立ち、他の自衛官が飛竜を取り囲む。


「すみません、銃口は下ろしてください。刺激しない方がいいと思うので」

 飛竜に銃口を向けることの意味が通じるのかどうか、マコにも判らないかったが、相手に害意が無さそうなこともあり、マコは自衛官たちに言った。

 指揮官は少々躊躇ったものの、合図して全員の銃を下げさせた。


 マコは魔力を飛竜の頭部へと伸ばし、視線も向けずにマモルに頷いて、近付いて行く。マモルとシュリとスエノの三人が、マコの後方で油断なく警戒する。

〈飛竜さん、あたしに何か御用?〉

 マコを目指して降りて来たことから考えるとマコに用があるのだろうが、実際のところは判らない。念話で話し掛けても、答えは来ない。いや、何かを伝えようとしているらしく魔力の振動は感じるのだが、言葉として理解できない。

(竜語を知らないと話せないかなぁ)


 その時マコは、飛竜が何か板状の物を咥えていることに気付いた。何だろう?とマコが思ったのと、飛竜が頭をもたげたのはほとんど同時だった。見上げると、上空を周回していた飛竜の一体、小さい方が下りてくる。

「飛竜の左手方向、注意してくださいっ。仔竜が下りてきますっ」

 指揮官が指示し、自衛官たちが素早く場所を空ける。そこへ降り立つ仔竜。


「クィイイイイイイィッ」

 仔竜は声を上げると、地面を歩いてマコに近寄り、首を曲げてマコに擦り寄った。

「え? もしかして、あの時の卵から孵った飛竜の仔? ってか、なんであたしに懐いてるの?」

 そんなことを言いつつも、マコは仔竜の頭を撫でる。その肌、鱗は、堅くざらざらしていて、撫で心地がいいとはお世辞にも言えない。しかし、懐いてくれるのは可愛らしく、マコはしばらく仔竜の頭を抱えるように撫でた。


 それを少し続けていると、満足したのか仔竜は頭を上げて、親竜を見上げる。今度は親竜が頭をマコの前に、咥えた白い板状の物を差し出すように、下げた。

「え? くれるの?」

 返事はないが、この仕草に他の意味は無いだろう。マコは白い板を両手で受け取った。縦四十センチメートル、横三十センチメートルほどの、歪な形状。白い表面はざらざらしていて、湾曲している。どう見ても、卵の殻の一部だ。


「グァアアァ」

「クィイイィ」

 マコが卵の殻を受け取ると、親仔の飛竜は一声哭き、ゆったりとした動きで翼を広げた。

「全員、退避して下さいっ。飛び立ちますっ」

 マコの声に指揮官がすぐに命令を下し、自衛官たちが二体の飛竜から距離を取る。マコも、警護の三人とともに後退した。


 飛竜たちは飛び立つと、上空で待機していた飛竜と合流し、敷地の上空を数回周ってから、北西方向に飛び去った。

「なんだったんでしょう?」

 マコに近付いて来た自衛隊の指揮官が聞いた。

「飛竜の恩返し?」

 マコには、そうとしか答えられなかった。

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