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13-9.視察

 日本政府からの使者と別れたレイコは、マコの家に直行した。住民全員は無理でも、マコとは口裏を合わせておいた方がいい。

 扉をノックすると、上方からの娘の声で迎えられる。部屋に入ると、マコは居間の壁際にある長椅子に座っていた。

「マコ、起きていて大丈夫?」

「うん。敷地を一周歩くと疲れちゃうけど、ほとんど元通り。明日か明後日には完全に治りそう」

「良かった。無理はしないでね」

 母親としては、娘の健康が一番の心配だった。


「ところでマコ、他の家にもインターホンみたいの、付けられないかしら?」

 本題に入る前に、レイコは数日前から気になっていたことを聞いた。

「うーん、色々と難しいと思う。まず、今の方式は魔鉱石を隠しているから使えないし、そもそも魔鉱石の魔力の操作って自分の身体の魔力を操るより難しいんだよね。それに、魔力で空気を震わせて声に似せた音を出す、って言うのも難しいと思う」

 マコは、感覚とその時の勢いで魔力による拡声を使えるようになったが、頭で考えていたらそう簡単には出来なかったろう、と自分でも思っている。


「隠していることは置いておいても、誰にでも使えるようにはならない、ということね」

「うん。やるなら、有線通信機を使うことになるけど、インターホン代わりにするのは勿体ないでしょ」

「確かにね。数もないし」

「ブザーくらいなら簡単に出来そうだけど、それも需要あるかなぁ」

「出来るの?」

 マコの言葉にレイコは身を乗り出す。

「ブザーだけで、会話はいらないならね。ボタンの代わりに魔力電池の小さい奴を玄関の柱にでも付けといて、家の中に置いたブザーに線を繋いでおけば、魔力電池に触れた時だけ音が鳴るよ。冬に厚い手袋をはめてたら、脱がないと駄目な人もいると思うけど」


 娘の言葉にレイコは感心した。

「なるほどね。良く思い付くわね」

「異変からこっち、魔法べったりだからね。レイコちゃんはマンションの纏めをやってくれてるから、魔法のことはあたしが考えるよ。まあ、ほかのみんなにも考えてもらうけど」

 マコは少し照れて言った。

「でも、需要がないと思うのはどうして?」

 レイコは少し前のマコの言葉を思い返して言った。

「だってノックすれば済むことだから」

「それは、マコが住んでいるのがここで、聴力に難もないからじゃないの?」

「うーん、それはあるかも。マンションの中に住んでたら、奥の部屋にはノックが聞こえ難いかな。耳の遠い人にも」

 レイコの言葉に、マコも自分の考えを改める。


「希望する人がいたら、付けてもらっても構わないかしら」

「うん、いいよ。って言うか、あたしよりも建築と電気に詳しい人に頼まないと駄目だよ。ブザーの設置と配線がメインなんだから。魔力電池にしても、あたしじゃなくても作れるし」

「それもそうね。でも、もしもの時にはお願い」

「うん、もちろん」

 マコは気安く請け合った。


「それから、本題なのだけれど」

「え? 今までのは前置きだったの?」

「前置きと言うわけでもないけれど、この後のことは特別だから。今日、政府から来たと言う人がいるでしょう?」

「うん」

 最初に彼らに遭遇し、レイコに念話で伝えたのはマコなのだから、当然知っている。

「今日一日、ここを見学する許可を出したのだけれど、もしもその人たちに会っても、『魔力の知覚は本人の自力によるものだ』と言うことにしておいて欲しいのよ。マコが手を繋いで認識できるんじゃなくて」

「? どうして?」

 マコは首を傾げた。


「彼らの要求がね、自動車だったのよ。ここで必要だし、魔力を充填できないと使えない、って突っぱねたけれど。それで、もしもマコが他人の魔力感知能力を引き出せる、なんて知られたら、マコとセットで持って行かれそうな気がするから」

 マコも、いつかはレイコの元から巣立つ時は来るだろう。マモルと結婚した時点ですでに巣立っているとも言えるが、この先、このコミュニティから離れて別の土地で暮らすこともあるかも知れない。しかし、他人に強制されてそうなることは、母親としてレイコは避けたかった。


「さすがに民間人を無理矢理連れて行くことはないんじゃないの? 戦時中じゃあるまいし」

 マコは言ったが、レイコは首を横に振った。

「国家は、緊急事態ともなれば、それが戦争以外でも徴発するものよ。土地でも、物資でも、人員でも。少なくとも、今日来た男の一人はそんな感じだったわね」

「ふうん」

 そんなものかな、とマコは思う。


「それなら、他の二人にも伝えておいた方がいいかな」

 他人に魔力の知覚を促せる魔法使いは、マコのほかに二人いる。

「そうね。あまり大人数に知らせると返ってバレるだろうけれど、あの二人には言っておいた方がいいかしら。でも、伝えているところを見つかったら不味いわよ」

「大丈夫。ここから念話で伝えるから」

 なんでもないように言うマコに、そうだったわね、とレイコは微笑んだ。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 なんだここは、と内閣情報調査室の、あまり喋っていなかった男は思った。なぜこれほどまでに、異変前の状況に近いのか、と。


 畑や家畜小屋はいい。それを行なっているコミュニティは、他にいくらでもある。しかし、それ以外のものは、他ではあまり見られない。

 建ち並ぶ簡易住宅。他の集落では以前の家をそのまま使っていて、新築家屋など数えるほどしかない。それがここには、数え切れないほど建っている。マンションの上階の住民が下に降りるのは大変なので建てたとの説明になるほどと思うものの、一年もしない内にこれだけの数を建てるのは、何人の大工が必要なのか。しかも、本職の大工は一人しかいないと言うのだから、いくら簡易な作りの丸太小屋だとしても驚異的だ。


 ここに来る途中の道に張られていた電線。異変前の物が残っているのだと思っていたが、マンション敷地内の低い電柱は明らかに既存のものではない。なんでも、近隣コミュニティとの連絡用に通信線を張ったと言う。

 わざわざ通信線を張ったのなら、送受信機はどうなっているのかと聞けば、手作りの簡素な通信機を使っているとのこと。手作りと言っても元となる通信機はあったようで、それ自体は驚くことではないが、電源は魔力電池なる代物。魔力灯が触れていれば光を発するように、手を触れているだけで電力を生み出すそれは、ある種の永久機関とも言える。永久機関の定義には乗っていないが。


 敷地内を巡回している自衛官。それ自体、珍しくはない。各自治体と同じく、自衛隊の基地や駐屯地にも独自の判断での行動を要請しており、それぞれに近隣の集落を巡回している駐屯地もある。

 しかしここは、駐屯地からかなり離れているのに、二十人近い自衛官が常駐している。なんでも、この集落と警備の契約を結んでおり、対価として大量の魔道具を入手し、日本各地に配布しているという。自衛隊に助けを求める集落はあれど、対等の立場で契約を結んでいる集落など他に知らない。

 魔力懐炉や魔力灯は政府機関にも届いていたが、その源泉がこのマンションであり、自衛隊だったことは、ここへ来て初めて知った。


 どこかに出かけていた自動車が戻って来たので見せてもらうと、まるで馬なしで走る馬車だ。いや、世界初の自動車は馬車にエンジンを乗せたものだと聞くから、新しい世界の自動車の原型として相応しいのかも知れない。

 その自動車の動力部を見せてもらうと、確かに見慣れたエンジンではなく、得体の知れない構造物が載っている。自動車を作ったと言う技師はそれを、魔力機関、と呼んだ。

 自動車を増産できないか尋ねてみれば、魔力機関を作れる人材が一人しかいない上に、材料がないので作れないと答えた。作れるならば二台、三台と作っているだろうから、その言葉は事実だろう。


 魔力機関を作れる唯一の人物は技師とは別とのことで、その人物にも会わせて貰った。驚いたことに、その人物は可愛らしい少女だった。ここに来た時、最初に会った少女だ。初対面では中学生かと思えた小柄な高校生の彼女は、ここでは一目置かれているようだ。案内の女性によると、魔道具のほとんどは彼女の発案であり、それ以外にも、魔法でこの集落に多大な貢献をしているとのこと。

 ここで最大の魔力を持っている人物であり、人に魔力が宿っていると最初に気付いたのも彼女だそうだ。おまけに、ここを纏めている女性の娘だと言う。会談の時の女性の態度を見るに、この少女をスカウトすることも難しそうだ。


 生の食糧を保存するための氷室、巨大な万年カレンダーと日時計と大時計、下水道に沿って作られた公衆のトイレ、様々な物がここには揃っている。

 陽が傾いて来ると、敷地のそこかしこに光が灯る。説明された蓄積型魔力灯がいくつも設置されているのかと思った。それは正しかったが、それだけではなく、何もないように見える樹木の幹も光っている。見たことはないがそういう種類の木かと思えば、これも魔力灯だと言う。魔力は人間だけでなく動物や植物にもあり、魔道具を使えるそうだ。


 一番驚いたのは、空いている丸太小屋を借りて宿泊し、一夜明けてからのこと。子供たちがマンションへと揃って向かって行くを見て、何の目的で集まっているのか聞くと、学校の授業を小学生に限り行なっていると言う。

 教育は確かに大切だ。しかし、かつての日常を失い、日々の生活さえいっぱいいっぱいで、子供の教育にまで手が回らないのが今の日本各地の現状だ。

 こんな集落が残っている、いや、形成されているなど、考えもつかなかった。


 目的の、自動車の入手はできなかったが、それ以上の収穫があった。ここでの知見を元に、異変からの復興の雛形を作れるかも知れない。戻ったら早速始めよう。


 しかし、この少し後に、さらなる驚愕が訪れることになるとは、思ってもいなかった。

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