13-8.会談
会議室に招き入れられた使者は、内閣情報調査室の職員と名乗った。そして、コミュニティについて語り出す。
やれ人々の統制が取れている。
やれ皆の表情が明るい。
やれ街並が素晴らしい。
やれこれほどの規模の街は今や他に無い。
……etc,etc.
「それで、今日いらしたご用件は何ですか?」
少々苛立った口調で、レイコは相手の言葉を遮った。小さいとはいえ一つの自治組織を事実上仕切っているレイコに、時間を無駄にする余裕はない。そんな時間があれば、休息に当てている。
「これは失礼しました。いや、噂は届いていたのですが、実際に目の当たりにすると異変前と遜色ない様子に驚かされてしまいまして……」
「お世辞はもう充分以上です。用がないならお帰り下さい。わたし共も暇ではありませんので」
ややぞんざいに言うレイコ。管理部の三人は、夏だというのに、気温の低下を感じて身を震わせた。
「重ね重ね失礼。では本題に入らせて戴く」
男の言葉に、管理部の三人は(さっさと言えっ)と口には出さずに内心で思う。
男は、こほんと咳払いをしてから後を続けた。
「異変以来、自動車もオートバイも使えなくなったのはご存知の通りです。お陰で政府も、日本各地の状況を正確には把握できていません。
そんな折、こちらで、いや、場所を確定するのは少し時間がかかったのですが、自動車を入手し、使用している、と言う話を聞きまして。どうか、政府が日本の現状を速やかに把握するために、その自動車を提供して戴きたい」
「お断りします」
男の言葉に、レイコは即答した。先ほどまでのレイコの様子に内心はらはらしていた管理部の面々も、いきなり何を莫迦なことを言い出すのだろう、という面持ちになる。
対して政府の男二人は、これほどはっきりと断られるとは思っていなかったのか、一瞬呆然とした。護衛らしい自衛官は無表情。
「いや、日本政府としては事態の正確な把握に、通信も使えない今、どうしても高速で遠方まで移動する手段が必要なのです。これは日本のこれからに関わること、是非にも譲って戴きたい」
「先程も申し上げた通り、お断り致します。わたしたちは、自治体ごとの対応という通達に従い、マンション内のコミュニティを形成し、近隣のコミュニティとも協力することで、異変から復興するために努力しています。その中で、コミュニティ間の連絡と物資の運搬に必要だから、自動車も造りました。つまり、自動車を失うことは、わたしたちだけでなく近隣コミュニティの復興も後退することになります。
いくら政府の要求とは言え、状況把握のためだけに供出することはできません」
「いや、しかし、自動車は米軍から提供されたものでは? この辺りの復興に米軍が協力しているという話を、来る途中で伺ったのですが」
断られるとは思っていなかったらしい男は、濡れ手に粟で手に入れた物なら寄越せ、と仄めかす。しかし、自らの力で創造した物だから、レイコにそんな言葉は無意味だ。
「いいえ。先程も申し上げたように、自動車は必要に迫られてわたしたちで造った物です。米軍は関係ありません。それに、動かすには魔力を充填する必要があります。徴発したとして、それを使えますか?」
「は? 魔力の充填? そんな物語みたいなことが本当にあるとでも?」
「あなた方は、魔力懐炉や魔力灯をご存知ありませんか?」
レイコは首を傾げて見せた。誰もが魔法を使えることは知られていなくても、自衛隊の尽力で魔道具は日本のかなり広範囲に広まっているはずだ。政府がまだあるなら、届いていないことはないだろう。
「魔力灯……あの、光る空缶ですな。確かにあれは不思議な物ですが、別に魔力の充填などせずに使えますが」
そんなことも知らないのか?とでも言いたそうな男。
レイコは隣の管理部女性に魔道具を二つ持って来るようにお願いした。レイコの意を受けて会議室を出て行く彼女を見送って、レイコは男に向き直る。
「魔道具には大きく分けて二種類があります。
一つは、あなたが仰ったように、魔力を持っている人が手にすれば機能するもの。これは魔力を使う才能がなくても使えますが、使うには直接触れている必要があります。
もう一つは、魔力を込めることによって、込められた魔力を使って機能する物です。こちらは魔力を充填する必要がありますが、身体に触れていなくても使えます」
「は? いや、私には魔力などありませんが、ちゃんと魔力灯を使えますよ?」
男は首を傾げた、
「いいえ、異変の起きた時にその範囲内にいた人々は、みな魔力を持つようになっていますよ。人によって魔力の大小はありますが」
「いや、それはおかしいでしょう。私に魔力があるなんて、信じられません」
「そうかも知れませんね。わたしも最初は信じられませんでしたし」
出て行った管理部の女性が戻って来た。
「本条さん、持って来ました」
「ありがとうございます」
テーブルに置かれたのは、二種類の魔力灯。円筒だけの物と、円筒に笠の付いた物。
「こちらは、ご存知と思いますが、握れば点灯する魔力灯です。外に出回っているのはこれがほとんどですね。そしてこちらが、魔力を充填することで点灯する魔力灯です。試してみましょう」
レイコは笠の部分に手を翳すと、魔力を注ぎ込んだ。レイコが魔力を伸ばせる距離は、せいぜい一メートル弱。魔力を注ぎ込むには手を近付けた方がやりやすい。相手に、魔力を注いでいることを解らせる目的もある。
蓄積型魔力灯の笠の端に明かりが灯り、光の輪ができる。
「このように、手で触れていなくても魔力が終わるまで光り続けます」
「これは……見てもよろしいですか」
「どうぞ」
男は蓄積型魔力灯を手に取って、矯めつ眇めつした。
「あの、先程、こちらはそれほど出回っていないようなことを仰いましたが、なぜここにはあるのでしょう? それに、魔力についてお詳しいようですが、何故ですか?」
ずっと黙っていたもう一人の男が、初めて口を開いた。
「魔道具のほとんどは、ここで造っていますから」
「やはり、そうですか」
蓄積型魔力灯を検分していた男が、それをテーブルに置いて言った。
「それならば、魔力を充填する方法を教示してもらえば、我々でも使えるのですか?」
「できますが、大変ですよ? ここでは、住民の一人が魔力の存在に気付き、それを皆に伝えることで、各自が自らの努力で魔力を知覚できるようになったのですが、わたしなど、半年以上も掛かってやっとですから」
管理部の人たちが微妙な表情をしたが、口を挟むことはなかった。
「その、魔力を自分で知覚できないと、魔力の充填ができない、のですか」
「そうです。最初の話に戻りますが、たとえ政府の要請であろうと自動車を譲る気はありませんが、徴発したとしても動かせる人がいないのでは、そもそも無意味ではありませんか?」
男は、口を開きかけ、そして噤んだ。
自動車の供出を拒まれることは、政府としては想定していた。だから男には、それを徴発するための正式な書類も与えられている。しかし、男は相手が拒むとは思っていなかった上、持ち帰っても使えないでは徴発も意味がない。自分が思いもしなかった展開に、男は困ってしまった。
それに対して管理部の三人は、会談が始まった頃に比べて落ち着いていた。相手の態度に冷え切った対応をしていたレイコが、途中から緩くなって来たのを感じて。
レイコも、最初こそ男のお為ごかし的な台詞にうんざりしたものの、その後は落ち着いていた。会話の主導権を握ったこともあるかも知れない。
「それは……解りました…… しかし、米軍の協力があったことは?」
「はい。期間は限られていましたが、道路の整備や住居の建設などを手伝って戴きました」
「それはどのように交渉したのでしょう? 政府からも援助を求めているのですが、悉く断られてしまいまして」
米国は、異変の最初から一貫して、調査・観察はするが支援はしない、という方針を採っている。日本政府の要求にも応じる気配はない。
「米軍が、魔力について調べたいと言うので、異変の比較的初期の頃に魔法に目覚めた数人が、その調査に協力したんですよ。その対価として、復興の一部をごく短期間手伝って戴きました」
「そうですか……」
男は再び口を噤んだ。その頭の中では、米軍の協力を取り付けるために日本政府から提供できそうなものを考えている。しかし、簡単に思いつくものでもない。異変で失ったものはあれど、新しく生み出されたものなど皆無なのだから。
「解りました。我々では自動車を使えないことを理解しました。今回はこれで失礼します」
「少しお待ちを」
最初の饒舌はどこへやら、意気消沈する男をレイコが引き止めた。
「何でしょう?」
「先に申し上げたように、ここでは魔道具を造っていますし、その中には魔法を使えなくても使用可能なものもあります。それらのものは物々交換ないしは日本円でもお売りしていますので、必要があれば見て行ってください。
最近では、魔力冷却板……魔力懐炉の逆に冷える板ですね、それもできました。今は数が少ないので少々高いですが、月が変わる頃には下げられると思います。
それから、乗ってこられた自転車のタイヤが木製のようでしたが、ビニールの木から採れる樹液を固めたものにすると良いと思いますよ」
「ビニールの木? なんです? それは」
男は面喰らったように聞いた。
「他所では別の名前で呼ばれているかも知れません。樹液が空気に触れると、固まってビニールのようになるのです。中空のタイヤほどではありませんが、木や金属に比べると乗り心地は格段に上がりますよ」
「そんなものが……あの、今日一日、敷地内を見学しても構いませんか?」
「どうぞ、ご自由に。案内に誰かを付けますので、解らないことは聞いてください」
「あ、案内なら、アタシが」
同席している管理部女性の一人が手を上げた。説明を色々と誤魔化したので、レイコとしても、ここに同席している人物の方が都合がいい。
「では、よろしくお願いします」
政府関係者との初回の会談は、こうして終わった。二度目があるかどうかは不明だが。